×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

East Blue


オオカミ少年とひつじの船

「ちょっとあんた、大丈夫なの?」

ナミの心配そうな声に、曖昧に笑う恭。その顔色は悪く声も弱々しい。
小舟で三人という狭さではゆっくり休むこともままならず、おまけに某船長により食糧も枯渇している。
明らかに船酔いしている少女をさすがに放っておけず、ナミは自分の船(正しくはバギーから奪った船)の方に寝かせてやった。

「それにしても、変わった格好してるわね…」

ナミは改めて恭を見下ろす。
自分よりもずっと小柄で、鎖骨が隠れるくらいの長さの髪は焦げ茶色。
シャツ・ネクタイ・スカート・カーディガンと特に奇抜ではないはずの服装だが、どこかの所属を示すように支給品くさい。
彼女の頭を覆う黒い頭巾の先には金属の玉がいくつもついていて、彼女のものにしては一回り大きいように見える。
腰には大きめのウエストポーチが巻かれ、何を入れているのかポケットは大きく膨れている。
中身を取り出すところはまだ見ていないな、と無意識にウエストポーチを凝視した。

「形見なんだとよ。盗るなよ」
「うるさいわね、こんなボロいの盗らないわよ!」

いつから見られていたのか、ゾロからの牽制に反射的に言葉を投げ返す。
吐かれたら困るわと口ではぼやきつつ、弱った恭のために早く島を見つけてあげようと何故か使命感が湧いてコンパスと海図と海を見比べる。
そして島へ上陸したのだが、そこへ出迎えたのは子供が三人ともう一人。

「人々は俺を称え、更に称え“我が船長”キャプテン・ウソップと呼ぶ!!この村を攻めようと考えているならやめておけ!この俺の八千万の部下共が黙っちゃいないからだ!」
「突っ込む元気あらへんわ…」
「いいわよ、わざわざ嘘に付き合わなくて」
「げっばれた!」
「ほら、ばれたって言った」
「ばれたって言っちまったああ!おのれ策士め!!」

久し振りの地面の感触に感動する間もなく、長い鼻の少年に告げられたあからさまな嘘に恭は項垂れる。
どうやら少年ウソップと既に逃げた子供達は、バギーの海賊旗を見て警戒していたらしい。
誤解が解けると、膝に手をついて俯く恭を見て「大丈夫か?どっか具合悪いのか?」と近寄ってきた。ルフィの肉食いたいという希望にも、気さくに近くの飲食店まで案内してくれる。
嘘つきだが根は優しい少年のようである。

「仲間とでかい船か!」
「ああそうなんだ」
「はーっ、そりゃ大冒険だな!」

食事をしながらウソップに事情を話すと、海賊であることはあっさり受け入れられた。海賊そのものには嫌悪感どころか好感があるようで、船の入手のあても快く教えてくれる。
ルフィの横でスープマグを傾けていた恭も、温かい食事と人柄の良さにほっこりした気分になった。

「俺が船長になってやってもいいぜ!!」
「「「「ごめんなさい」」」」
「早ェなオイ!!」

などというジョークのようなやり取りはあったが。
その後すぐに、用事があるらしいウソップは店を飛び出して行った。
それと入れ替わるようにして現れた子供三人が、ウソップの居場所を問い質すが四人が知るはずもない。
そこへ絶妙なタイミングでルフィが声を上げる。

「はーっうまかった!肉っ!」
「え…肉…って!?まさか…キャプテン……!」
「…お前らのキャプテンならな…」
「な…何だ!何をした!」

解りやすく勘違いした子供達にナミは笑みを零し、ゾロと恭は目配せをした。
緩慢に頬杖をつくゾロの向かいで、恭もテーブルに両肘をついて口元を隠すように指を組む――俗に言うゲンドウポーズである。
意味深な笑みを浮かべる二人に子供三人は揃って冷や汗を滲ませる。
そしてゾロが悪人面で一言。

「さっき……喰っちまった」
「「「ぎいやあああああ鬼ババアアアアアっ!!」」」
「何で私を見てんのよ!!」

てっきりゾロか恭に何か言うと思いきや、視線の先はまさかのナミ。
泡を吹いて気絶した子供達にゾロと恭はケラケラと笑った。


   *  *


海賊が攻めてくる。
ウソップが毎日のように言って遊んでいた嘘が現実に起きようとしていた。
しかもその主犯は、幼馴染であるカヤの執事。

「笑ってやしねェだろ?立派だと思うから手を貸すんだ」
「同情なんかで命懸けるか!」

当然村の誰も信じず、カヤでさえウソップを否定した。
それでも見捨てる訳にはいかず、子分三人にまで嘘をついて離れさせたウソップは、海賊の襲撃を現実にさせない決意をする。
そんな彼の姿を見た一味の判断は加勢一択である。

