いつかキミに。


…くそっ、
なんだってこんなことになったんだ。



【いつかキミに。】



夜の密林を、
草木を踏みしめる音だけが響く。


―ザクザク、ザクザク


本当は
そんな音がしている訳ではないのに、今のクラウドにはとても大きな音に聴こえた。


もっと他にも音が聞こえるだろうに、

例えば風に揺れる枝の擦れる音だったり、自分のバスターソードの音だったり。

しかし、そんなどうでもいい
心中にも、感じる音は…


―あとは自分の鼓動だけだ。


まるですぐ耳元に
心臓がやって来たらこんな感じだろうか。


五月蝿いくらいに轟々と、
響く自らの鼓動に、彼は顔をしかめた。


「…クラウド。代わろう。」


自分の数歩先を歩いていた
ヴィンセントが振り返った

まるで図ったかのようなタイミングに、コイツには後ろに目があるのだろうか、と、また、どうでもいい心中が呟く。

だから、彼に致命的な一瞬が経過する。


―…つまり、

質問の意味を理解するための一瞬が。


「…代わる?」

考えるより先に呟いてしまい、
今度はヴィンセントの顔が僅かに歪んだ。


「先からお前が背負っている荷物を…だ」


そこで漸く、
彼の意識は背後の少女に移った。

つまり、
彼の背で眠り続ける16歳の少女に。


…ユフィ=キサラギ。


戦闘の後、急に倒れた彼女は、高熱に意識を奪われていた。

どうやら鎮痛剤やポーションで騙し騙し来ていたらしい彼女に、このコンガガの密林は容赦なく牙を剥いたらしい。

忍びだ、マテリアハンターだなんだと言っても、少女の体力などたかが知れている。

自分の身体にぐらい嘘をつかなくてもいいのに。そう、クラウドは思う。

それでも戦闘において足を引っ張るどころか率先して敵を撃破する彼女に、他者には決して晒さない非情ささえ感じてしまい、普段とのギャップに薄ら寒くさえ感じて。ただ頼ってくれなかったのが悲しかった


「……ユフィ、熱いな」

ヴィンセントに譲る直前、
クラウドは無意識に抱き寄せて呟いた。

「呼吸は落ち着いているが、な」

「………ぅ、おろして」


そうこうしている内に、
どうやら気がついたようだった。


「…ユフィ、大丈夫か!?」

「…落ち着けクラウド。」


自分でも訳の分からない焦燥感に突き動かされて、俺はユフィに詰め寄った。

それをやんわりとヴィンセントが制止し、ユフィを抱き上げると、柔らかい草の生えている場所へ下ろした。


思った以上に優しい仕草。

普段なら恰好のからかい材料となるであろうその行為も、今のユフィにそんな余力はなく、ぐったりと力無くヴィンセントに寄りかかっている。


…何かが俺の脳裏を過ぎった。


「おい、大丈夫か?」


硬直して動かない俺を見て口を開いた

ヴィンセントにー…重なる影があった。

そう、誰かが、俺に、言った、ような


…そうだ。

俺は何を焦っている?


「ユフィは…」


『死なないよな?』


そう口を開きかけて俺は愕然とした。

…俺は、今、何を考えた?


死ぬ?誰が?ユフィが?


…たかが風邪ひとつで?



深刻ではないと頭では理解していた。

よくあることだと。

しかし、感情が、感覚が、否定する。


何かを、恐れている。

何かを、知っている。

…何を?俺は知らない。

そんな…、

死、…を、

恐れるような、記憶なんて。


そんな俺にトドメを刺したのは、
やはりユフィ自身だった。


「…おいてって」

「ユフィ!?」


悲鳴のような俺の声が、
どこか別の世界の出来事のように聞こえた


「足手まとい、は、要らない」


熱の所為で定まらない筈の虚ろな眼が、
しっかりと俺を見据えた。


「なあ‥クラウド…
…―――に、行かなくちゃ…」


全身から血の気が引いた。


笑うな。
笑うな。笑うな。
笑うな。笑うな。笑うな。

そんな時に。
そんな、そんな、微笑を。



『なぁクラウド…。
…俺、ミッドガルに行かなくちゃ…』


(……アンタ誰だよっ!!?)


刹那、脳裏を掠めた人影に、
怒鳴る。絶叫する。慟哭する。


「クラウド?」

不思議そうにこちらを呼ぶヴィンセントを押しのけて、ユフィの肩を掴む。

そして
力加減も考えず無理やり引っ張り上げた。

そして、
そのまま力任せに引きずり、歩く。

「おい、クラウド!!」

ヴィンセントの
珍しく怒鳴るような声も耳に入らない。

ただ響くのは、

「『…クラウド』」


自分を呼ぶ2つの声だけだ。


黒い髪、白い顔(かんばせ)。


重なるような
記憶もないくせに、ダブるのは何故。


違う違う違う違う違う違う
ユフィは、アンタじゃない


必死になって
否定したいはずの事柄はどこにある?


