目覚め


「さてと」

クリュミケールはそう言って、水晶の中で眠るリオラを見つめながら、

「リウスちゃん、本当に良かったのか?ここに残って」

そう、彼女に尋ねる。

「言った通り、私はもうすぐ人形になる。だからいい」
「‥‥そうだとしても、アドルの側にいなくて良かったのか?」

アドルがリウスに、リウスがアドルにどこまでの感情を抱いているのかはわからない。
だが、偽りの記憶でも、二人は確かに友達で、お互いを大切にしているのは見ていてわかった。
リウスはクリュミケールの背中を見つめ、

「もっと、アドルと一緒にいたかった。でも、寂しくなってしまう。アドルを悲しませたくない‥‥シェイアードはあんたの心配ばかりしてた。助けてやらなければいけないって。だから、私を否定しなかったシェイアードがあんたを守ろうとしたのなら、そして、友達として接してくれたアドルがあんたを守りたいのなら‥‥私がするべきことは、あんたを手伝うことだから」

その言葉に、クリュミケールは小さく息を吐く。
シェイアードの名前を聞いて、心が落ち着くような感覚になる。
それから足を進め、水晶の中で眠るリオラの前に立った。

「リオラ‥‥オレが本物の【見届ける者】らしい。だが、力の使い方がわからない。サジャエルと長年居た君なら‥‥君こそが本物の女神だ。力の使い方、君ならわかるんだろう?」

そう言って、冷たい水晶に触れる。
塔に入る前のリオラの言葉を思い出した。

『あなたのせいよ‥‥あなたがいなければ、私は普通の人間のままだった
憎い、憎いわ‥‥あなたも、世界も人も。誰も、この憎しみは理解できない、止められない。それは、シュイアにも‥‥できない。私は目覚めてみせるわ。目覚めて、こんな世界‥‥壊してやる』

そう、憎悪を、恨み言を吐いていた彼女を思い出す。

「君はオレを憎んでいるんだろう?それに、目覚めてみせると言っていたじゃないか‥‥シュイアさんが君を待っているよ。今でも彼は、彼の一番は、君だ、リオラ」

すると、頭の中に声が響いた感じがして、クリュミケールは瞳を閉じた。

(私は‥‥私が本物の女神で、あなたが器だと聞かされてきた。でも、逆だった。私があなたの細胞を体に埋め込まれた存在)

そんな、リオラの声だ。

(やっぱり、私はあなたが憎い。あなたは私の存在を否定する‥‥私からシュイアを奪った)

まるで、強く強く睨み付けられているような気分になる。

(リオラ‥‥君とオレは別々の存在だ。オレにとってのシュイアさんは父で、君にとっては愛する人。オレは何も奪っていないよ)

脳内で、そんな会話を続ける。

(【回想する者】の力で、私の過去を見たのよね?人間なんて愚かでしょう?争いが好きで、他者の事など考えない。クリュミケールーーあなたも同じよ。戦って戦って‥‥争いばかり)

ため息を吐くようにリオラに言われ、

(戦いたくて戦うわけじゃない。大切なものを守るには、戦うことが必要だった。だからオレは戦ってきたーー剣を手にしたんだ。失うものも多かった。でも、得たものもあった。悲しいことも嬉しいことも‥‥全部、オレの歩んできた道だ)

そう頭の中で答えながら、クリュミケールは目を開ける。眠るリオラを見つめる。

(シュイアさんは君の為だけに生きてきた。たとえ誰を敵に回そうとも。そして今でも、シュイアさんにとっての一番は‥‥君なんだよ、リオラ)

そう言って、水晶に微笑み、

(シュイアさんはオレのことも、唯一の家族も棄てたんだ。それほどまでに、君を愛していたんだ。それはずっと変わらない。今も、これからも、ずっと。だからーー)

ーードンッ!と、水晶を一度叩き、

(だから、これからはお前が生きるんだ。お前として、生きるんだ。【見届ける者】もリオもクリュミケールも関係ない。お前はただのリオラだ!)

