十二年と八年前から


「本当に‥‥リオ、なの?」

目の前に立つ人は、再びそう聞いてきた。
クリュミケールは唇を震わせる。声が、出ない。代わりに、首を縦に何度も振る。

「さっきの十字架を見たわ。あれは、私のお墓、なのよね?そう‥‥私は、死んだはず‥‥崩れる遺跡の中、激流に‥‥」

その人は赤い目でクリュミケールを見つめ、

「でも、リオ‥‥死の山の時も驚いたけど、また‥‥随分、雰囲気‥‥変わったのね」

そう言いながら、両頬に触れてきた。
その人の、少女の目からボロボロと雫が溢れだし、美しい赤い色をした瞳が潤む。
クリュミケールはやっとの思いでその少女を抱き締めた。

「ずっと、後悔していた‥‥どうしてオレは、あの頃のオレは、君の想いを祝福してやれなかったんだろうって‥‥君のカシルへの想いを祝福してさえいれば、もっと違う道があったんじゃないかって。今なら、祝福できるのに‥‥あの頃のオレは、本当に無知で、子供で‥‥馬鹿だった‥‥何よりも大切な君を、オレは守れなかった‥‥傷付けてしまったんだ」

クリュミケールの後悔の言葉に、「バカね」と少女は笑い、

「後悔しないでって言ったのに‥‥忘れたの?リオったら‥‥私なんかよりもっと大切なものがあるでしょうに‥‥どうして、あなたの心の中には、まだ私がいるのよ‥‥」

少女の言葉に、

『身勝手だけど‥‥私は、後悔しないわ‥‥この結末を。あなたに、会えた‥‥カシル様を、好きになれた‥‥それだけで、いい。それでいいの
だから、あなたも‥‥後悔しないで』

遠き日に送られた言葉を思い出す。それに、『後悔しない』と言葉を返したのだ。だけど‥‥

「‥‥忘れ‥‥い‥‥忘れるはずっ‥‥わたし‥私は‥‥でもっ‥‥!やっぱり、後悔っ‥‥した‥‥君が私を生かしてくれたのに‥‥そんな君を‥‥」

何年振りだろうか。
そう、八年振りだ。
あの日、彼女を失ってから、二度と流さないと誓ったもの。
そんな彼女が今、ここにいる。

誓ったものが今、自分の目から次から次へと溢れ出てくるではないか‥‥
後悔ばかりが、溢れてくるではないか。

悲しいことがたくさんあった。
嬉しいことも。

クリュミケールは力強く少女を抱き締めた。もう二度と離さないと誓うように。


「信じ‥‥られない」

フィレアが驚くように言い、

「だっ、誰なの?」

アドルが聞けば、

「‥‥レイラ・フォード。かつてのフォード国の、王女だ」

それにカシルが答えた。

「えっ!?死んだはずじゃ‥‥?」

カルトルートが首を傾げれば、

「主とレイラ王女が激流に飲み込まれた時、レイラ王女の肉体を見つけたのだ」

不死鳥が口を開き、

「その時に‥‥魂を回収していた。我は死者を蘇らせることができる。死の間際、ロナスによって王女には悪魔の術がかけられていた。悪魔の術のかかった者を生かすことは、神の力であろうとも無理なのだ。しかし、人のまま、人間ではなくなるという代償を消した為‥‥レイラ王女は死後、人としての魂となった。だが‥‥この力は間違いだと、我は封印してきたのだ‥‥死者を、生き返らすのは、もうたくさんだった。だが、これで最後ならば‥‥我は主に、何かを返したかったのだ‥‥こんな、愚かな行為だとしても」

その言葉に、クリュミケールは涙を拭い、不死鳥を見つめる。
彼はきっと、シェイアードのことを今も自分のせいだと感じているのであろう。

「不死鳥‥‥そんな‥‥オレこそ‥‥不死鳥はこの力を忌み嫌い、使わないようにしてきたのに‥‥そんな‥‥それに、ずっと、レイラの魂を、守ってくれていたなんて‥‥オレ、なんて言ったらいいのか‥‥」

再び、クリュミケールは少女を‥‥レイラを見つめる。しかし、何を口にしたらいいのかわからない。
『ごめんなさい』と、謝罪の言葉と、信じられない嬉しさばかりが埋め尽くしてくる‥‥
あの時に喪った少女が、ここにいるのだ。

だが、違う。今は、自分の嬉しさに浸っている場合ではない。

ーーシェイアード、サジャエル、シャネラ女王、アイム、ニキータ村の人々‥‥
ーーいなくなった多くの人達を想い、今ここにいる人達を想い‥‥そして、ハトネの魂を想い‥‥

