夕闇白夜



『受け取ってください』

闇はそう薄く笑い誘った



【夕闇白夜】




 彼は激怒した。
 否、そんな言葉も生ぬるい。

 言葉には決して形容できないだろう不快感が喉元までせり上がってくる。

 肉体的な気分不良ではない。実際の症状を伴わない幻の嘔吐感だ。


「いい表情になりましたね。
ヴィンセント・ヴァレンタイン」


 闇の言葉に彼は拳をギリギリと握り締めた。その手にあるのは僅かに原色を覗かせる1本の布だ。


 彼の握力によるものだろう。
それからポタポタと音を立てて雫が落ちる。そうして薄汚れたアスファルトを僅かに染め上げた――……血液の色彩に。


 その現実にヴィンセントは僅かに目を伏せた。長い睫毛が紅の瞳を覆い隠す。

1本の布――……。
それは本来、黄色をしていたはずだった。

 持ち主の少女が脳裏を過ぎる

 まるで襷(たすき)のように少女の胸元を装飾していた1本のベルト。

 ご丁寧に鮮血をたっぷりと含ませたそれを、闇は無造作に放り投げた。まるで少女の末路だ…と言うように。


 そんな彼の心境を受けたのか、
闇は朗々と言葉を並べた。


「彼女は兄さんのところに居ますよ。会いに行かれてはどうですか?」

 彼は無言で俯いたままだ。

 どうやらこの事実に打ちのめされているらしい。そんな彼に闇は僅かな優越感を持って口角を釣り上げた。

「もっとも今も生きている保障もありませんが。…しかし」

 その言葉に彼の肩がピクリと反応した。闇の笑みが深くなる。


 そして彼は続けた。
「彼女の悲鳴は可愛いらしいですね」と。



 次の瞬間、闇の背後に、それよりも昏く揺らめく夕闇が現れる。


 闇は笑いだしそうになる自分を抑えて振り返った。

(まるで禁句のようですね。)

しかも、
何の誰何もない発砲に彼の激情が表れている気がしてますます可笑しくなった。


 闇を周囲に展開し、防御する。


「神羅ビルのエントランスにいますよ」


 その言葉に彼の気配がはっきりと揺れて、今度こそネロは声を上げて笑った。


「兄さんと共にお待ちしてます」


まるで人間のような反応が、彼にはなにより可笑しかったのだ。



●○●●○●●○●●○●



 彼は待っていた。彼の足元にはひとりの少女が横たわっている。

何でもWROの諜報員らしい。
猫のようにすばしっこくて成る程、と彼は感心した。

 外にはこんな生き物もいるのかと。


 並みの兵士では手に負えないと判断したのは正しかった。


 戦闘にはどれだけ時間がかかったのか。DGソルジャー相手では決して味わえない
『時間』に、ヴァイスは高揚を覚えた。
…しかし、それも一瞬のこと。

 増える傷に比例して鈍さを増す身体。そうして倒れる頃にはヴァイスのその少女に対する認識は他のソルジャー達と同じものにまで劣化していた。

「ヴィンセント――……ごめん」

…その謝罪は何に対するものだったのか。


 だが誰に対しての言葉かは理解できた。

 血の闇を彩る男の名前だ。

 そういえば、と彼は思う。

 この娘の瞳は自分を見ても怯えを写さなかった。最初は無知からくるものだと思っていたが、剣を交わらせてもそんな意識は読み取れなかったように感じる。


この少女は諦めない。
この少女は怯えない。
だから揺れ動かない。


その瞳は光を留め続けている


それは外の住人がいう希望
そんな名前の幻に似ていた


「アイツがいる」 少女はそう言った。

「だから安心して預けられるんだ」…と。




「ヴィンセント・ヴァレンタインという男…それ程のものか?」

「あんたよりずっと強いよ」


 何撃目の鍔迫り合いだったか。この娘はそう言って微笑した。戦闘には不釣り合いな穏やかで、それでいて不敵な、奇妙な表情だった。


「もしアイツが負けんならそれはあんたの強さにじゃない」

「…ほう?」

「それはアイツの弱さの所為だ」


『アイツは優しいからさ』と。その瞳があまりに必死だったからだろうか。

 その声だけは押し殺したように低いものだったからだろうか。


 彼の久しく感じることのなかった加虐心が刺激された。


 そしてこれまで自分がいかに『箱庭』で膿んでいたのかをまざまざと自覚しさせられてしまった。


(これでは、満たせない。)