強く、眠るリオラを見つめる。だが、声が返ってこなくなった。彼女が目を開ける気配もない。

「‥‥クリュミケール」

すると、リウスに声を掛けられて、振り向くと彼女の手には、砕け散った英雄のペンダントの破片が集められていて‥‥

「わからないけれど、これが役に立つと思う」
「‥‥占術の能力かい?」

クリュミケールが聞くと、リウスは頷いた。彼女の手から、赤と透明の破片を受け取る。

「なあ、不死鳥‥‥私の体と不死鳥の力があれば、リオラは目覚めるのかな」

ぽつりとクリュミケールは聞いた。
今となっては逆だが‥‥

『あなたはリオラにその体を譲る為に、その為に私はあなたを見守ってきたのです』

『お前を不死鳥と契約させることにより‥‥死んだはずのリオラはお前の命と、命を司る不死鳥の力を借り、生き返ることが出来る』

自分が器だと思わされていた頃の話だ。

「普通の人間ならば、我だけの力で生き返らせることが可能だ。しかし、相手は器とはいえ女神‥‥」

不死鳥は数秒口ごもり、

「同じ細胞を持っているのならば、確かにリオラを生き返らせるのは可能だ。しかし‥‥そうなれば主が死に‥‥神を生き返らせる負荷により、我も消滅する。神を生き返らせるなどと、今までなかったのだから」
「そんなっ!?」

真っ先にリウスが反応する。

「クリュミケール!そんなこと、するつもりなのか?シェイアードを‥‥アドルを悲しませるのか!?」
「‥‥それしか、ないのか?」

クリュミケールは考え込むようにリオラを見つめ、不死鳥に尋ねた。

「この‥‥楽園と呼ばれる塔も、紅の魔術師がいくつか細工を施した」

不死鳥の言葉に、

「紅の魔術師‥‥何度か聞いたけど、なんなんだ?」
「主、【破滅神の遺跡】を覚えているな?」

それに、もちろんだとクリュミケールは頷く。
レイラを、喪った場所なのだから。

「あの遺跡の仕組みも紅の魔術師が作り上げたものだ。生と死を握る不死鳥である我の亡骸をあの遺跡の祭壇に捧げていれば、他の神々も滅びる仕組み‥‥」

それを、カシルから聞かされたことをクリュミケールは思い出し、こくこくと頷く。

「この場所も‥‥同じなのだ。あの祭壇と同じ仕組みが施してある」
「‥‥えっ!?」

クリュミケールは驚き、

「だって‥‥もしリオラを目覚めさせていたら、それならサジャエルも消滅していた?サジャエルは神々だけが生きる世界を作ると言っていたのに?」
「‥‥奴は正常ではなくなっていた。心のどこかでは、死を求めていたのかもしれない‥‥かつては、サジャエルは死にたがりの神だったのだから」
「えっ?」

しかし、不死鳥は今はサジャエルのことはいいと話を切り、

「リオラを生き返らせれば‥‥我は消滅し、女神である主もイラホーも消滅し、そして、魔術という仕組みすらなくなる」
「魔術が?」
「うむ。不老という命もなくなり、人間だけの世界に還るのだ」
「‥‥」

頭が追い付かなくて、それでも必至にクリュミケールは頭の中を整理し、

「じゃあ、ハトネの‥‥創造神の魂も消滅するのか?」
「それは、わからない。もし本当に【世界の心臓】に創造神の魂が引き寄せられたのならば、そこに干渉はできぬ。創造神の魂を救うには、魂が喰われる前に【見届ける者】の力で世界を生かすしかない」

そんな二人の会話を、リウスは不安げに見つめていて‥‥

「ふっ‥‥どのみち、リオラを目覚めさせるしかないかー‥‥不死鳥やエナンさんが、それでもいいのなら‥‥」

クリュミケールは先刻のイラホーの、エナンの言葉を思い出す。

『不死鳥‥‥一緒にいることは叶わなかったけれど‥‥同じ刻を生きれて、幸せだったわ‥‥』

まるで、別れのような言葉。それを疑問に感じていたが、恐らく彼女は理解していたのだろう。こうなることを‥‥

「‥‥エナンとは先刻、別れは済ませた。我は主の意思に従おう」

羽ばたく不死鳥を見上げ、

「もう‥‥不老の命なんてない世界にしたい。神も不老の命も必要ないんだ‥‥それぞれの種族はそれぞれの命の期限を生きることに意味がある。ザメシアが苦しむ必要も、歪んだ時間のままフィレアさんがシュイアさんと同じ時間を生きる必要も‥‥」

