sugar×coffee


その日、俺はいつものようにカウンター席でコーヒーを飲んでいたんだ。


我が心の師匠、ティファのお手製のそれは存外に美味く、話の話術とでも言おうか…やはり俺のそれら共々、彼女の存在は師匠、つまり別格らしい。

気だるく、ともすれば眠ってしまいそうな午後の酒場。


「あ‥おかわりいる?」


彼女にひとつ頷いてやはり…と、俺は思う


こうまでゆっくり出来るのは
奴が居ないのも大きい、と。


『奴』――クラウド。


普段は
無関心で興味無さそうな冷めた奴だが、時々、俺が居ると鋭い視線を投げてくる。

視線だけで
人が殺せるなら俺は何度となくライフストリームに還っていることだろう。

しかも、大抵はティファが後ろを向いていたり、何かの作業で席を外した時に…だ。


(俺がティファに横恋慕するとか
…思われてんだろうな)


まったく、見当違いもいいとこだが。

まぁ、あのクラウドの嫉妬だ。

昔のよしみで目をつぶっておいてやる。


やはり、
昔からの2人を知っている分、姉とも、世話の焼ける弟にも似た心境なんだろう。


―カラン。


おや、こんな時間に客とは珍しい。

振り向いた俺は、
その場で硬直することになった。


入って来たのは、長身の青年だ。

しかし、
陰気というか神経質そうなと言うか。

やや俯きがちに歩を進める男は、この初夏の中でも真っ赤なマントを纏っていた。

なにより、その眼、だ。

赤色の瞳なんて初めて見た。


そう思って何とはなしに眺めていると、
男と目が合った。


そして、俺はすぐさま後悔する。


鋭い視線で射抜かれて、
俺は顔を逸らすのがやっとだった。


(お、おっかねぇ…)


クラウドのおかげでその手の視線には慣れているとは思っていたが、種類が違う。

何というか…重さが違うのだ。


「あらヴィンセント。久しぶりね」

だからティファが気軽に声をかけたとき、俺は驚いた。


「………ああ」


ヴィンセントと呼ばれた男は、チラリと天井を見やると「コーヒーを」と言葉少なく注文した。


「今日はどうしたの、エッジに来るの久しぶりじゃない?」

「リーブからの出向要請だ」


出されたコーヒーに口を付けることなく、男は備え付けの砂糖壺に手を伸ばす。

そうすると
難しい顔をして砂糖を注ぎ込み始めた。


1杯、2杯、3杯…

おいおい、そりゃ入れすぎじゃねーか?

しかし、その表情はまるで
理科の実験をする科学者のようで。

どうやら、砂糖の分量に
相当なこだわりがあるらしい。


砂糖を入れ終わると、
今度はミルクを注ぎ始めた。


しかも結構な割合だ。


ティファはと言うと、
そんな彼の作業を面白そうに眺めている。


俺と目が合うと、微笑みながら「しーっ」と、人差し指を立ててみせた。



そうか、奴は結構な甘党なのか。

…人は見かけによらないものだ。

ひとり感心していると、混ぜ終わったらしい男の手元でカチンとティースプーンが涼しげな音を立てた。


もともとかなりの美形だから結構絵になる。さぞかしモテることだろうな。うん。


そう思って観察していると、男はせっかく作ったコーヒーを脇にやってしまった。

そして「ジンを」ときたもんだ。


俺と男の間には椅子2つ分程度のスペースがある。

ちょうど俺と男の間に置かれたそれに、思わず口が出た。


「あんた、それ、飲まないのか?」


無視されるかと思ったが、意外と、答えはすぐにかえってきた。

不機嫌な表情も隠さず、こちらを睨み付けると

「…こんなもの、飲める訳がないだろう」


こんなもの、ときた。

ティファのコーヒー信者の俺としては看過できない台詞だ。

「…ンだと!?」


勢いよく立ち上がった俺にティファが慌てて止めに入る。

…大丈夫だティファ。
俺が死んだらクラウドが
骨を拾ってくれるさ。


そんな美しい友情さえも、
この男にはどこ吹く風、だ。

渡された酒をつまらなそうに一口煽ると、紙幣をカウンターに置き

「釣りはいい」
と言い放った。


もしもし?
アナタの置いてる紙幣、
10000ギル紙幣なんですけど?

