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East Blue


コックの失態と約束

「この度ルフィと一緒に働かせていただきます…えっと…り、ネエロ・リゾットです」
「料理名と被る。“リズ”だ」
「あ、ハイ。よろしくお願いします」

シャツにベストにエプロン姿で、45度のお辞儀。
強面の料理人達から視線の集中砲火を受けて縮こまる恭と、隣でニコニコ笑っているルフィ。

ことは数十分前に遡る。

「ゴムゴムの風船!」
「どこに返してんだバカ!!」

フルボディと名乗る海軍からの砲撃を弾き返したルフィだったが、その返した先は目的地だった海上レストラン。
想定外の大惨事に慌ててルフィが謝りに行ったが、しばらく経っても戻って来ない。
様子見てこい、嫌よあんたが行って、何で俺が、私かて嫌や、などと暫く揉めた末、ジャンケンに負けた恭が渋々店に向かうとたちまち料理人達に奥へ連れ込まれた。
曰く、

「あの雑用だけじゃ店が潰れる。何とかしろ」

とのこと。たった数分の間に何があったというのか。
押し付けられた服はシャツとスラックスで、ホール担当になることはもう決定事項なのだろう。
有無を言わせない雰囲気にオーナー兼料理長が畳みかける。

「いいか、手前がやる事は三つだ。客から注文を取る、店内の掃除、あの小僧の尻拭い」
「(三つ目がえぐい)」
「ああ、あとサンジにはまだ会ってねえな?」
「え?はい」
「あいつに女がいると気付かれると面倒だ。ここでは男のフリをしてろ」

近くにいた他の料理人もげんなりとした顔を浮かべる。
よく見るとここで働いているのは男性ばかり。もしかして実は女人禁制なのか、はたまた女性が苦手なのか。
少し疑問が残ったが、あくまで勤務中だけの事で、寝食まで共にするわけではない。
男のフリなど未経験だが苦痛には思わなかったため、恭はそれ以上問わず雇い主に従うことにした。

そして冒頭に至る。
念のため偽名にと思い付いた男性名は、オーナーによって原型がわからないくらい省略された。

「手前の相方が皿割りまくってんぞ!片付けろリズ!」
「はいっすみません!」

「8番メイン上がった!リズ出して来い!」
「はいっただいま!」

「ああああ雑用がまたつまみ食いしやがったァァ!」
「ルフィ!!」

注文受け・提供・清掃とただでさえ仕事が多いのに加え、ルフィの不始末のフォローが終わらない。ホールから店裏まで駆け回ってへとへとになった頃、見覚えのある三人を店内で見かけて恭はがっくり肩を落とした。
案内した記憶がないため、空いていた席に勝手に座ったようである。

「あら、様になってるじゃない」
「冷やかしに来るくらいやったら手伝って下さいよ…」
「冷やかしじゃねェよ。飯食いに来たんだ」
「そーだよ。恭、注文いいか?」
「しーっ、今私の名前“リズ”になってるから」

事のあらましを説明しつつ渋々注文を取り、三人にニヤニヤ笑って見送られる。何だか悔しくなって残りの仲間にも下働きさせると報告したが、「これ以上厄介者はいらねえ」と一蹴された。
ぶすっとした顔のまま料理を出してやるとルフィも三人の存在に気付いたらしい、ひどいずるいと文句を垂れてゾロとは小競り合いが始まる。
そこへ突然飛び込んできた新しい声。

「ああ海よ!今日という日の出逢いをありがとう!ああ恋よ!この苦しみに耐えきれぬ僕を笑うがいい!」
「えっ、ロミジュリ?」

振り替えると、戯曲のような言い回しでナミにアプローチする金髪スーツの男。
どこのホストかと警戒したが、次いで現れたオーナーの発言からこの男がサンジなのかと気付く。女だとばれると面倒なのは嫌いだからではなく、女好きで仕事にならなくなるからのようだ。
腑に落ちてこっそり溜息を吐いたところで、オーナーに投げ飛ばされたサンジがテーブルに直撃する。料理はゾロ達が避難させていたため無事だった。