クリュミケールはギュッと目を閉じ、

「でも、ごめん‥‥不死鳥、オレは君を‥‥」
「良いのだ主。エナンも主の望みは見通していた。それに、我らは充分に生きた」

彼は大きな翼を広げたまま、誇り高い姿でクリュミケールの眼前に舞い降りる。

「主に出逢い、我は幸せだった‥‥まるで、かつての主と再会できたようで、懐かしかった」
「‥‥」

クリュミケールは不死鳥の翼を撫でた。

「‥‥クリュミケール」

リウスに名を呼ばれ、

「リウスちゃん。もしリオラが目覚めたら‥‥説得してくれるかな?世界を救ってって」
「‥‥」

クリュミケールの言葉を、肯定も否定もせず、リウスは黙って聞いている。

「‥‥でも、約束は守るよ。一緒に帰ろう、あの子が待つ、ニキータ村に」

クリュミケールは微笑んで言った。

「さてと」

クリュミケールは再び不死鳥に向き直り、彼は虹色の翼でクリュミケールの体を包み込んだ。

(‥‥うっ)

何が起きているのかよくわからない。だが、不死鳥が何かを始めたのだろう。
頭の中が、脳がぐらぐら揺れる。酔うような気持ち悪さがクリュミケールを襲った。意識を奪われそうだ。そうなる前にクリュミケールは不死鳥の目を見つめ、

「っ‥‥不死鳥ーー今までありがとう。君が居たから、あの日レイラの想いを救えた、また、出会えた。ここまで、仲間達と歩めた‥‥君のお陰で、戦うことが出来た‥‥ありがとう‥‥」
「主‥‥」

瞬間、クリュミケールの体が白く光り、まるで魂だけがリオラに吸い込まれるように、その光は彼女が眠る水晶へと吸い込まれ、魂をなくしたクリュミケールの体はその場に倒れた。
不死鳥はそれを静かに見つめ、

「主‥‥我は未だ、後悔している。主の最愛の者を我はあの日奪った。それに、主は不老になったのに、長い歳月を生きず‥‥こんな短い生で終わってしまった‥‥主よ、本当に、これで良かったのか?」

不死鳥は悲しそうにそう言い、

「契りを交わそう、君と契りを。救うための力を望むのならば。そして、約束をしよう‥‥最期の時まで決して、破ることないようにーー裏切りはしない‥‥そう、今こそ最期の時。今度こそ、我は最期まで、貴方の傍に居よう‥‥これで、良いのだろう?アル‥‥やはり、お前によく似ていたな」

不死鳥はかつての主である英雄の名を呼び、大きな翼で、もう動かないクリュミケールの体を優しく包む。


◆◆◆◆◆

「クリュミケールさんとリウス、大丈夫かな」

イラホーの転移魔術により塔の外にいるアドル達は、不安げに揺れる世界と塔を見上げていた。
ここに入る前は、セピア色の大地に、セピア色の空をしていたのに、その空間がひび割れるように、空も大地も真っ黒に染まっていく。

「クリュミケールって、リオのことなの?」

レイラがアドルに聞くと、

「ええ‥‥色々あったんですよ」

と、フィレアが答える。
それからレイラはカシルを見つめ、

「カシル様。カシル様はずっと、リオのことが好きでしたよね?」

なんて、コソッと彼にだけ聞こえる声で言って、カシルは不思議そうにレイラを見た。

「なんとなく思ってたんです。私はずっと、カシル様を見てましたから‥‥でも、さっきなんでリオをお姉ちゃんって呼んだんですか?」

聞かれて、カシルが面倒臭そうな表情をしたので、レイラはクスクスと笑い、

「何はともあれ、リオが戻って来てからね!」

信じるようにそう言った時、

「どうやら、クリュミケールは決意したみたいね」

イラホーが静かに笑いながら言った。

「決意?って‥‥イラホー!?えっ!?体が透けてるよ!?」

カルトルートが気づき、驚いて叫ぶ。言葉通り、イラホーの体が透けていたのだ。
すると、急にシュイアとカシル、フィレア、レムズの体が淡く光り出し、

「っ!?何だ、これは、力が抜ける‥‥?」

シュイアが驚くように言い、

「かつて、誰かが言ったような世界ね。『ヒトがヒトらしくある世界』‥‥それぞれの種族がそれぞれの定められた時間を生きる世界。魔術の無い世界。シュイアにカシル、あなた達は不老じゃなくなり、フィレア‥‥あなたの時間も元に戻ったわ。魔術の力も使えなくなったはずよ」

