それは追う旅だった


「ふわぁ‥‥」

大きな大きな欠伸だ。
今朝は快晴の空である。
なんだか清々しいなと、眠気が残る中、リオは微笑した。
彼女には何もかもが目新しく、何もかもが純粋に映る。

「シュイアさん、おはようございます」

少し大きな木に寄りかかって寝ている青年、シュイアにリオは挨拶をした。

「‥‥あぁ。もう朝か」

シュイアは少しぼうっとして、眩しそうに空を見上げる。

「私、食糧を拾い集めて来ますね。朝は魔物達の活動時間ではありませんし」

リオはにっこりと笑いながら言い、

「ああ、頼む‥‥」

と、シュイアは寝起きのせいか、小さく掠れた声で言った。


◆◆◆◆◆

リオは鼻唄を歌いながら森の中で食糧を探し集めていた。
だが、すぐに鼻唄は止まる。

「そういえば」

リオは森を見回し、

「この森‥‥なんて名前なんだろう。あとでシュイアさんに聞いてみよう!」

リオは一人、嬉しそうに言った。


「シュイア?」
「ーー!?」

ーードシャッ‥‥と。
どこからか声が聞こえ、リオは驚いてとっさに尻餅をついてしまう。

「いっ、いたた‥‥」

ゆっくりと立ち上がり、不思議そうに辺りを見回してみた。
だが、誰もいない。

「え?今、シュイアさんの名前を呼んだのは?」

小さく呟く。
すると、ガサガサと背後から葉の揺れる音がして、リオはビクッと肩を揺らした。

(ま‥‥まさか魔物!?昨日と同じパターンだ!でっ、でも、魔物は夕方から夜の間しか活動しないって聞いたし‥‥でっ‥‥でも‥‥)

リオはパニック状態になる。これはもう、振り返るしか‥‥

「なあ」
「ひっーー!!!?」

再び誰かの声がして、リオは全身を大きく揺らした。

(‥‥ままままま‥‥魔物!?って、声?)

リオはようやく冷静さを取り戻す。

「おい、聞いてるか?」

冷静に聞くと、男の声だ。
先程、シュイアの名を呼んだ声と同じ?

ーーばっ‥‥と、リオは勢いよく振り返った。

「‥‥あ。に、人間だ‥‥」

リオはだらだらと流れていた汗が、一気に冷ややかなものになるのを感じる。

「はぁ?」

当然、男は『何を言っているんだ』と言うような顔をリオに向けた。

背の高い男は、真っ黒な足元まで届く長いコートを着ていて、まぶしいまぶしい、自分と同じ金色の髪をしている。
横だけ微妙に髪が長く、空より少しだけ濃い青い瞳。

その姿になぜか、リオは思う。
この人はどこかシュイアに似ている、と。

歳は恐らく、シュイアと同じくらいだからだろうか?

「あ‥‥わっ、わっ‥‥ごっ‥‥」

リオは『ごめんなさい。魔物かと思いました』と、謝ろうとしたが、うまく言葉にならない。

リオはシュイア以外の人間とまともに話したことがなかった。

「なんだ?」

青年は訝しげにリオを見て、

「口が聞けないのか、お前」

などと言ってきて。

「あ‥‥ごっ、ごめ‥‥なさい‥‥魔物‥‥かと‥‥思っ‥‥」

リオは半泣き状態ーーいや、泣く寸前だった。
必死に泣くのを堪えている状態である。

青年は「なんで泣きそうなんだ」と、ぶっきらぼうに聞いてきた。

「ううっ‥‥。あっ」

そこで、リオは思い出す。
先程、シュイアの名を呼んだのは彼なのだろうか、と。

「あっ、あの!シュイアさんの‥‥知り合い‥‥なんですか?」

リオは言葉を詰まらせながら聞く。
青年はしばらく沈黙し、リオのエメラルド色の瞳をじっと見ていた。
それから静かに目を伏せ、

「シュイア?誰だよそれ」
「あ、ごっ、ごめんなさい」

リオはまた謝る。

(そっ、空耳だったのかな)

と、少し反省した。

「なんなんだお前は。道を聞こうと思ったが‥‥役に立たなさそうだな」

青年は呆れながら、嫌味っぽく言ってくる。
リオは泣くのを我慢して、唇をぎゅっと噛み締めた。

「はぁ‥‥」

青年は溜め息を吐き、

「まあいいか。‥‥おい。ーーおいって言ってるだろ、小僧」

リオが無反応なので、青年は少し怒ったように言って、

「えっ?私ですか?」
「お前以外にどこに小僧がいる」

青年はまた呆れるように言って、

(こ、こぞう?小僧って‥‥男の子に使う言葉じゃ‥‥?)

