あれは確実に不審者だ。

「おいこら苗字。ちゃんと一時停止しんしゃい」
「なにやってるんですか仁王クン…」

止まれの路面標識の上から不真面目な風体な人に真面目なコトを言われた。
帰宅してから、ちょっと本屋まで、と思って制服のまま自転車に乗った。
かごの中には欲しかった本がしっかり入っている。
それを何故か一度退かしてまで仁王の鞄がかごに収まった。

「捨てるぞ」
「ひどい」
「勝手に人の自転車に荷物載せたヤツに言われたくない」
「ぷりっ」

お得意の仁王語を発して自転車のかごに寄りかかってくる。重い。
人通りがないにしても大分邪魔な場所だ。

「帰らないの?」
「帰れない」

訳がわかりませんと首を傾げると、仁王のローファーが地面を蹴った音がした。
アスファルトよりも固くて高い音。

「白いとこしか踏んじゃダメなんじゃ」
「小学生か」

いや、今日日小学生ですらそんなコトはしない。幼稚園児か、保育園児レベルである。
あれか、あれなのか、白いとこだけ踏んで歩かないと地獄に落ちるってか。

「地獄に落ちちゃうぜよ」
「落ちろ」

中学三年生だったはずだこの男。同い年のはずだ。同級生のはずだ。クラスメイトなはずだ。
常日頃からぶっ飛んでるとは思っていたが、想像を遥かに越えていたらしい。
思わず頭を抱えていると、名前を呼ばれながら揺すられる。

「…なに」
「乗っけて」
「は」
「チャリの後ろ、乗っけて」

荷台が、くん、と引かれる。…いや、待てよ。

「歩いて帰れば」
「白いとこなくなった」
「仁王が漕げば」
「白いとこ以外踏んじゃダメなんじゃー」

ふぁっきゅ!この銀髪いつか絞める。
『止まる』の先端からジャンプするように荷台に跨がった仁王が早く早くと体を揺する。絞める、この男いつか絞める。
ギアを一番軽くしてペダルを踏んだ。重い。



「迷子の迷子の仁王クン、アナタのお家はドコデスカ」
「左曲がって」
「はいはい」

男というものは大分重いものだということが分かった。
平坦な道なはずなのに、もう息が上がっている。
自宅に帰るまで体力が残っているか不安。
仁王に言われた通りに左に曲がる。
そこで下ろしてくんしゃい、と指差された場所でブレーキをかけたが、少しだけ行きすぎた。

「到着しましたよ、お客サン」
「ピヨッ」

仁王と仁王の荷物がなくなると漕ぎ出してもいないのに自転車が軽くなった気がした。

「じゃあ、帰るね」

足を乗せて一漕ぎ。

「明日も頼むぜよ」

ギアが軽すぎて思いきり足を強打した。





天国と地獄


















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