イラホーはそう話し、

「レムズ。あなたは魔術が使えなくなったはず。エルフと魚人のハーフであるあなたは、今まで通りの老いのペースよ。他の魔術の使える種族達にも同じ現象が起こっているはず‥‥」

そして、

「ザメシア」

イラホーはザメシアを見つめた。

「まさか‥‥」

ザメシアは目を見開かせる。

彼の体は七色に光り、彼の体から光が放たれた。
そして、彼には確かに、聞こえた。見えたような気がした。
妖精族の、民達の姿と声が‥‥

宙に浮かんでいく光を、ザメシアはぼんやりと見上げる。

「ザメシア。永きに渡るあなたの中の妖精達の魂が‥‥今ようやく、解放されたわ」

そう、イラホーは微笑んだ。

「ラズ!良かったじゃねーか!」

キャンドルにそう言われ、ザメシアは自身の震える両手を見つめる。

「嘘‥‥だろう?本当に、なのか‥‥?こんな、あっさりと‥‥?」

ラズは何度も何度も自分の体を見た。そして、体内を駆け巡っていた重みが消えたのを感じ、

「ーーっ‥‥民達よ‥‥永き日、本当に、すまなかった‥‥こんな遥か先の時代だが、どうか、どうか安らかに眠っておくれ‥‥だが、私だけが、私だけが残ってしまったな‥‥」

ザメシアは額に手をあて、思い返す。長かった、本当に長かった今までの日々を。
今となっては知る者もいないであろう、あの日々を‥‥
そして、ザメシアは忘れない。
人間の犯した過ちを。
神々の愚かさを。

震える彼に寄り添うように、フィレアはザメシアの背中に触れた。

「‥‥さあ、最後は私ね」

そう言ってイラホーが瞳を閉じるので、

「えっ?あなたはどうなるの?」

フィレアが尋ねる。

「私は、神々は消滅するわ。恐らく、不死鳥とクリュミケールはリオラを目覚めさせることにした。【破滅神の遺跡】と同じ仕組みのあるあの場所で、不死鳥が消滅し‥‥神々も消滅する」

イラホーの言葉に、

「‥‥では、リオとリオラも消滅するのか?」

シュイアの問いにイラホーは悲しそうに笑い、それには答えなかった。
イラホーはカルトルートを見つめ、

「【神を愛する者】‥‥あなたの遥か昔の先祖は神々を、本物のイラホーを愛し抜いたと話したわね‥‥あなたと出逢えて私は嬉しかった。私とかつてのイラホーは別人だけど、私の中に眠る彼女の想いが、きっとそう感じていたわ」

それにカルトルートは頷き、

「‥‥わからないことだらけだけど‥‥うん。僕もきっと、君に逢えて嬉しかった。ありがとう、イラホー」

カルトルートは柔らかく微笑み、

「不死鳥‥‥共に、眠りましょう」

愛しそうにそう言いながら、イラホーは微笑んだまま、その姿を消した。
その一瞬に、一同は別れの余韻を感じることすらなく、沈黙だけが続く。
神々の消滅、魔術と不老の終わりーー‥‥だが、まだ何も終わってはいない。

「‥‥どう、なるんだ?クリュミケールは‥‥」

レムズが言うと、

「クリュミケールさんは帰って来るって言ったんだ。リウスと、リオラさんと一緒に!クリュミケールさんはどんな時だって、おれとの約束を守ってくれた!だから、大丈夫だよ!」

アドルは信じるようにそう言い、大切な二人を想う。


◆◆◆◆◆

水晶の中で、エメラルド色の瞳が光った。
パリンッ‥‥と、水晶にヒビが入り、砕けていく。
その中から出た女性は地に足を着け、

「‥‥クリュミケール。あなたはなぜ、自ら私に命を捧げたの?」

女性ーーリオラは床に倒れるクリュミケールと、それを優しく包み込む不死鳥を見て尋ねた。

「主は理解していた。自分が死んで、貴女が生きる事で世界は救えると。主は女神の力の使い方を知らない。だがサジャエルと過ごして来た貴女なら‥‥貴女こそが【見届ける者】なのだと」