「後は戦力次第…お前ら何ができる?」
「斬る」
「のびる」
「…沈める?」
「盗む」
「隠れる」

お前は戦えよ!と一味のツッコミがウソップに刺さる。
そんなウソップの作戦により、村へと続く一本道である坂に油を敷いて迎え撃つことになった。
しかし夜が明けても人っ子一人現れない。しかも遠くから雄叫びのような声が聞こえてくる。
ナミがそれに気付いた時、ウソップがサッと青褪めた。北にも上陸地点があると言うのだ。

「待って、私らって何処に船停めたっけ?」
「まずいっ、北の海岸だ!船の宝が取られちゃうっ!」
「二十秒でそこ行くぞ!」

ルフィが一番に走り出し、ウソップの後に残りの全員が続こうとした。
しかし油に足を取られたらしいナミから悲鳴が上がり、恭とゾロの足が止まる。

「えっ!?ちょ、うぎゃッ!」
「うわあああっ!手ェ離せバカ!」

ゾロの腹巻と恭のウエストポーチをナミが捕み、咄嗟にバランスを取れなかった二人は油塗れの地面に転倒する。
そんな二人に謝ったナミだったが、まだ乾いているゾロの背中を見るとそこを足場にして一人油の罠から脱出した。

「うわーーーっ!」
「あああああっ!」
「あ…悪いっ!宝が危ないの!何とか這い上がって!」

代わりに恭とゾロが、風呂場の石鹸よろしく坂下まで滑り落ちて行く。
それに軽い謝罪を残して、ナミはウソップの後を追って走って行った。
残ったのは口に油が入って苦い顔をする恭と、ナミに殺意を露わにするゾロ。

「くっそーっ!どうすりゃいいんだ登れねェ!!」
「うぇ、ベタベタ…ソルベさんとジェラートさんに貰ったポーチやのに…」
「んな事言ってねェでとっとと登る方法考えろ!」
「解ってるて。ちょっと待って」

苛立つゾロを落ち着かせるよう静かに言うと、恭はウエストポーチのチャックを開けた。武器でもあるのかと思いきや、取り出したのは何か丸くて固そうなもの。二つ折りになっているらしいそれを開くと、内側は鏡――コンパクトミラーである。
唖然としているゾロに構うことなく、恭はそれを逆側へ折る。軽い音がして金具が外れ、鏡が二つに分かれた。

「ゾロ、これ坂の向こう側に放ってくれる?」
「はあ?」
「上手くいくか解らんけど…一回、やってみたいことがある」

鏡の片方を手渡してくる恭は至って真剣な顔。意味が解らないが、この状況でふざけたり卑怯なことをする人間でないことはもう知っている。
言われた通り、鏡を油の届かない坂の上の方に投げた。固いものが落ちる音がするや否や恭はゾロの手を取る。
「鏡見て」と短く言われて恭の手元を覗き込むと、鏡の中の恭と目が合った。

「マン・イン・ザ・ミラー。私とゾロが入ることを許可する。だが、油は許可しない」


「……ああ?」

瞬きしたと同時に、ゾロは周りに違和感を覚えた。
立っている場所は同じはずなのに何かがおかしい。遠くに聞こえていた海賊の雄叫びは聞こえなくなり、背後の波の音も異様に小さい。
恭に声をかけようと視線を落としたその時、違和感の正体が明らかになる。

「な…何で刀が“左”に差さってんだ…!?」
「ここは鏡の中の世界。ここの地形、左右あんま違いがないから解りにくいけど、全部左右逆転してんで」
「は!?」
「油は連れて来てへんから、もうベタベタツルツルせんやろ?」

言われてみれば、全身べったり付いていた油がなくなっている。
混乱するゾロの手を引いて、恭は坂道の端の崖へ連れて行く。
崖に手を付き高さを確認すると、漸くゾロの手を離して振り返った。

「やっぱ私では登れんわ。油取ったげたんやからゾロ、私おぶって上登って」
「登れって…その前にコレどうやって戻るんだよ」
「大丈夫。坂の上に“出口”投げたやろ?」

投げた。その言葉にさっきの自分の行動を思い出す。
突然鏡の中と言われて理解が追いつかないが、二つの鏡は入口と出口になっているらしい。

「…いや訳分かんねェわ」
「またちゃんと説明する…」

とにかく坂上の鏡まで急ごうと、ゾロは恭を背負うためしゃがんで彼女に背を向けた。


   *  *


そして村はいつも通りの朝を迎えた。

「ここにいらしたんですね」
「よう、お嬢様っ」

怪我の手当を終えて食事の席にいた一味の元をカヤが訪ねて来た。
少し前まで命を狙われていたというのに、いつまでも甘えていられないと何やら決心した顔をしている。
彼女の幼馴染も同じ顔をしていたなと恭はぼんやり思った。
彼もあの戦いの後、腹に決めた事があると言ってどこかへ行っている。

