きっとぼんやりとした思考回路なんだろう。
「仁王、雅治…?」
ゆっくりと瞬きされたその目は、いつもの刺々しさがなくなっていた。
潤んだ瞳なんて、ちょっとロマンチックすぎるが、それが一番いい表現かもしれない。
「嫌い。あんたが嫌い」
ずーっとずっと。中学校時代からだ。
目が合えばものすごく嫌な顔をされた。
近くを通ろうとすれば避けられた。
なんでそんなに避けるのか聞いたらこれだ。
確かに他の女のように蔓延ったりはしないし(むしろ近づいてこない)、声をかけてきたりもしない。
しかしまさか嫌いなんて言われるなんて。
あとは興味のままに追いかけるだけだった。
実は少しだけ苦しかったのは内緒。
「歩けるか?」
「ん、んん…、」
丁度ゼミの飲み会の帰り道だった。
隣の店から同じタイミングで出てきた女子集団。
やけに盛り上がっているのかと思ったら、真ん中の酔っ払いの世話を焼いているらしかった。
よくよく目を凝らすと、あの名前。
ふと、こちらを見たその目が俺をとらえたかと思うと、周りの女子に一言二言かけてふらふらした足取りで俺の元までやってきた。
他の女子は家の方向が逆だからとかなんとか。
要は一緒に帰らせろと言う。
初めてのコトに戸惑ったのは仕方ないと思う。
居酒屋だったからか、転けないように肩を抱いて近づいた体から少し煙草の臭いがした。
「名前」
「んん?」
しばらく歩いていても一向に酔いが覚める気配はない。
楽しそう(一人だけ)なところ悪いが別段黙りを願っているわけではないので。
「俺はお前さんのコト、好きじゃよ」
ぽろり、と本音をこぼしてみる。
多分この様子であれば、明日はひどい頭痛に襲われて、今日の記憶なんてないはずだ。失言だろうと構わない。
口に出した者勝ちな気になった。
「私は、」
「私は仁王雅治なんて嫌い」
悔しいかな、酔っ払いの癖に。
きっと脊髄反射で俺に嫌いと言う命令が出されているに違いない。
悔しかった。
悔しかったから、
「んやっ!離して…っ」
「嫌じゃ」
力をこめて抱き締めた。
「仁王雅治なんて嫌いなの、嫌い嫌いっ、」
「嫌い嫌い、き、」
ちょっとずつの積み重ねって怖いものだ。
嫌いと繰り返す口を自分のそれで塞いだ。
呼吸困難で苦しそうだったけれど、
一瞬、一瞬だけ幸せそうな顔をしたのを見逃さなかった。
ハブ酒
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