泡沫の平穏



朝、目が覚めると猫になっていた。

……これも私の罪なのか。


【泡沫の平穏】


何故こうなったのか、考えてみるが一向に理解できない。いや、理解したくない。
頭のどこかでそう、警鐘が鳴る。

「確か…夢を見た気がする」

そうひとり…否、一匹で呟くが漏れ出てきたのは「にー」と、頭を抱え込んでしまいたくなるような、情けないネコの鳴き声だ。

良く研かれた窓に写るのは黒い毛並みの猫。これが、今の自分か…。情けない。

認めたくないが認めるしかない。
そうヴィンセントは腹を括った。
何故なら時計は午前6時50分。

待ち合わせの時間まで
あと10分と迫っていたからだ。


「(…行くか)」


身軽にベッドから飛び降りて、
手応えの軽さに驚いた。

どうやら猫の身体は
随分と便利に出来ているらしい。


関心しながらヴィンセントは
開いていた窓から外へ飛び出した。


朝の風を切りながらの猫の行進。

慣れない視線ながらも塀や壁を乗り越え、『一直線に』歩を進めた。


そうして彼は…猫は考える。

(…そう、夢を見た)


どこかの理科室で猫になる夢だ。
薬を飲んで黒猫に変身する。

そんな自分には好きな人がいて、
その人に抱きかかえられる。

…ギュッと。


その感触だけやけにリアルで、夢の筈なのにまだ暖かささえ残っている気がする。
どうにも落ち着かない。


(…どんな女子だったのか)

思い出そうとするが霞みがかかったかのようにその女子の姿が思い出せない。

女子だけでない。
周りにも複数いた筈だが、どれもこれも曖昧だ。…やはり夢、ということだろう。

どんな夢物語だっただろうか。

やはり
覚えているのは漠然とした感情だけだ。


いやな事があった。

逃げようとして、上手く丸め込まれた。けれど結果的に…少し、嬉しかったような気がする。何故かは覚えていないが。

猫に変身した。

実験は嫌だったが
抱きしめられて、嬉しかった。
そこはよく覚えている。我ながら現金だ


そうして始まった追いかけっこ。

白い影と黒い闇がいたような気がする。
何故か自分はキレていたようだ。


「(あとは?ふむ…よく覚えていないな)」

そう呟いた時、視界が開けた。道路の端に目をやる。見えた人影、民家の壁にもたれかかった待ち合わせの相手。


「(ユフィ…)」


彼女は盛んに携帯のディスプレイを確認している。メールをするでもなく…どうやら時計を見ているようだった。

「(さて、どうするか)」

そう、猫の姿では
大学は愚か、彼女と話すことも出来ない。

しかし、体育祭も過ぎた秋の早朝は冷えるのだ。そんな中、彼女を1人で『来ない』ヴィンセントを待たせる訳にはいかなかった。見て見ぬフリも出来そうにない。

途方に暮れて塀の上に座り込む。一体どれだけの間、そうしていただろうか。


…1分…2分…


気のせいか、先程からユフィがじっとこちらを見ているような気がする。

「(見て…否、気のせいか?)」

思わず身体を固くする私に彼女は笑った。やはりこちらを見ていたようだ。

「お前…どうしたの?」

普段より幾分か柔らかい声。

とろりと耳に心地良い。そう思っていると目の前に白い指が伸ばされた。


「寒くて降りれないの?」

…おいで?




逡巡したのは一瞬だった。




夢よりもずっと確かな感覚。
ふっと甘い髪の香りがした。

その香りに動揺して身じろぎすると、それを警戒と取ったのかユフィはしゃがんで膝に私を置いてくれた。

「お前の瞳もあのひとと同じ赤色なんだ〜」


赤色の瞳の『あのひと』

自分の話題に心臓が跳ねた。

…聞いてはいけない。

理性が警鐘を鳴らすが、
好奇心がそれを押し流す。

「待ち合わせ…る、
約束なんてないんだけどなぁ」

逃げない私をどう思ったのかそっとその背中を撫でて、ユフィは苦笑した。

「いつも7時頃、会ってたからかな…」

一緒に学校に行ってたんだよ?

「(その通りだ)」


肯定して頷く。勝手に私が
『待ち合わせ』していた朝の習慣。

私が少し遅れた場合では彼女が
『待っていた』こともある。

そこに彼女との約束はない。

そんな約束などなくても、彼女とは会えそうな気がしていたのも事実だ。

「きっと先に行っちゃったんだ」

「一緒に行くの嫌になったのかも」

ユフィが
ふっと表情を陰らせたのを見て私は思う。


(…今度きちんと約束しよう)


そう考えていた私に更にユフィは続けた。

「やっぱりそうだね〜、思えばあたしがいっつも喋ってるだけだし」

(……む)

「騒がしいのが嫌いって言ってたし」

(確かに…嫌いなんだが)

「円舞の友達、
やっとできたと思ったんだけどな」

(…悲しげにため息を吐かないでくれ)

「昔FCに酷い目に遭わされて女の子、嫌いらしいし、関わりたくないって」

(なっ…!?)

「…で。確か初恋の人がお父さんの恋人さんで今も好きなんだっけ……んー?」

(…は?な、なんで知ってるんだっ!!?)


思わずそう叫ぶがユフィは一向に構わない。可愛く首を傾げる姿は大層目の保養(それこそ視界いっぱいに)なのだが言われた内容が内容だ。

ユフィには言った事ない筈だ。
彼女の話は愚か、私がFCを毛嫌いしているなんてことは…

…しかも酷い誤解付きで。


「あれ?お姉さんだっけ…
あとでアーヴァインにメールしとこ」


(アーヴァイン……許さん)


もし人間に戻ったら真っ先に闇討ちしよう。カオスインパクトでもかましてやろう。セフィロスあたりからメテオの制裁が来るかも知れんが知ったことか。

それよりいつの間に仲良くなったのか。私だってまだ携帯番号は愚かメールアドレスさえ知らないぞ。

微妙にズレた思考を叱咤方向転換。

それにさっきの内容もそうだ。けたたましく笑う女子や互いに牽制し合うようなFCの者達と違ってユフィの話は聞くだけでとても楽しいと思う。現に私の密かな楽しみでもあるし勉強にもなっている。

第一、私のルクレツィアに対する感情は恋愛感情というよりも彼女の不憫な状況による庇護欲と言えばおこがましいがとにかく親父に気がある様子だしお互いに仲良くできるなら仲良くしてほしいそんな協力者的なまるで弟のような感情なんだが見方を変えると初恋の人になるのか?いやそれはまずいと思うまずいまずすぎるそんなごかいをよりによってかのじょにされるなんてつらくないか?だいいちわたしがすきなのは──……好き?彼女が?



そこで
ようやく感情に思考が追いついたのか。

たっぷり数秒間は硬直して

ヴィンセントは
羞恥から全身の毛を逆立たせた。



「(っ…!!)」

「あっ…!!」

ユフィの驚いた声も反射的に伸ばされた白い指も振り払ってヴィンセントは猫は走り出した。もうアーヴァインも闇討ちもカオスもメテオもどうでもよかった。




   泡沫の平穏

             ありえない
       真夏に雪が降るくらいに
       自分が信じられなかった



(でも猫になる程には驚けなかったなんて)



エメラルド様へ
相互記念にどうぞ

こんな世界観で密かに
お互い繋がっていたら素敵だなぁと妄想

猫のハナシが素敵過ぎまする。

これからもよろしくお願いいたします


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