「それより皆さん……船、必要なんですよね!」
「くれるのか!?船!」

遠慮のないルフィに笑って頷いたカヤ。
彼女に連れられて海岸へ行くと羊のような見た目の執事と一緒に、羊が船首になっている船が一味を出迎えた。
おおよそ海賊船に向かない可愛い見た目だが大きな船だ。

「へぇ…」
「可愛い船…!」
「キャラヴェル!」
「うおーっ」

執事が船の扱いについて説明するがルフィには伝わらず、船とは無縁の生活をしていた恭は知らない単語に目を回していた。ゾロは聞こうともしていない。
恭からの助けを求める視線を受け、仕方なくナミが執事から引き継ぎを受けた。
そこへ坂上からすっかり耳に馴染んだ悲鳴が聞こえる。何をどう詰め込んだのか、巨大な荷物ごと転がりながらウソップが降りてくるのだ。

「…!わ…悪いな…」
「「おう」」
「ていうかよくあったよな、こんなデカいリュック」

ルフィとゾロの足が顔面にめり込んで止まったウソップ。彼も旅支度を終えてきたようである。
止めるなと言うウソップは少し名残惜しそうで、止めませんと言うカヤも少し寂しそうだ。
―おやおやおや?もしかして?
何とも言えない二人の雰囲気につい想像してしまい恭はにやけそうになったが、唇を噛むことでそれを抑えてルフィ達に続いて船に乗り込んだ。

「お前らも元気でな。またどっかで会おう」
「なんで?」
「あ?なんでってお前、愛想のねェ野郎だな…これから同じ海賊やってんだからそのうち海で会ったり…」
「何言ってんだよ。早く乗れよ」
「え?」
「え、そのつもりでここに来たんやと思ってた」

一人小舟の方へ行こうとするウソップに、一味は本気で訳が解らないという顔をする。

「俺達もう仲間だろ」

だって彼ももう一味なのだから。

「…キャ…!キャプテンは俺だろうな!!」
「ばかいえ!俺が船長だ!!」

目を潤ませて叫ぶウソップにルフィがキッパリ返す。
カヤと執事とこっそり子供達にも見送られて、ゴーイング・メリー号は出航した。

「新しい船と仲間に!乾盃だーっ!!」


   *  *


「そろそろ私のこと、ちゃんと話そうと思うねん」

島が見えなくなった頃、恭は全員に向けて切り出した。
クルーが数名揃い立派な船が手に入った今が、知っておいてほしいことを伝える頃合だった。
少し面倒くさそうなルフィの背中を押し、他の男二人と一緒に船内に入ってもらう。そして残った一人にもおそるおそる声をかけた。

「できれば仲間みんなに、聞いてほしいんですけど…」
「いや、全員中に入っちゃったら危ないでしょ?私はここで見張りしてるわ!」
「…そうですね。じゃあよろしくお願いします」

―仲間として扱われたくない。
最もらしい理由を盾に“拒否”したナミは、もう何も聞きたくないとばかりに恭から目を反らした。恭もそれ以上は何も言わず、軽く会釈して船内に向かう。
お互い背後にいる相手が気になるが、気まずくて振り返る気にはなれなかった。

「…その気になったら、いつでも教えますからね」
「ッな、何か言った?」
「いーえ、何も」

独り言のように漏らした言葉も、当然通じなかったフリをして。





「俺、お前の昔のことなんか興味ねェぞ」
「それは解ってるけど、仲間として最低限覚えててほしいことがあんの」
「難しい話か?」
「話しだしたら長くなるけど…じゃあ簡潔にまとめるわ」

「一つ、私は違う世界からやって来ました」
「「!?」」
「そーなのか、すげーな!」

「二つ、私の能力は悪魔の実のものではありません」
「「???」」
「そーだったのか、すげーな!」

「三つ、今の二つは一味以外には絶対話さないで下さい。以上」
「ん、わかった!」
「いやいや待て待て」
「俺らにはもっと詳しく」

この後さっさと外へ出たルフィはナミに早速口を滑らせかけてナミに食い止められ、ゾロとウソップは小一時間かけて恭の強烈な過去を聞くことになった。