リオはおろおろと視線をちらつかせた。

「食糧探してんだろ?」

青年はリオが手に持っていた木の実を見て言い、

「はっ、はい‥‥」

と、リオは頷く。

「そっちの‥‥右手に持ってるヤツは魔物が好む木の実だ。あまり食わない方がいいぞ、体には良くないかもな。もう一種類の方は大丈夫だ。人間が食ってもなんの害もない」

青年はリオにそう教えてやった。

「えっ!?そうなんですか?よっ、良かった、昨日はこの木の実拾ってなくて‥‥えっと、物知りですね!」

リオは驚きつつも嬉しそうに青年に笑顔を向けたが、

「常識だ。お前が無知なんだよ」

そう言われ、リオは肩を落とす。

「さて、こんなとこで時間を潰してる場合じゃなかった。じゃあな小僧。その木の実、早く捨てちまえよ。昼間だからと油断して、魔物に追っかけられても知らないぞ」

青年はそう言いながら、森の中を進んで行った。

「‥‥はぁ‥‥び、びっくりしたぁ!!なっ、なんだったんだろ、あの人」

リオはしばらくの間、一人その場に立ち尽くす。
他者を知らないリオは、シュイア以外の人はあんなにも口が悪いのだろうかと思う。


◆◆◆◆◆

「シュイアさん、遅くなりました!」

リオは先程の青年に言われた、食べられる木の実だけを抱えてきた。

「ああ。遅かったな」

さすがにもうシュイアは起きているようで、こんな明朝から剣の素振りをしている。

「は‥‥はい。ちょっと、旅人さんに出会って‥‥」

リオはぶっきらぼうな男を思い出し、苦笑いした。


◆◆◆◆◆

ーー少し時間が経ち、二人が食事を終えた後、

「そういえば、先程言っていた旅人とは?」

シュイアが不意にそう尋ねてきて、

「‥‥えぇっと」

リオはあまり思い出したくないような顔をするので、

「何かされたのか?」

なんて、シュイアが真剣な顔で聞いてきた為、リオは慌てて首を横に振り、

「い、いえ!ちょっと道を尋ねてきたようなのですが、私には分からなかったので特に何も‥‥あっ、でも、食べられる木の実と食べられない木の実を教えてくれました」

リオは「あはは‥‥」と、苦笑いしながら言った。

「そうか」

シュイアはため息を吐き、

「お前は人との関わりを持たないからな。一人にするのは、やはり心配だな」

なんて、まるで過保護のように言ってくる。

「できるなら‥‥カシルにも会わせたくないものだ」

なんて言って。

理由は知らないが、シュイアは『カシル』という人を捜して旅をしている。

リオがシュイアの旅に同行して六年余り。
まだ一度も『カシル』を見つけてはいない。


「リオ、今日から王国方面に向かおうと思う」

急に、シュイアがそう切り出した。

「王‥‥国、ですか?」

リオは首を傾げる。

「ああ。お前は初めて行く場所だろう」
「王国‥‥」
「さあ、準備をして行くとするか」

シュイアは荷物をまとめ出した。

「あっ、シュイアさん!」
「なんだ?」

いきなりリオが大きな声で呼んできたので、シュイアは荷物を整理する手を止める。

「この場所‥‥この森には名前はありますか?」

そう、リオはシュイアに楽しそうに聞いて、

「またそれか。ああ、ちゃんとある」

その口振りからして、リオはシュイアに場所の名前を何度か聞いているのだろう。

「この森の名は‥‥そうだな。お前に似ているかもな」

シュイアがそう言うので、リオは不思議そうに首を傾げた。
リオはこの森の名前を聞き、

「なるほど」

と、小さく微笑む。

「お前は本当に、何にでも興味を持つんだな」

肩を竦めながらシュイアに言われ、

「はい。なぜかは分かりませんが‥‥記憶がないせいでしょうね」

リオはそう笑った。

ーー記憶がない。
リオの記憶は六年前から始まる。
それ以前の記憶は何もなかった。

いわゆる『記憶喪失』と言うものであろう。

シュイアは『カシル』を追う。
リオは『記憶』追う。

そんな、二人の旅路だ。


『この森の名は、さ迷いの森だ』

ーーと。

現に、リオは今、さ迷っている。

宛てもなく、何もなく、無知なのだから。


始まりはいつだったのだろう。
六年前なのだろうか?
シュイアとリオが出会ったあの日が、全ての、これからの、始まりなのであろうか?


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