なんとなく。
なんとなく、生温い風が気持ちよくて誘われるように真っ暗な外に散歩に出た。
携帯は持ってきたけれど、財布を忘れてしまったから、と言い訳をしてピカピカ光るコンビニを避けて通った。
住宅街だからか、もう夜だからか、人通りは少なくて街灯がぽつんぽつんと光っているだけだ。
そよそよと括り損ねた髪が風でバラバラ乱れる。
首もとをちくちくと毛先がつついた。
さっさと歩く気も起きなくて、ずりずりと足を引きずる。ソールがダメになってしまいそうだ。
突然、携帯が忙しなく震え始める。

「はい」
「名前?」
「あぁ、白石。どうしたの?」
「ん、なんとなくな」

声聞きたなってん。
自分で言った癖に恥ずかしかったのか、くすくすと笑う声がスピーカーから溢れた。

「もう寝るとこやった?」
「ううん、お散歩してるよ」

ひゅお、と風が吹いて気持ちがいいなと目を細めた。
ブロック塀の隙間から大きく伸びすぎた木の枝が覆い被さって電柱に隠れる人みたいに見える。
今日は風が気持ちいいよ、なんて呑気に電話にむかって言えば、思い切り怒鳴られてしまった。耳が痛い。

「女の子が一人で出歩く時間やない!」
「そんなにこどもじゃあ、ないよ」
「そういうコト言ってるんちゃうわ!」

お小言の激しい先生みたいだ。
少しスピーカーから耳を遠ざけた。
丁度電話越しに怒っている彼の家の近くの道を曲がる。
あ、白石の部屋、電気ついてる。

ワンワンッ思いもよらない犬の鳴き声に、ビクッと肩がはねた。
もっともっと遠くに離してしまった電話を今度はしっかりと耳にくっつける。
声はしない。

「…」
「白石?」
「…」
「白石ったら」

切れてしまったのか?と思って口をつぐむ。
あの無機質な電子音はしない。
また犬がワンワンッと鳴く。
ぴったり耳に押し付けた電話の向こうからも「ワンワンッ」と同じ犬の鳴き声が聞こえた。

「…」
「今外出るから、待っとき」

もう暗いから明日明るくなったら送るから。
電話が切れた時にまた鳴いた犬に向かって、シーッと指を立てる。
白石が出てくるまでに家に連絡をしなくちゃいけない。


繋がる瞬間











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