 勝負がついたのは次の瞬間だった。




「これは駄目だ…ネロ」

 そう言って、娘の装飾品を放り投げたのはほんの少し前のことだったが……。


「これは駄目だ…ネロ」

 彼は再び呟いた。今度はあの時のように反応を返した弟は居ない。


 誰も聞く者が居ないエントランスで、帝王はひとり冷笑を浮かべた。


「これでは駄目だ。つまらん」


弟はそれでこちらの趣旨は理解した。
『あの男』を呼びましょうと。

しかし、果たして理由は理解したか。
そこまで考えて、帝王は頭を振った。


「遅かったな。
ヴィンセント・ヴァレンタイン」


神羅ビル、エントランスホール。
崩れ落ちたかつての栄華の象徴。

 そこへ差し込んできた夕日よりも鋭い紅の眼光に、ヴァイスは全てを自分の奥底だけに沈ませることを決めた。


「はじめまして、歓迎しよう」

「ユフィを迎えに来た」


そう言う男の声は硬かった。

ヴァイスは笑って娘の身体を無造作に掴むと彼に向けて放り投げた。

その様は偶然ながら、ネロが装飾品を突きつけた動作と酷似していた。

浅いながらも呼吸を認めて、ヴィンセントは少女の生存に僅かに安堵の息を吐いた。しかしその身体は血に濡れ、肌は病的に白い。一拍遅れて、…ざあ、とすぐ耳元で音がした。そんな気がした。

その音に、彼は無意識に唇を噛み締めた。臓腑に冷水を注ぎ込まれたように、腹の底から冷えきり、硬化する。

どれほど厳しい戦闘だったのだろう。


身体中の血が逆流したような感覚だった。…自分が隊員達と過ごしていた時、ユフィは1人で戦っていたのかと思うと、ヴィンセントは激情で我を忘れそうになる。

一体自分は何をしていたのかと。
自分は一体何を盲目的に信じてたのかと


そんな彼には無頓着に、
ヴァイスは口を開いた。

「お前に見せてやろう」

「お前にくれてやろう」

その言葉は誰に向けたものだったのか。

「だからお前も見せてくれないか」


その 絶望に 歪む顔 を、


一時毎に鋭さを増す男に彼は薄く笑った。

「純白は、決して光ではない」

「光は屈折し、乱れ、透過する」


…俺の手によって。


「闇はただ傍らにあり」

「その本質は不変――……光もまた然り」

「それではつまらない」



「…何が言いたい?」

男から殺気が膨れ上がり、
ヴァイスはまた、笑った。

「屈折させてみよう」

「…?」

「お前の首をこの娘に与えたら、
どう折れるかな」

「……っ」


そうだ。きっと歪むだろう。

その瞳が絶望に染まる瞬間、ようやくこの加虐心は満たされる。そんな予感がした。


「それまでこの娘との勝負は保留だ」

「ユフィは…」

「お前もそう感じることはないか?」


ヴィンセントの言葉を遮り
ヴァイスは続けた。


「戦闘…闘争…殺戮。それらの中で生物は輝き、充足感を得ることができると」

「…勝手なことを」

 ヴィンセントは言葉短く吐き捨てた。向こうの言葉はそのままで、こちらの言葉はどこか屈折し、本人に到達する前に地に落ちる。それを証明するかのように帝王の独白は続いた。


「勝者は敗者の全てを自由にできる。そこにはただ無上の喜びがある」


ヴィンセントはもう無言だった。

ヴァイスは彼らに向かって踏み出した。


「敗者の最も大切なものを奪う喜び、そこに生命を賭けることでようやく存在は重さを持つ…そう、思わないか?」

「狂人の戯言だな」


 『箱庭』の闘争では、既にこの生きている充足感は得られない。それをはっきりと自覚してしまった。


 自分はこの男を許さない。大義名分などは二の次だと、激情ははっきりとそれを自覚していた。


「…そうかな?」


ヴァイスは首を傾げ、
ヴィンセントは銃を構え直す。



だから求めた。
そうヴァイスは考えている。

だからこその侵略。
だからこその殺戮。

だからこその『敵』

ヴィンセント・ヴァレンタイン。

そういう名前の夕闇。




だから肯定する。
そうヴィンセントは認識した。

全ては相手の特殊性に言えること
それは相手にとっても同じ事だと


しかし許せないことがある。

純白の帝王ヴァイス。

この地を統べる白夜。




「存在」が「理由」を得る時間はすぐそこ


†…時間は止まらない。†





らい様へ

相互記念として捧げます。この度の相互、本当にありがとうございます!!

『白黒』か『ヴィンセント』
とのリクエストでしたが、謎です。
どこが白黒?ヴィンセント?

前回はギャグでパラレルでしたので本編で!!とトライしましたが敢えなく撃沈。orz

もしもーし兄さん、宝条さんは?しかもネロどこ行った?…そしてユフィ、ごめん。



質問・加筆修正・レイアウト何でもOKです自由にしたって下さいまし!!

らい様への愛だけは詰まってます!!
今後ともよろしくお願い致します!






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