微睡みと平静の狭間
その日は、春先とはいえ、まだまだ底冷えする朝だった。
温もりを残すベッドを名残惜しくも思ったが、傍らで眠る少女を起こさないよう、静かに起き上がる。
「んっ…」
一瞬、起きたかと思ったが寝返りを打つだけで少女は未だ夢の中。
(―…おはよう、ユフィ)
心の中でそう呟いて、額に口付けると、ヴィンセントは寝室を後にした。
―WROエッジ支部
今、2人が滞在しているのは、各主要都市に設置されたWRO施設、その支部である。
先の大戦で功績を上げた彼らをWROは、否、リーブは放っておけなかった。
簡単な事後処理のために訪れたWRO本部。
沢山の隊員からの好奇の視線に、心底困った様子で、彼はこのエッジ支部を2人の滞在先にと使用を許可した。
なんでも隊員たちのごり押s―
…せめてものお礼の気持ち、らしい。
どうせどこかの宿を使うのならここの施設をと解放され、断る理由も見つからないまま今に至る
(宿代が浮いたとユフィは喜んだが)
簡易の家具が一式あるだけの小さな部屋。
ユフィには別の部屋が用意されていたが元々使うつもりがなかったのかあっさりとこの部屋で朝を迎えて今日で3日目になる。
否、この部屋のベッドがセミダブルだったことから、恐らくはリーブもそれを見越していたのだろう。そう考えると頭痛がした
(とにかく…朝食を)
まだ少女が起きて来るまでに時間がある。
取り立てて急ぐ必要はないが、
朝に弱いユフィのこと朝食が準備出来ていないとまた眠りについてしまうことは容易に想像できた。
ケトルを火にかける、
沸騰するまで暫しの時間ができた。
(…今日はティファの店に行きたいと言っていたな)
なんでもユフィの情報だと昨日はクラウドが休みを取ったらしい。
だから邪魔をしたくないと、WRO施設の利用を歓迎したのだと笑っていた。
もとより予定など有りはしない2人旅だ。1日程度、滞在時間が延びたところでなんら不都合はなかった。
(ユフィは…他人を気遣うことをあまり隠さなくなったな)
本来の優しさが表に出てきたからか、WRO隊員たちからも人気があったりする。
我らがリーダーよりも、WROトップよりも、高嶺の花よりも。…そして自分よりも。
ユフィは親しみやすい。
それ故に、心配も尽きない訳だが。
『素直になれよ、ユフィのことが"そういった意味"で心配なんだろ?』
とはリーダーの言葉だ。
あのクラウドがそう思っているならば、リーブやティファなどは尚更、私の心配の意味を(正しく)理解しているのだろう。
気付いていないのはユフィ本人だけだ。
無防備で無邪気。
そのくせ誰よりも行動力があるから始末に追えない。
気を抜くとすぐどこかに行く。
それでも『一緒に行く』と決めた仲間の所には帰ってくるのだと気付いたのはつい最近の事だ。
それでも私は―…
「おあよう、ヴィンセント」
その言葉と共にぽすんと音がして。背中から腕を回された。
「おはよう、ユフィ。よく眠れたか?」
「ん」
「そうか…ほら湯が沸いた。座れ」
普段の活発さも朝には弱いらしい。
大人しく席につくユフィを見てまるで小動物みたいだと、自然と笑みがこぼれた。
私にはブラックを。
ユフィにはミルク。
朝の日常と化した風景。
3年前はとても考えられなかった事だ。
ましてやパーティーの中で最年少の少女が自分の恋人など。
「今日は…ティファの…店に行きたい…」
「ああ…行こう」
「ヴィンセント…行きたい所…ある…?」
「いや…」
「そう…何かしたい事、あったら遠慮なく…言って…?」
その表情は反則だと思った。
朝独特の気だるい空気を纏い、とろけてしまいそうな笑顔を向けられて、危うく理性が飛びそうになる。
もちろん、ユフィにその自覚はない。
自覚がないからこそ、
本当に始末に負えない。
(…これは、久々に心臓に悪い)
ヴィンセントは深く溜め息をついた。
仲間がここに居れば。
ここが、
目的を持った旅の途中ならば。
まだ自分も
分別や矜持を以て対処できただろう。
しかし、悲しいかな
ここは旅の途中でもなければ、
仲間の目を気にする必要もない。
…何度、危うい衝動に駆られた事か。
(最近はここまで
意識することもなかったのに)
しかし、意識すると歯止めが利かなくなりそうでそんな自分に呆れて物も言えない。
そんな私をユフィは少し誤解したようだ。
「ヴィンセント…どうしたの?」
不思議そうに身を乗り出してこちらを覗き込んでくるユフィ。
ヴィンセントは何でもないと、簡潔に答えたが、ユフィは納得できなかったようだ。
何気なくその頬に手を伸ばすと、くすぐったそうにしながらも頬を擦り寄せてきた。
その、形の良い唇に視線が移る。
―…柔らかそうだな。
否、その柔らかさも温かさも自分はよく知っているのだけれど。
「…ユフィ」
「え?――…ぅ」
ユフィの答えを待つ間もなく口付けた。
想像通り…否、それ以上に柔らかい唇をゆっくりと味わう。
「―…んっ」
軽い音を立てて離れたヴィンセントに、
ようやく動き始めた思考に、ユフィはその頬を染めた。
「…目、覚めたか?」
「なっ、な―…///」
朝から何するんだよと、あたふたするユフィに意地の悪い笑みを返しながらヴィンセントはすまないと答えた。
(…この程度、か)
実際、あれが限界だった。
自制する限界があの程度とは―…自分がいかにユフィに溺れているのかがよく判る。
「う゛ー…、ヴィンセントぉっ」
考え事をしていたために反応が一拍、遅れた。致命的な、一瞬、を。
「…え?」
間の抜けた自分の声がする。
どこをどう解釈したのか、ユフィが顔を真っ赤にさせて…
(―…いま、)
――ちぅ。
再び、頬を掠めた感触に、
…ようやく思考が追いついた。
―…頬に口付けされた。
「…油断した」
「不意打ちされた身にもなっ…」
ユフィの言葉は最後まで続かなかった。
いきなり反転した世界に言葉を失うユフィに、ヴィンセントは先程よりも深い笑みを浮かべて覆い被さった。
―誰に?
…勿論、ユフィに。
「あ、あの―…ヴィンセント、さん?」
「せっかく、自制していたのに、な」
どうやらティファの店に出向くのは少し遅れるようだ。
‡狭間で揺れるのは理性かそれとも君か‡
『777hit』稟様に捧げます
ヴィンユフィならなんでもと、
有り難いお言葉に甘えました。
…いかがでしょうか?
ヴィンセントさんがヘタレ
もう仕方ないですよ、うん
だって相手はユフィだもの
777hitだからティファ店を
出したかったけどまた今度
え?ユフィさんですか?
美味しく頂かれちゃったんですよ、きっと
稟様に捧げます。
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