たかがコーヒーと酒1杯に、10000ギル払って釣りは要らないなんてどれだけオカネモチなんですか?


…馬鹿ですか?


「ヴィンセント?こんなに要らないわよ」

「ならそこの男の代金にでも充てておけ」


え?オゴリ?ラッキー…じゃなくて。


「あんたなぁ…」

「なら、宿代だ」


その言葉に、ティファはポンと手を打った。笑いながら、指差したのは、天井。


「……上の?」

「…そうだ。」


男が頷いた時、
店の天井付近が俄に騒がしくなった。


「わー遅刻だ遅刻!!」


高い声のトーンと軽い足音が降りて…否、落ちてきた。

殆ど転がり落ちるように階段を下ってきた少女に、男はため息をついたようだった。


「…昼寝とはいいご身分だな」

「ユフィ、寝癖ついてるわよ」

「えーっ!!どこ、どこにっ?」


慌てて頭の見当違いの方向を抑え始めた少女に、男が手を伸ばした。


先程の男の印象が脳裏を掠める。

冷たい眼
神経質な
鋭い視線

少女が小動物なら男は肉食獣のそれだ。

俺はハラハラと見守っていたが、意外とその手は優しく見えた。


(………あり?)


丁寧な動作で髪を梳く指先に、少女がクスクス笑う。そんな少女に、男は再び嘆息したようだ。


「…ユフィ、どうぞ?」


ティファが片目を瞑って指差したのは―…


「コーヒー…」



男の隣に腰掛けて、俺の呟きが聞こえたのか、少女はこちらを振り向いた。

くるくると、好奇心旺盛な瞳はまるで猫か何かのようだ。

にぱーっと笑うと顔中が笑顔になる、
そんな印象だ。

あと数年もすれば、
ティファともまた違った美人になりそうだ

…まぁ、今でもって『美少女』
…つまりは未完成なわけだが。

そこまで考えて、結構不躾に女性を眺めていたことに気づいて、しかし、少女がそれを態度に表すことはなかった。

…気づいてないだけかもしれないが。


「うん。うん。やっぱりティファのコーヒーは別格だね〜。な?ヴィンセント」


男に同意を求めて…少女は小首を傾げた。


「ヴィンセント眉間に皺が寄ってるよ?」

あ、やっぱり遅刻したの怒った?


男はため息をつき黙って首を横に振った。しかしその一瞬確かに視線は俺を向いた。


「…もう少し余裕はある」

…どうとでも取れる台詞だな、おい。

「んー?イライラは良くないよ、
…はい、カルシウム」


男は渋い顔をした。なぜなら差し出されたのは例のコーヒーなわけで。


見ればティファも思いっきり苦笑していた。分からないのは女の子だけだ。


しかし、男はそのカップに手をかけた。


――ぐいっ。

「あー!!全部飲んじゃった!!」


女の子の不平不満に、でも、男は謝ることも開き直ることもなかった。

ただ、妖艶とも取れる不思議と揺らめく流し目をくれるだけだ。


何とはなしにティファに視線を向けると、何故かカチコチに緊張していた。
何より顔が赤い。…なんだ?


「…ティファ、“ご馳走様”」


その含みのある表現に、「あ。」と俺はマヌケな声をあげた。顔が上気するのを抑えられない。


彼女が飲み易いように砂糖とミルク。
彼女が寝泊まりしているから『宿代』
そして、最後のコレももしかして…


「やはり甘いな…」


カップを返却する際、サラリと暴言を吐かれて、俺は確信した。



『甘い』

それがコーヒーの味そのものを指しているのかそれとも別の何かを指しているのか、知っているのは彼だけだ。



「…行くか」
「こらー、何とか言えー!!」


そして
ドアを開き、出て行こうとする2人。

そのとき、俺は見た。

目を細め、
眩しいものを見るような
愛しいものを見つめる瞳を。

そして、浮かべられた穏やかな微笑を。




だからだろう。
少し妬けたんだ、きっと。

だから、アイツに言ってやった


†ごちそうさま!![おしあわせに]†






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