「‥‥!」

大きな地震が起きた。

「塔の頂上なんて、危険だわ‥‥!転移魔術でここを脱出しないと‥‥」

イラホーが言い、

「リオラを‥‥」

シュイアは水晶の中で眠るリオラを見る。

「けどよ、こっから逃げたってよ、なんとかして世界の崩壊を止めることは出来ねえのか!?ハトネの魂が喰われて世界が救われちまうのか‥‥!?」

キャンドルが焦るように言い、

「とにかく考えるのは後にして!私が全員、外に連れ出すわ!」

イラホーに促され、

「り、リオ‥‥なんなの?」

不安げにレイラが聞いてきて、

「‥‥大丈夫だよ、レイラ。今度は必ず守るから。だから、君も早く行くんだ」

クリュミケールは彼女にそう言った。

「‥‥お前はどうする気だ」

すると、カシルは動こうとしないクリュミケールに聞いてきて、

「あっ‥‥カシル様‥‥」

レイラは想い人の姿を見て目を大きく開ける。

「‥‥オレは‥‥リオラとここに残ってなんとかしてみる」

クリュミケールがそう言うので、

「なんとかって‥‥力の使い方がわかったの!?」

カルトルートに聞かれ、

「いや‥‥でも、リオラを叩き起こしてみるよ。彼女が力の使い方を知ってるらしいし」
「そんな!?根拠がないよそんなの!起きてくれるかわからないし!」

アドルが言い、

「そうよ!それで、こんな危険な場所に残ってあなたに何かあったらどうするのよ!」

フィレアも声を上げる。

「どのみち、どこにいても危険なはずだ。女神【見届ける者】は、世界を壊すも創るも出来るんだろ?」

クリュミケールがイラホーに聞くと、

「実際はわからないけれど、サジャエルがそう言っていたのだから‥‥確かだと思うわ」
「なっ、なんなの‥‥?女神って、何でリオがそんな役目をするの?どうして?世界はどうなってるの‥‥?」

今さっき生き返ったばかりのレイラには、何もかも意味がわからない。
クリュミケールはそんな彼女に微笑み、彼女の手をギュッと握る。

「カシル‥‥レイラを頼むよ。あなたにしか頼めない‥‥本当に、大事な人なんだ」

そう、彼に頼むと、

「何を勝手な‥‥十二年前からずっと、お前が守ると決めた女だろう」

当然、カシルはきつくクリュミケールを睨んでそう言った。


ゴゴゴゴゴ‥‥揺れが酷くなり、塔が震動を増してくる。

「ーー私のせいでもある。何か出来ることがあるかもしれない‥‥私も残ろう」

ザメシアが言うが、

「ザメシア‥‥いや、ラズ。君は行くんだ。もう、何も背負う必要はない」

クリュミケールは首を横に振りながら言い、

「‥‥生きて‥‥帰って来る気は、あるのか?」

レムズにそう聞かれた。
クリュミケールは真っ直ぐにこちらを見てくるレムズの目を見返す。

「もちろんさ」

クリュミケールは力強く頷き、

「わかった‥‥それを信じる。この先の未来は見えない‥‥だが、言葉を信じる」
「ああ。ありがとう、レムズ‥‥」

すると、レムズの隣に立つカルトルートが、

「へへっ‥‥結局、あんまり役に立てなかったけど‥‥気をつけてね、お姉さん」
「ありがとう。こんな危険な場所に着いて来てくれて‥‥巻き込んですまなかったな」

クリュミケールはそう言って小さく笑う。

「もうっ‥‥なんでこう、クリュミケールちゃんもラズも‥‥馬鹿なのかしら‥‥」

フィレアは涙を零し、クリュミケールを抱き締めた。

「なんかさー、フィレアさんは泣きすぎだよね」
「あなた達のせいでしょ!ハトネちゃんもあなたが死ぬことなんか望んでないはずだからね!?絶対生きるのよ!あなたは大事な‥‥仲間なんだから!アイムおばさんも‥‥最期まであなたを気にかけていたのよ!」
「‥‥」

