NPC暴走 行動5
気が付いた時には、そこは先程まで居た海岸ではなく、何処かの民家の部屋だった。スカルラットはその場にぺたんと座り込むと、ついさっき目の前で起きた光景を思い出す。倒されるシュトルツと、自分を逃がしたアーロン。そして……――不気味に笑う影。
何もできなかった。自分はまだ弱いのだと、ゲームと解っていながら悔しい思いが募る。グッと唇を噛み締め、再び立ち上がる。今自分にできる事を、やらねば。決意に身体を震わせながら、まずは此処が何処なのかを確認するべく、部屋の中を見渡す。箱や棚が数えきれないほど並んでおり、その中には普段よく使うアイテムや、まだ見た事の無い品物が。まるで貯蔵庫のようだな、と思った所で、此処はアーロンの自宅ではないかと推測する。彼は商人だ。それならば、自宅を商品の保管に使っていてもおかしくは無い。
となると、此処は…始まりの都《アトランティス》の一角と言う事になる。
「アトランティスなら…誰か知ってる人が居るかも」
そう呟き、ギルド専用の掲示板を開く。新しい書き込みが一件。
XXXX:海賊モンク
現在アトランティスに同行者といるのですが、同行者宛にこのイベントの原因がアトランティスにあるかもしれないとのメッセージが届きました。
あまり信用しにくいのが共通の見解なのですが、合っていた場合を考えしばらく私はアトランティスを調べます。
現在アトランティスにいる方は余裕があったら各自で調べてくれると嬉しいです。
「これ…シェルルゥさんかな…」
そう言って思い出すのは、優しげなモンクの女性。幸いにもアトランティスに居るらしい。ならば、せめて海岸の情報だけでも伝えられないだろうか。そう考えたスカルラットは急いで掲示板に海岸で得た情報を書き込み、ウインドウを閉じてアーロンの家を飛び出た。
天が味方してくれているのか、襲ってくるNPCの数が比較的少ない。それどころか、道端で倒れているNPCの姿がちらほらと見える。きっと誰かが気絶させたのだろうと特に気にも留めず、アトランティス内を走り回る。そうしていると、武器屋の前に三人の人影が見えた。ローブを纏った女性と、鹿の被り物をしている人と、見知った灰色の短い髪の女性。やっと会えた。
「シェルルゥさん!!」
「っえ?」
驚いたように此方を向くシェルルゥの前で足を止め、乱れた呼吸を整える。おろおろとしているシェルルゥに落ち着くように言っているのだろうか、彼女の隣に居る鹿頭の人物が身振り手振りで訴えてる。スカルラットは顔を上げ、またぺこりと下げた。
「っごめんなさい!急に…でも、どうしても助けて欲しくって!!」
「あっ、もしかして海岸で何かあったの…?」
「っ…はい、実は…」
苦々しい表情をしてから、スカルラットは海岸で起こった事を事細かに伝えた。影のようなものが居た事、その影に同行していたシュトルツがPKされた事、同じく同行していたアーロンが、自分を逃がす為にあの場に残った事。
「…それで、気が付いたらアトランティスに飛ばされてて…恐らく、あの『影』が今回の騒動と何か関係があるんじゃないかと思って…」
スカルラットがそう言った途端、ピコンッとメッセージの着信音が鳴る。「ちょっとすいません」とスカルラットが確認すると、差出人はシュトルツだった。もう一時間経ったのか、と思うと同時に安心する。安否と現在地の確認の内容を確認し、スカルラットはすぐさま返事を返す為にメッセージを打ち出した。
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・円卓の掲示板に『海岸の影』についての情報を書き込みました。
・シェルルゥさん、シェルルーテさん、harumiさんに『海岸の影』についての情報をお伝えしました。
・シュトルツさんへ以下のメッセージを返信しました。
「ぼくは大丈夫。
現在はアトランティスの武器屋の前に居ます。
もしもアーロンさんと合流できたらまた連絡するね」