老人の密やかな楽しみ


カランカラン。

涼やかな音を立てて
木目の鮮やかな扉が開けられる。

すると、
カウンターで異国の少女が迎えてくれた。

足が悪いのだと店主は言い、
口が効けないのだと少女は筆を取る。

なんでも昔は手も不自由したらしいが、
今ではそんな素振りは見受けられない。


【いらっしゃいませ】


あらかじめ描かれたスケッチブックは少女と店主の青年の自信作だ。


その時のことを思い出して老人は笑った。

少女の手を取り、一字ずつ丁寧に青年が動かした少し歪な文字。

なんでも少女の文字はスペルミスが多く、酷く悪筆だったらしい。

あとで青年はようやく治癒の目処がたち、指の運動を医者に許可された所だったと語った。

彼にしてみればちょうどよいリハビリだったのだろう。

買い与えたスケッチブックは今では完全な商業用、接客本となり、少女の自作だろう可愛らしいイラストも添えられている。

それをあの無愛想な青年が許可している事実は何より微笑ましい。


「やあ、お嬢さん。
ヴィンセントはどうしたのかな」

その質問は予想範囲内だったのだろう、あらかじめ書かれていたページが開かれた。

【私はお留守番をしています】

「ホウホウ、では注文を宜しいかな?」

これも予想範囲内。

【私は飲み物を作れます】

「ならば珈琲を頼もうかの」

すると少女が持つのは2種類のカップ。

白い陶器か透明のグラス。

なるほど。

「ホットじゃな」

すると少女は笑って頷いた。

のだが…


はて?少女は動かない。


どうやら足の不自由な少女に店主は接客と手の届く範囲での仕事を覚えさせたらしい。


どうやらあの店主は
少なくとも店の備品を、位置を、レイアウトを変える程にはこの少女を大切にしているらしい。

そう知って老人は安堵した。

寡黙であまり笑わない彼の下で若い、まだ幼いともいえる少女が住んでいる。

そのことを知って町の住人は密かに彼の幸福を喜んだ。

どうやらこの異国の少女は恋人ではないそうだと知っても、住人たちの態度は変わらなかった。

今度は彼の幸福を願ったのだ。

そして、住人はこの不思議な関係にも興味を持った。

おそらくこの少女は気づいている。

だからこうして笑みを交わせるのだ。


「…ヴィンセントは、変わりないかね?」

とても毎日、
日参している人物の言葉ではないだろう。

しかし、少女は穏やかな眼差しを向けた。

まるでこの
しがない老人を、
その小さな杞憂さえも慈しむようだった。

ホウ、ホーウ。
これは参った。


カラン。

再び扉の開閉音がした。


「………あ、いらっしゃいませ」

救世主は意外にも店主本人だった。
少女は笑って
淹れたばかりのカップを差し出した。


「…………珈琲ですか?」

「珍しいのぅ…散歩かの?」

「まさか、買い出しですよ」


その時、トントンと音がしたら
少女がスケッチブックを見せた。

【いらっしゃいませ】

「違う。お帰りなさい、だろう」

少女は違うと首を振った。


【いらっしゃいませ】

【ご注文をどうぞ?】


そこまで来て彼らはようやく理解した。

老人は活快に笑い、店主は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「…………珈琲。」


ぽつりと落とされた呟きに少女は一番の笑顔を見せた。


「まさか
これがしたくて店番したのか…?」


青年の疲れたような口調に、老人は穏やかな笑みを浮かべた。

そこに脱力感はあっても嫌悪感など一片も見受けられなかったのなら

注文を待つ間、どこか嬉しそうな瞳をしていたなら尚更だろう。

つい、からかってみたくなった。

「お前さん、顔が緩んどるぞ?」

「なっ…!?」


それはあまりに表情が豊かで…、

どこか他人と距離を置きたがる青年は、確かに変わったと老人が知った瞬間だった。


【どうぞ】


間を縫うように差し出された珈琲に、彼の耳元が僅かに赤くなっていたような気がした。気のせいでないことを祈る。


「では帰るとするかの」

【どうぞ】

「あ…ありがとうございました」





カラン。カラン。

店を出ると鋭い日差しが老人を射抜いた。

どうやら今日も良く晴れそうだ。


そして帰り際に
そっと渡された

紙タオルを開いて彼は笑った。


【みんなに愛されて彼は幸せ】

†今度はあの少女に会いに行こうかの†





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ルルイ様よりリクエスト

長編続編とのことでしたので、先に
更新すべきか誰視点にしようかでほ
のぼのと迷った話。重要キャラは外
しました。ええ加減更新しろよ自分
さて、この老人とは誰でしょう?
あの人ですよー「ホーホーホウ」な130歳。

やはりどんなキャラでも死亡フラグは
却下したくなりますね(笑)なので彼も
生き返ったその1人だったりします♪





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