そういえば、アイムの死の間際の話はあまり聞いていなかったなとクリュミケールは思う。

「全部終わってから伝えるつもりだったけど‥‥無事帰って来たら、話してあげるわ。アイムおばさんからあなたへの遺言もあるんだから‥‥ね」

フィレアはそう言って微笑み、

「フィレアさん‥‥ありがとう。シュイアさんやラズのこと‥‥頼みます」

クリュミケールは寂しそうに笑い、小声でそう頼んだ。
ーー馬鹿‥‥と。
小さく言いながら、フィレアはクリュミケールから離れていく。

「ごめんなさい‥‥私は器の女神にすぎないから‥‥何もしてあげれない」

イラホーは俯き、

「いいんだよ、イラホー‥‥エナンさん」

クリュミケールはニコッと笑った。

「‥‥不死鳥」

イラホーはクリュミケールの後ろに羽ばたく彼を見つめ、

「エナン‥‥我は主と在ろう。お前は皆を頼む」
「‥‥任せて。不死鳥‥‥一緒にいることは叶わなかったけれど‥‥同じ刻を生きれて、幸せだったわ‥‥」
「‥‥我もだ」

そんな二人の会話に、

「別れみたいな会話しないでよ。無事に帰るよ、不死鳥と一緒に」

クリュミケールが言えば、イラホーは目を細めて笑い、転移魔術の準備に取りかかった。

「ふうーっ!こういうの苦手なんだよなぁ!なんだよこの別れみたいな雰囲気!唐突すぎるだろ!」

キャンドルは頭を掻きながら言い、

「まあなんだーー‥‥死ぬなよ、絶対」

キャンドルはぽんっと、クリュミケールの頭を叩く。

「ああ‥‥勿論さ」

クリュミケールは笑い、

「俺さ、もしかしたらハトネに片想いしてたわ」

いきなりのカミングアウトにクリュミケールは目を丸くした。

「ほんと、短い時間だったからよ‥‥たぶん、もっと一緒にいれたら、もっと確かなものになってたんだろうが‥‥もう、どうにもなんねーしな‥‥でもよ、ハトネの魂が喰われちまうのは嫌だわ。だから‥‥勝手だが、お前の力で、世界を救ってくれ」

真っ直ぐな、真剣な眼差しでキャンドルに見つめられ、クリュミケールは大きく頷く。

「あと、アドルを悲しませないでくれよな」

そう、キャンドルはクリュミケールに背を向け、ヒラヒラと手を振った。

次に、シュイアがクリュミケールの前に立ち、

「‥‥お前には、面倒ばかり掛けたな」
「そんなことありませんよ」
「お前は幸せだったのか?」

そう尋ねられ、

「‥‥幸せでした。あなたと出会った日から、私の‥‥リオとしての人生は始まった。あなたのお陰です」
「‥‥そうか」

クリュミケールはうつ向く彼を見つめ、少しだけ戸惑いながらも彼に抱きつき、

「‥‥私、昔、シュイアさんが好きでした。一人の男の人として。でも、今は違います」
「‥‥奇遇だな。私も‥‥そうだった」

お互い昔は同じ気持ちを抱いていて、今は、違う。それに、二人はくすっと笑い、

「シュイアさん‥‥もう一度だけ『お父さん』って呼んでもいいですか?」

そう聞かれ、シュイアはこくりと頷く。

「‥‥ありがとう、お父さん。あなたのお陰です。あなたのお陰なんですよ、私が今ここに生きているのは‥‥仕組まれた運命だとしても、あなたが私を一番最初に見つけてくれた。あなたに出逢えて、あなたに育てられて、本当に、良かった‥‥大好きです」

そして、

「リオラのことは任せて下さい。必ず叩き起こして連れて帰ります」

そう伝え、シュイアから離れた。

「リオラだけじゃない。お前も帰って来るんだぞ、リオ‥‥私の、大切な娘よ」

そう言って、シュイアは柔らかく微笑む。
ーー父親と、娘。
ずっと疑問だった。自分達はなんなのだろうと。
いまならわかる。そうだったんだと。
自分達はいつしか、親子のようにお互いを慕っていたのだと‥‥

それから、クリュミケールはレイラからの視線に気づく。

「リオ‥‥私、生き返ったのよね?でも、あなたは‥‥どこかへ行っちゃうの?」
「‥‥うん。でも、君にまた会えた。それだけでいいんだ」

ドンッーー!と、レイラはクリュミケールの胸を叩き、

「私はよくない!よくないわよ!あなたやカシル様は成長してないけど、他の人の成長を見る限り、随分と‥‥私が死んでから時が経ったみたいね。そんな時代に、私を置き去りにする気!?」

そんな懐かしい彼女の口振りに、こんな時なのにクリュミケールはほくそ笑んでしまう。

「カシルが‥‥君を守ってくれる。でも、必ず‥‥」

クリュミケールの言葉を最後まで聞かず、レイラはカシルの方に走り、彼の腕にしがみついた。

「知らない知らない!リオなんか知らない!」

レイラはそう言いながらもクリュミケールを見つめ、

「でも‥‥でもねリオ。私はリオの一番の友達だから‥‥だから‥‥待ってるから!言えなかったことがたくさんあるの。謝らなくちゃいけないことがたくさんあるの。今なら言えるから‥‥だから、よくわからないけど、待ってるから‥‥死の間際にあなたの気持ちが伝わってきた。私だってリオのこと、大好きよ」

