序章


「このくらいでいいかな」

とある森の中、一人の少女が薪を拾い集めていた。
空はもう、美しい赤に染まっている。

こう言ってはなんだが、血の色に似ているなと、少女は少しだけこの空を不気味に感じた。

「場所は‥‥ここっ!」

そう言うと、ガランッーーと、数本の薪を地面に投げる。

「今夜はここで夜営かー」

ぽつりと呟き、ポケットからマッチを取り出した。

ーーぼっ‥‥と、さっき地面に落とした薪に、慣れた手付きで火をつける。

「うーん‥‥火の勢いが悪いや。寒いけど‥‥ここでシュイアさんの帰りを待とう」

そう言って、少女は夕空を見上げた。

ーー少女の歳は十ぐらいであろうか。
赤と茶色の上着を纏い、少し少女にはぶかぶかであろう青のズボンをはいている。

到底『女の子』とは言えない服装で、少女自身もまた、少年のような風貌をしていた。

だが、肩まで伸びた金色の髪と、エメラルド色の瞳が夕日に映え、とても印象的である。

「日が暮れていくなぁ」

少女はその場に座り、ふわぁ‥‥と、一つ欠伸をした。

ーーガサガサ‥‥と、ふいに後ろから葉の揺れる音が聞こえ、

「あっ、シュイアさん?」

少女は笑顔で振り返ったーーが、

「!!」

その顔からは一気に笑顔が消え、代わりになんとも言えない驚愕に満ちた顔を何者かに向けていた。

「まっ‥‥まも‥‥!!」

少女は目の前の存在を凝視する。それは、狼のようにも見える。
だが、その背からはどす黒い羽が生え、身体の色は全身紫と言う異質で気持ちの悪いものであった。

「まも‥‥のだ!!」

少女はやっと大きな声を出して叫ぶ。
そう。魔物が目の前に現れたのだ。

当然、少女は身を守る武具など何も身に付けてはいなかったし、戦えるはずもない。

魔物は口の先端から長く鋭い牙を剥き出しにし、軽く助走をかけようとしている。

(にっ‥‥逃げなきゃ!)

少女はとっさにそれだけを頭に浮かべた。
身を翻し、魔物のいる方向とは逆の方向に向かって走り出す。

「はっ‥‥はぁ!」

一瞬後ろを振り返ると、

「ーーっ!」

少女の顔はますます驚愕に満ち溢れた。
もう追い付かれるーーそんな距離である。
魔物は軽々と少女を追い掛け、そしてスピードを上げ‥‥一気に飛びかかってきた。

「うぁあああぁ!!!」

少女は頭を抱え、恐怖のあまり、その場にしゃがみ込んでしまう。

「ギシャアアァアア!!」

獲物に飛びかかる魔物の声が森中に響き渡った。


ーーザシュ‥‥!!

しかし、聞こえた音は肉を引きちぎるような音ではなく、それはまるで風の音。
しかし、自分は魔物に食われてしまったのであろうか?

ーー静寂だけが響き渡る。

(‥‥あれ?私‥‥)

少女は不思議に思った。
自分は、無傷なのだ。
飛びかかってきたはずの魔物は?
先程の音は?
そう思いながら恐る恐る前を見てみると、先程の魔物が地面に横たわっているではないか。

腹部辺りに、剣で斬られたのであろう一線の傷口が見える。
そこからは、魔物特有の少し緑色がかった赤い血が流れ出ていた。

その光景に少女は唖然としたが、目の前に立つ人物に目を向ける。
一人の青年の姿だ。

短く伸びた黒髪。
頑丈そうな黒い鎧を身に纏い、右手に魔物の血がベッタリとこびりついた長剣を持っていた。
青年はは少し冷たく、キリッとした茶の瞳で少女を見下ろし、

「無事だな、リオ」

素っ気ないが、少し優しさが含まれた声だ。

「しゅ‥‥シュイアさんーー!!」

リオと呼ばれた少女は急いで立ち上がり、服についた汚れを払いながら彼の名を呼んだ。

「シュイアさんが戻ってこなかったら‥‥私は今頃死んでました!やっぱりシュイアさんは凄いです!ありがとうございます、シュイアさん!」

リオは感謝の言葉を次々と述べ、青年に深く頭を下げる。

「いや‥‥すまないな、いつもこんな所に一人残してしまって」

次に、シュイアと呼ばれる青年が謝った。
顔は無表情に近いが、言葉からは申し訳なさそうな気持ちが伝わってくる。

「そんな‥‥。あっ‥‥シュイアさん、カシルさんは見つかりましたか?」

リオは慌てて話題を変えた。

「いや。ここにも居なかった。まあ、そんなに簡単には見つからないさ」

シュイアは首を横に振りながら言い、小さく息を吐く。

「そうですか‥‥残念ですね‥‥」
「気配は‥‥」

リオの残念そうな声を聞きあげた後、シュイアは独り言のように呟いた。

「え?」

聞こえなかったのであろう、リオは聞き返す。

「いや、なんでもない。さぁ、もう暗い。早く飯を食べて休むとしよう」

いつの間にか夕日はすっかりと落ち、空は深く暗い青へと静まり返っていた。

青年の言葉に少女は素直に頷き、この森で集めた木の実などの食糧を袋から取り出す。

その様子を、青年は少しだけ、どこか懐かしそうに、寂しそうに見ていた。

「気配は‥‥感じたのだがな」

シュイアは一人それだけ呟くと、静かに夜空を見上げる。


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