「お冷でテーブルクロス濡れてる…ルフィ、テーブル戻しといて」
「んー」
「…お前か、もう一人入った雑用ってのは」
「うぇっ、はい!リズこと、ネエロ・リゾットです!」

オーナーとの応酬を終え、立ち上がったサンジの目線が恭へと移る。
割れたグラスやカトラリーごとテーブルクロスを抱え、恭は背筋を伸ばしてサンジに向き直った。
わざとらしくならない程度に低めの声を出してみる。

「ふぅん…」
「…えっと…?」

じぃ、と紫煙を燻らせながら頭から爪先まで見てくる金髪スーツ。
三人も恭の男装の理由に思い至ったのだろう。余計なことを言いそうなルフィの口をウソップが押さえている。
一方恭は気付かれないか心配する前に、サンジの出で立ちに既視感を覚えていた。
ナミに話しかけている時は感じなかったが、今自分を黙って見下ろす表情はかつての仲間を彷彿とさせた。
もうこの世にはいない人間を思い出して寂しくなり、視線から逃れるように下を向いてしまう。

「なんだサンジ、ついに女顔にまで鼻の下伸ばすようになったのか?」
「バッ、ち、違ェよ!オラいつまで休んでんだ!さっさと取り替えろ!」
「あいてっ、はい!」

そこへ、姿も見えないのにサンジの様子に気付いたオーナーから助け船が出る。おかげでサンジは恭を男と判断した。
背中をパシンと叩かれ暗い気持ちがかき消えた恭は、慌てて厨房へ戻って行った。
以来サンジが恭を小突く度に、オーナー含む料理人達が笑いを堪える姿が見られるようになる。


   *  *


「背中の傷は、剣士の恥だ」

血飛沫を上げて倒れる男に、恭は何度目かの目眩を覚えた。
けれど今は自分まで倒れている場合ではない。海に落ちたゾロを引き上げて来たジョニーとヨサクの元へ駆け寄った。

「恭の姉貴!治せるんですかい!?」
「黙ってゾロ押さえてろ」

首から引き抜いたネクタイを丸めてゾロの口に捩じ込むと、服としての役割を果たしていない布を引き千切った。
女の腕でも容易く裂けたボロ切れの中からは赤黒く染まった腹が現れる。絶望に打ちひしがれた時と同じ色に、知らず身体が震えた。
けれどあの時とは違いゾロは息をしていて、自分には処置できる力がある。

「三つ数えたら傷塞ぐ。しっかり押さえといて。1,2,3」
「ッぐ!!」

バスン、バスンと鈍い音が続きゾロの身体がその度に跳ねる。手の位置を少しずつずらしながら何度も同じ作業を繰り返す。
腕を押さえているジョニーが恭の手元を覗くと、針金のような金具が傷口を縫い止めている。
脚を押さえるヨサクの目には恭の触れた部分から出血のスピードが遅くなっているように見えた。

「よし恭離れろ!傷薬ぶっかける!」

ウソップ達がゾロの処置を続ける中、ゾロを斬った張本人である鷹の目ミホークの声が遠くから聞こえた。恭の耳には内容までは届かず、真っ赤に染まった手をエプロンで拭う。
その時、ネクタイを吐き出したゾロが刀を掲げた。

「ゴぼッ…ル、ルフィ…聞…コえ、るか?」

鷹の目に手も足も出ず己の弱さを突き付けられた。
それでも譲れない夢がある。

「あいつに勝って大剣豪になる日まで、絶対にもう、俺は敗けねェ!!文句あるか海賊王!!」
「しししし!ない!!」

涙ながらのゾロの誓いに、ルフィは満足そうに笑う。
恭は安堵の反面、当然とばかりに鼻を鳴らした。これまでも血塗れになった彼を何度も見て、その度に心臓が縮む思いをしている。無敗宣言“くらい”してもらわないと割に合わない。
その後クリークが無謀にもミホークに攻撃をしかけるが相手にされず、剣圧で起きた衝撃波で辺りが大波で揺れた。
ルフィがバラティエの柵にしがみつくのを見て、恭は落ちていた麦わら帽子を拾い上げる。

