「 」
金魚みたいに、口をぱくっとさせた。
けれど、声は出せなくて、空気を食べたところを忍足くんにばっちり見られてしまった。
「どないしたん?」
なんでもないなんでもない、なんて首を横に振る。
そーか、と頭をぽんぽんと撫でてくれる手が気持ちよかった。
意気地無しだ、と今日もブルーな気持ちになる。
忍足くんはかっこよくて、フェミニストで紳士でいろんな人と仲がいい。
先生とだって、男の子とだって、ほら、女の子とだって。
優しい忍足くんは人気者だ。
だから、だから、
「 」
不安にもなるのだ。
ちらりと見えた忍足くんの隣には素敵な女の子がいつもいる。
勇気を出せたのは、本当にまぐれだったのかもしれない。
好きです、の一言だけだったけれど、今世紀最大のどきどきだった。
心臓が張り裂けそうなとはあぁいうコトなんだろうなって。
なにも見なかったフリをして次の教室に向かった。
今日も私は意気地無しだ。
「 」
「なんや?」
忍足くんは優しいから。
優しいから、私なんかでも気にしてくれる。
それに甘えた私はいつまで経っても意気地無し。
あのね、忍足くん。今度の土曜日テニス部はお休みなんだよね?一緒にお出掛けしませんか?何
回も頭の中で練習して、口の中に溜め込んでいたはずなのに、いざぱくりと口を開くと、どこかに飛んでいくようにそれは消えてしまう。
なんでもないのなんでもないの、とお決まりに首を横に振る。
「侑士ー」
突然忍足くんを呼ぶ声にびっくりして顔をあげると、あぁいつかの素敵な女の子。
「土曜日部活休みなんでしょ?クラスで遊びいかない?」
彼女が羨ましくなった。なんともない風だった。
私が何回も何回も練習した言葉ななんともない風に、自然に彼女の口から溢れた。
ただの意気地無しが、ちっぽけな、今まで以上にちっぽけな意気地無しになった気がした。
言葉に出さない意気地無しは、思わず彼の制服の裾を掴むので精一杯なんです。
くんっ、と制服が引かれたのが分かったのか、ちらりと忍足くんの視線がこちらを向いた。
「堪忍な、その日は都合悪いねん」
「そう、残念。みんなに伝えておくね」
去っていく女の子の背中を見つめる。
あぁいう素敵な女の子に、なりたい、な。
そしたら、忍足くんとたくさんたくさんお喋りしたい。
お出掛けに誘って、最近読んだ本の話をして、テニスの話も聞いてみたい。
そして最後には絶対に好きだと伝えたいのに。
「で、」
頭上から降ってきた声に意識を引き戻されて急いで制服の裾から手を離した。
咄嗟にでた行動とは言え、我ながら恥ずかしいコトをした。
ゆっくりゆっくり忍足くんを見上げる。
「名前からのお誘いを待っとる俺は、どうしたらえぇ?」
彼は、とても優しい。
口がカラカラの乾いて、小さい声しか出なかったけれど、
「い、一緒に お出掛けを…しません、か…?」
なんとも頼りないお誘い。
答えの代わりだろうか、抱き締められて、きっとスイッチが入ってしまったんだろう。
「… 、忍足くんと、たくさんお喋りをしたい…です、」
最近読んだ本の話もしたいです、
映画を観に行って映画の話もしたいです、
忍足くんの部活の話もしたいです、
「す、好きってちゃんと、伝えたい、です」
幼稚な日本語だった。
でも、それでも。
「俺も名前とお喋りしたい、思とったで」
嬉しくて嬉しくて、忍足くんの腕の中で頷きながら少し泣いた。
あのねのね、
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