「クラウド、いい加減にしろ!!」


その時、ヴィンセントの鋭い声が響いて、身体がバランスを失った。

どうやらバランスを崩したのはユフィを奪われたかららしい。

無理矢理引きずったからだろうか。

そんな当たり前のことさえ、
今の俺には理解出来ていない。


そんな俺を見て、ヴィンセントは
あからさまに溜め息をついた。


「―…そんなに心配なら、
…クラウド。お前は先に行け」

「ヴィンセント、お前まで…!?」


俺の言いように、
ヴィンセントは静かに首を振った。


「違う。エアリスか…薬か。
…持ってこいと言っている」


私が行ってもいいが、今のお前に任せるとロクな事がなさそうだ。

「ユフィは…」

「私が見ていよう」

側にあった木の根元に座らせて、奴は乱暴にユフィの頭を撫でてみせた。


―…ああ、まただ。

ユフィが、ヴィンセントが、何かにダブる


(…… 誰、だ ?)


…あの時、頭を撫でてみせたのは誰。

…あの時、__は、誰を。


 そ の と き お れ は ?



その 何 か に気付くのが怖くて、俺はそっと2人から視線を外した。


その目に留まった…
掴んだユフィの肩や手首は青くなっていた

確かに、
ヴィンセントも不愉快になるだろう。

病人を傷つけても
無益なことこの上ないのだから。


「―…行ってこい」

「…すぐに戻る。」


俺は勢いよく踵を返すと、
森の中を駆け出した。


…くそっ、
なんだってこんなことになったんだ。


立ちはだかった魔物をなぎはらいながら、

進む。

進む進む進む。
ただひとりで、
止まる事なく。


『___________』


懐かしさを感じる声。
____の声がした。
脳裏で声が反響する。
俺を肯定するように。
俺は静かに同意した。


(…ああ、そうだな。)


同意した瞬間、世界が変容する

あれほど恐れた何かが霧散した

まるで追い風に吹かれてる様だ

あるのは、圧倒的な開放感だけ

そう、どこまでも、どこまでも


― 俺 達 は ―


刹那

確かに重なるものがあった


おそらく、《想い》が。
おそらく、《誇り》が。


俺は悲鳴とも歓喜ともつかない声をあげた


『『いらっしゃいませぇぇっ』』



そう俺の背には今、あの2人が仲間がいる


そう、俺は、ソルジャー、だから、だから

『夢』も『誇り』も『全部』も『だから』

負ける訳には、いかない。





『…がんばれよ』

どこかすぐ傍で、
アイツが笑ったような気がした。













次の日、
俺が戻ると奴のマントに包まれて、
ユフィは眠っていた。

朝日のせいか、
まだ青白いがそれでも表情は穏やかだ。

ユフィの胸が僅かに上下していたことに何故かほっとして、脱力した俺に、ヴィンセントが気付いたようだ。

「…戻ったか」

「…ユフィは」

「…眠ってる」

それより持ってきたか。

ヴィンセントの言葉に俺は頷いた。

「エアリスは動けなかった。ナナキが怪我をしたらしい。だからポーションと鎮静剤。あと解熱剤だ。」

手渡すと早速飲ませようと手を伸ばす。
…って、おいおい。

「寝てる奴の
口に押し付けても飲める筈がないだろう」

…しかも蓋を開けろよ。

思わずボヤくと
不機嫌そうな赤眼が俺を見上げていた。

「…ユフィが起きない」

「それだけ体力を消耗していたんだろ
……かしてみろ」

よくそんなので
一晩看病できたなヴィンセント。

自分の事を棚に上げて、そう思う。


「おいこら待てクラウド何をしている」

何だかものすごい勢いで肩を掴み離された。

「何って、薬を飲ませるんだろ」


……口移しで。



「なっ…起こせばいいだろう」

しばしの間があった。

「……………。
…何を焦っているんだヴィンセント」

「焦る?私がか…?」

…無意識か。

いや、きっと俺の思い過ごしだろう。
…………………………そう思いたい。

そういえば

ティファかエアリスか。態度をはっきりしろとか、よく男連中にからかわれていたな。きっとヴィンセントもそんな話を聞くとはなしに耳に留めていたんだろう。


そうだ、きっとそうに違いない。

だから
ユフィには俺の行動に過剰反応…を。

―…この男に恋愛沙汰など。

……しかも相手がユフィ?


「…何か言いたそうだなクラウド」


ケルベロスに手をかけながら凄んでみせるこの男に、だからだろう、遠慮なく爆弾を投下してみせた。


「ヴィンセント。
…お前ユフィが好きなのか?」


―がっしゃん。


…あ、ケルベロスが落ちた。


唖然。
沈黙。
呆然。


そんな長い一瞬が経過する。


「う…あ、クラウド…?」

「ユフィ?起きたのか?」


たから、
ユフィが目覚め、俺は心底神に感謝した。



あのとき見た彼の顔。

ユフィが目覚めた瞬間浮かんだ安堵の表情に、俺の杞憂なんかじゃなさそうだとコメントを追加して。


「ユフィ…とりあえず
…俺達の今後のためにも薬を飲んでくれ」


…ふたりに対して隠しごとが出来たな。



†…なぁ、アンタもだろ、親友?†





壊れても壊されてもきっと残る、その想い

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