「ウソップ!行ってくれ!」
「わかった!」
「私は残る。ルフィ!」
「おう!」

びよーんと伸びてきたルフィの手を掴むと、すぐに恭の身体は宙を舞う。飛ぶようにルフィの元へ引き寄せられしっかり抱き止められた。
すっかり遠くなってしまった船からウソップの大声が聞こえた。

「俺とゾロは必ずナミを連れ戻す!お前らはしっかりコックを仲間に入れとけ!」

バラティエに滞在中、時折思い詰めた表情をしていたナミ。
利益のために一緒にいるとは言っていたが、このタイミングで一味から離れる理由が思い付かない。彼女の向かった先にきっと理由がある。

「六人ちゃんと揃ったらそんときゃ行こうぜ、偉大なる航路!」
「ああ!行こう!」

けれどルフィ一人を残して先に行こうとは思わなかった。臨時とはいえバラティエの従業員である今、職場を襲おうとしている海賊を恭だって許せないのだ。


   *  *


「おい、替えの服持っ…て、き…」
「あ」

脱衣所のドアを開けたサンジは我が目を疑った。
海賊を追い払った後ずぶ濡れになったリズを風呂場へ押し込み、着替えを渡しに来たはずだった。

丁度風呂から出て来たのだろう。
肌は白く、腰は緩やかにくびれがある。辛うじて前はタオルで隠れていたが、そこから覗くささやかな胸の膨らみと丸い尻。
その身体は男のものではなく――

「!!?!?!わ、悪っ…いや、ごめ…ッ!!?」

着替えが床に落ちたが構っていられなかった。
慌ててドアを閉めてその場から逃げ出し、しばらくしてヘナヘナとしゃがみ込む。
先ほどの光景が信じられず頭を抱えているとその頭上に影が差した。自分と同じように着替えを持ったオーナー・ゼフである。

「…その様子だと見ちまったのか。だから入るなっつったろ」
「じ、ジジイ…まさか…!?」
「お前があいつに手ぇ上げるなら止めてたがな。雑用にまでデレデレされたら仕事に差し障るだろうが」

はっと顔を上げるとそこにいたのはゼフだけじゃない。従業員が揃ってサンジを見てニヤニヤ笑っていた。
それを見てサンジは漸く気付く。自分だけに秘密にされていたのだと。

「いろいろやってたなサンジ〜〜背中バシバシ叩いて」
「頬っぺたグイグイ引っ張って」
「頭もぐしゃぐしゃにかき混ぜてたな」
「リズ“ちゃん”に対して随分乱暴だったんじゃねェの〜?」

自分がリズに暴力を振るわないよう見守る一方で、自分が女性には絶対しない事をやらかしている様を見て楽しんでいたのだろう。
思えば何か言いかけていたルフィを邪魔していたのも、女性だとバレるのを阻止していたのだ。
秘密にされていたことを責める前に、これまでの彼女に対する所業の数々を思い出したサンジは、今度こそ蹲って言葉にならない奇声を上げた。

「…なんや、全然似てへんな」

着替えを済ませて脱衣所から出て来た恭は、騒がしくなっている場所から少し離れた所でサンジの後ろ姿を見ていた。
今のように床に丸まって叫ぶ姿も、女性を見ていちいちメロメロになっている姿も、足技しか使わないという戦闘スタイルも、自分の脳内にいる男とは似ても似つかない。
初めて会った時は似ているところばかり、それも見た目だけで判断して動揺していたが、今では似ていない性格の部分も多く知っている。ちょっと色合いが近いだけの別人だ。
彼もきっとルフィの勧誘を断り切れない。この先仲間としてずっと一緒にいることになっても、暗い気持ちになることなく接することができそうだ。
気持ちの整理ができた恭は、すっきりとした顔で騒ぎの元へ歩み寄った。


   *  *


それは、ナミの故郷を人質にしていた魚人海賊を倒し、島中で宴が開かれている時のことだった。
初日は大人しく集まって食事をとっていたクルーも、翌日には思い思いに動き回っている。