そう言って、レイラはにっこりと笑ってくれた。初めて出会った頃と同じように、ワガママで、自分勝手で、でも、とても美しいままで。

レイラ・フォードが‥‥ここにいる。
それだけで、クリュミケールは何かが満たされるような気持ちになっていく。

レイラの隣で、カシルは黙ってクリュミケールを見ていた。

「ふん‥‥素直になれないままだなお前は。一番言いたいことがあるような顔をしておきながら」

そんなカシルにボソリと言ったのはザメシア。ザメシアはラズとして、カシルと何度か行動を共にした。知らないフリをしてきたけれど、でも、長年の経験からか、なんとなくカシルが誰の為に何をしようとしていたのかは気付いていた。
ザメシアはカシルの横を通り過ぎ、クリュミケールの前に立つ。

「勝手なことを言ってしまうが‥‥もう頼る方法がこれしかない。世界を‥‥【見届ける者】の力で救ってほしい。妖精達の‥‥我が民の魂を‥‥解放してほしい」

そう言いながら彼は頭を下げる。

「やれることはやってみるよ‥‥だから、頭を上げて、ラズ」

クリュミケールはザメシアの肩に手を置き、

「‥‥クリュミケール‥‥いや、リオ。かつての彼と同じく、不死鳥の契約者よ‥‥私は今でも同族のことだけを考えている。だから、創造神のことは後悔していない‥‥私の苦しみは、長すぎた」

そうして、肩に置かれた手にザメシアも手を重ね、

「今はまだ‥‥何も答えは出せない‥‥もしも世界が続くのなら‥‥」

そう言い、ザメシアは目を閉じながらクリュミケールから離れる。
彼自身、わからないのであろう。
自分の中にある同族の魂が救われるのかも、死んで救われるのかも、生きて救われるのかも、それよりも世界がどうなるのかも、不確定なのだから。

「時間がないわ‥‥転移魔術が整った。皆、早く集まって!」

イラホーがそう言い、すると、アドルが離れた場所からにっこりと笑ってクリュミケールを見ていて、

「‥‥アドル。君には本当に‥‥心から礼を言うよ」

クリュミケールは微笑んで彼に言い、

「えー?おれは何もしてないよ」
「いや‥‥家族の大切さを、温もりを、君から教わった。だから、わかったんだ、家族ってなんなのかが‥‥」
「そっか‥‥」

アドルはくるりとクリュミケールに背を向け、

「クリュミケールさんも泣くんだね、初めて見たよ」
「‥‥自分の中で誓ったんだ‥‥レイラが死んだ日に、もう、泣かないって」
「そっか」

すると、アドルの側にリウスが立ち、

「アドル。大丈夫。クリュミケールは必ず帰って来る‥‥私もここに残る」

そんなことを言うので、アドルは慌ててリウスを見た。

「人形の私に命を吹き込んだサジャエルはもういない。どのみち、もうすぐ私は人形に戻る。それなら私もここに残って何か出来ることがないか探す‥‥アドルが、泣かなくていいように」
「リウス‥‥?」

アドルは目頭が熱くなり、涙が溢れそうになってしまう。そんな彼の頬にリウスは触れ、

「泣かないで、アドルには笑っててほしい‥‥カナリアという人形の偽りの日々‥‥誰にでも無邪気に明るく笑って、真っ直ぐなアドルの生き方が‥‥とても羨ましかった。アドルと話す度に、自分は生きているということが、伝わってきた」

だからーーと、リウスはアドルの背中を押し、

「ありがとう、アドル‥‥そして、お母さんやニキータ村のこと、本当に‥‥ごめんなさい」

そう言いながら、リウスはクリュミケールの方に走って行ってしまい、

「リウスーー!おれは何も怒っていないよ!だって、リウスは家族で友達だから!待ってるよ‥‥!リウスも、クリュミケールさんも!おれは、ニキータ村が在った場所で‥‥待ってるから!」

アドルはそう叫んだ。

「‥‥責任を持って私が転移魔術を行うわ。クリュミケール、不死鳥‥‥人形の少女‥‥任せたわよ」

イラホーはそう言い、呪文を唱え始める。彼女の周りに皆集まり、青白く大きな魔方陣が地面に描かれる。

クリュミケールはそれを静かに見つめた。

本当に、自分に何か出来るのだろうか。リオラは、目覚めてくれるだろうか‥‥
そんな不安を感じている時に「お姉ちゃん」と、声がして、クリュミケールは顔を上げた。

「約束する。必ず、守る」

カシルが隣に立つレイラの頭の上に手を置き、そう、聞き覚えのある言葉を口にする。

「お姉ちゃんが‥‥君が守りたいものを、俺が守る。だから、君は安心して君の道を歩いてくれ。俺は‥‥いつまでも待つから」

それにクリュミケールは頷き、そうして、転移魔術により皆の姿は塔の中から消えた。
崩壊の音だけを残し、クリュミケールはリオラに向き直る。


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