不死鳥はそう言い、

「どう転ぶかわからないのに?私は世界を壊す力も救う力も持っている」

冷たいリオラの声に、

「あんたには、何がなんでも世界を救ってもらう」

リウスが言う。

「主は自分の半身のような貴女を信じ、託した。だから我は何も言わない。主が信じた貴女を我も信じるのみだ」

不死鳥はそう言い、クリュミケールの体を見つめた。リオラもそれを見つめ、

「私はあなたが憎い。でも、あなたは私が憎くないの?見て来たわ。リオとしての人生、クリュミケールとしての人生。あなたの目を通して、ずっと見て来た」

リオラは一人話し出し、

「悔しかった‥‥シュイアとあなたが一緒にいるのが。無知なあなたが憎かった。どうしてあなたは幸せなの?私はあなたのせいで‥‥あなたの細胞のせいで女神になんかならされたのに。それに、あなたこそ私が憎いはずなのに、憎まない。救うなんて言い出して‥‥そんなあなただったから、シュイアはあなたの中の光に惹かれたのね」

ため息混じりにリオラは言い、しばらくの沈黙がこの場を包む。
自然と、涙が静かに流れ出た。

「どうしたらいいの。私を起こしたくせに、なぜ、あなたはもういないの」

リオラはゆっくりと、不死鳥の翼に包まれるクリュミケールに近付き、その場にしゃがみこみ、

「‥‥どうして、あなたは私の幸せを、願うの?」

冷たくなっていくクリュミケールの頬に触れる。

「あなたを見ていたからわかる。あなたは誰かの為にばかり走っていたわね。レイラの、シェイアードの、シュイアの、アドルの、ハトネの、仲間達の為にばかり‥‥何も知らないくせに、無知だったくせに、いつの間にか‥‥あなたはあなたの世界を作り上げていた‥‥」

揺れが激しさを増し、いよいよ崩壊が始まる。リオラは目を閉じ、歯を軋めた。


◆◆◆◆◆

「塔が‥‥!まずい、逃げないと危ないよ!」

カルトルートが叫ぶ。大地の揺れと共に、塔が崩れ始めたのだ。

「中にはまだ、クリュミケール達が‥‥!」

キャンドルは慌てて塔を見る。

「リオ‥‥リオラ」

どうすることもできずに、シュイアは二人の名前を口にすることしかできなくて、そんな彼の肩にカシルが手を置き、

「もう、魔術も何もないのなら、俺達に出来ることは何もない」

と、カシルが言った。

「‥‥あいつは、帰って来るんだろう?」

そう、彼はアドルを見るので、

(‥‥おれは信じると言ったんだ。クリュミケールさんもリウスもリオラさんも必ず帰って来るって!ニキータ村が在った場所で‥‥おれは待つんだ。クリュミケールさん達の帰りを)

決意するように、アドルは力強くカシルを見て頷く。

「‥‥そうだな。私達にはもう特別な力はない。出来ることは‥‥信じて待つ、ということしかないのだろう」

ザメシアが言って、

「‥‥そう、よね。全く‥‥クリュミケールちゃんは、リオちゃんは本当に心配ばかりかけて‥‥帰って来たら、お説教ね!」

フィレアが笑いながら言うので、

「‥‥はは。フィレアはいつも、お説教係だものな」

ザメシアに言われ、

「何よ!ラズのくせに生意気な口振りね!」

そう言いながらザメシアの頭を軽く小突く。

「‥‥決まり、か」

レムズが一同を見て言い、

「‥‥そうだな。よっし!魔術がないってんなら、ここにいるのは皆ふつーの奴等ばっかなんだよな!兄ちゃんが皆を守ってやるぜ!」

調子良くキャンドルがそう言い、

「あはは、兄ちゃん調子いいなぁー」

と、アドルが笑い、

「と言うか、いつから皆の兄になったのさ」

カルトルートも吹き出した。

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ‥‥ガラガラガラ、ガラガラガラガラーー‥‥!

塔が完全に崩れ行く様に、一行は背を向け、走り出す。
生きなければいけない、約束があるのだ。
クリュミケールが、不死鳥が、リウスが、リオラが‥‥今、何をしているのかはわからない。
けれど、そんな人達の帰りを待つと約束したのだ。

「‥‥リオ」

ちらっと、一度だけレイラが振り返り、そんな彼女の背を押すようにカシルが隣を走る。

しばらく走ると、闇に覆われようとしていた空が淡く美しい青に塗り替えられていく。

「‥‥」

ザメシアはそれを見上げ、静かに涙を流した。
かつては見ることの叶わなかった光景だった‥‥


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