恭が一人、メリー号の甲板で村人から貰った昼食を頬張っていると、梯子を登って来る音が聞こえた。
だが島に害なす輩は追い払ったばかりだし、不穏な気配は感じない。

「あれ、恭ちゃん?一人でどうしたの」

音源の方へ視線だけ向けて待っていると、現れたのはサンジだった。
手にはバラティエから持って来た荷物。私物を置きに来たようだ。
口に含んでいたものを嚥下して恭は口を開く。

「久し振りにメリーにおりたくて。サンジお昼は?」
「もう食ったよ。クソっ、恭ちゃんがいるってわかってたら俺もここで食ったのに…!」
「んふふ。荷解きに来たんやろ?場所教えるわ」

本気で悔しがるサンジに笑いながら、恭は船内を案内する。
寝室や洗面所は簡単に済ませ、最後にサンジが一番気になっていたであろうキッチンへ案内すると、配置や設備を隅々まで確認し始める。
女性向けの顔とも敵と戦う時の顔とも違う真剣な表情。バラティエでも思っていたが、サンジはこの顔が一番男前に見える。

「雑用時のルフィ見てたら解ると思うけど、ヤツは盗み食いの常習犯やから。在庫管理とか衛生面よりも気ぃ付けてな」
「やっぱりか…けど任せてくれ。ナミさんと恭ちゃんの飯は俺が全身全霊で守る!」
「あはは、頼りにしてます副料理長」
「!うぐ…」

頼もしい発言にバラティエで使っていた呼び名を使うと、サンジにとってはよくない記憶を刺激してしまったらしい。
渦を巻いている眉尻を下げてしゃがみ込んでしまい、ぐすんと鼻音が聞こえて恭は慌てて隣に座った。

「ご、ごめん…ホンマに責めてないんやで?寧ろ騙したみたいになってごめんな?」
「…いや、俺こそすまねぇ…レディである事に気付けなかったうえに、あんな…あ"んな"酷いごどぉぉ"おお"」
「あーあー泣かんといてー責任は私とゼフさんにあるからー」

肩を寄せて背中を擦っても、腕の中に隠れた顔が出て来そうにない。至近距離に女性がいても気にならないくらい落ち込んでいるらしい。
「どうか天罰を」「お詫びを」「何でもする」とくぐもった声が腕から漏れてきた。

「何でもて…せやなあ…じゃあ一つ約束」
「どんな事でも!」
「んと…私のことは、サンジの言うレディとして見ないでほしい」

その言葉を聞いた瞬間、現れたサンジの顔が青褪める。
誤解を産んだようで、恭は慌てて手を左右に振った。

「リズの時みたいなのを求めてるんちゃうくて、私を守る対象にしないでほしいて言ったらええんかな…」
「え?」
「昨日みたいに、私は一味の戦闘員のつもりやから。何かあったら背に庇われるんじゃなくて、背中を預け合いたい。颯爽と助けていいとこ見せるってのは、私にはせんとってほしいねん」
「…」
「まあ、今の私じゃ力不足かもしれんけど」
「いや」

目線を伏せた恭を諫めるようにはっきり否定の言葉がかかる。
半泣きの表情が打って変わって、真剣なサンジの顔が真っ直ぐ恭を見詰めている。

「自分よりずっと大きな相手を吹き飛ばした恭ちゃんを見て、俺はちょっと焦ったよ。出番取られちまうかもって。あの時のマリモ野郎の顔も見せてあげてえな」
「え?」
「力不足なもんか。これからもっと強くなるって考えたら、頼もしい反面悔しいくらいさ。俺も遅れを取らねェように頑張るよ。だから…」

一旦言葉を切り、サンジが立ち上がる。
つられて立った恭の正面で、左胸に手を当てて少し頭を垂れた。

「約束は守るよヴァルキリー。けどせめて、君の背中は俺に守らせてくれ」
「…へへ、じゃあサンジの背中は私に任せてな」

恭の突き出した拳に、サンジがそっと自分の拳を当てる。
これもきっと、サンジは女性にはした事がないだろう。新しい仲間の新しい経験に、恭は少し頬を染めて笑った。

この直後、漸く恭との距離感に気付いたサンジが鼻血を垂らし、まだ使ったことのないメリー号のキッチンの床を汚すことになる。