ザメシア


ペンダントの光が映し出したのは、薄紫色のマントがなびき、緑色の上着を羽織り‥‥
空色の髪をし、毛先はキラキラと金色に輝き、左頬に傷がある、大きな空色の瞳をした青年だった。

その青年は、真っ直ぐにザメシアを見つめている。ザメシアは明らかに動揺しているようで、金の目を大きく見開かせ、体を震わせていた。

「ザメシア様、久し振りだな‥‥」

優しい声で、青年は口を開く。

「ペンダントのお陰で世界に姿を映し出せるけど、あまり長い時間は無理だから‥‥ザメシア様、ごめんなさい。あなたを救えなくて‥‥たくさんのことが歪んでしまって、だから、こんな何百年も後の今、あなたも、サジャエルも、皆、こんなことになった‥‥」

ザメシアに謝った後、青年は一同に振り向き、ぶわっと、不死鳥が姿を現した。

「主‥‥」

不死鳥が青年をそう呼ぶと、彼はニコッと笑う。

「不死鳥に、イラホーの意思を継ぐ人ーー見届ける者に、神を愛する者‥‥」

それぞれに呼ばれて、イラホーは涙を流し、クリュミケールとカルトルートは不思議そうに青年を見た。
しかし、青年は目を細めて彼らを見るが、時間がないという風にザメシアに振り返る。

「ザメシア様、あなたの気持ちはわかる。でも、忘れないでくれ。オレ達‥‥いや、ケルトにラリアちゃん、クナイがなんの為に死んだのか‥‥レーナや王女さん、ゴウラッド達がなんの為に生きたのか‥‥皆が、何を託したのか、何の為の幸せを願ったのかーー‥‥そして、紅の魔術師がこの時代で何をして来たのか‥‥それを知ることも、必要なのかもしれない」

青年は一人話し続け、しかしザメシアは動かない。いや、動けないのだろうか?静かに話を聞き続けている。

「オレも‥‥悲しいよ、皆が、いない。サジャエルが‥‥死んでしまった。子供達に、何もしてあげられない‥‥オレは今も、空間の渦で、ひとりぼっちだ‥‥でも、あなたと違って、世界が終わって解放されることは望まないよ。苦しいけど‥‥でも、皆で守った世界だから!ケルトとラリアちゃんに託された世界だから‥‥!だから、オレはこの苦しみを耐え続ける‥‥でも、ザメシア様の場合は違う。たくさん傷付いたあなたは救われなければ‥‥それに、こんな場合じゃない。創造神の魂が空間の渦に‥‥」

そこまで言って、青年の姿は薄れていく。口を必死に動かしているが、声はもう聞こえない。
プチッ‥‥と、アドルが首にかけていたペンダントのチェーンが切れ、カシャンと小さな音を立て、赤い石と硝子で出来た翼は砕け散った。
クリュミケールの足元に赤い破片が一つ飛んできて、何気なくそれを拾い上げる。
ペンダントが映し出した青年の姿は、なくなっていた。

「‥‥今のが、過去の英雄の一人であり、かつての不死鳥の契約者ーーそして、サジャエルの恋人だった少年だ」

ザメシアがそう言うので、

「サジャエルの‥‥!?」

クリュミケール達は驚くようにザメシアを見る。

「だが、そんなことは関係ない。彼がなんの為に現れたのかは知らない。だが、彼らが謝る必要は‥‥何もない。そう、いい人間もいた。それ以上に‥‥醜い人間の方が多かった。それだけの、話だ。そろそろ終わらせよう‥‥」

ザメシアはそう切り出す。

「終わりになんかさせるかよ!何がなんだかわかんねえけどな!とりあえず、お前にはハトネのこと謝らせてやる!」

キャンドルが言い、

「ラズ!これからも一緒よ!あなたは私と一緒にレイラフォードに、あなたのお母さんのところに帰るのよ!」

フィレアがそう続けた。

「おれも、ラズさんと出会ったばかりだから、これからもっとラズさんのことも、皆のことも知っていきたい」

アドルも言って、

「ははは‥‥なんかまだ実感湧かないけど、世界が壊れるのは困るよ、僕らの生きる世界でもあるんだ‥‥まだ、やり残したこともあるし、ね」

カルトルートがレムズを横目に見て、それに彼は頷く。

各々の自分勝手でバラバラな発言に、しかし、『世界を終わらせない』という目的だけは同じだ。
ザメシアは息を吐き、

「最期の賭けだ。私は今から全力で力を放つーー‥‥それを止めることが、妖精王の力を止めることが出来たならば、君達の話を、聞こう」

そう言って、両手を前に突き出す。その様子に一行は身構え、

「随分と上から目線だな」

と、カシルが言い、

「だって、王様なんだろ?」

キャンドルが肩を竦めた。

ザメシアは目の前に立つ一同を見つめる。

クリュミケール、フィレア、シュイア、カシル、カルトルート、レムズ、アドル、キャンドル、リウス、イラホー、不死鳥‥‥

神々の一部と、自分より短い刻しか生きていない、人間の子供達。

妖精王ザメシアとして生きていた日々を思い返す。様々な種族が共に生き、しかし、人間達は戦争を繰り返した。
そしてその火種は、世界に回る。
様々な種族が入り交じり、神々に矛先が向けられた。
人間の子供達が人間に立ち向かい、神々に牙を剥き、そしてーー想いだけを遺して‥‥

ザメシアは自らの思考を止め、ゆっくりと呪文を唱え始めた。
それを見たアドルが剣を構え、真っ先に前衛に出る為、

「アドル‥‥!無茶するな!」

クリュミケールがアドルに言うが、

「おれは守りたいんだ!クリュミケールさんのことも、キャンドル兄ちゃんのことも、リウスのことも、皆のことも!それで、帰るんだ、ニキータ村に!」

しかし、剣を握るアドルの手は、少しだけ震えている。だからこそ、クリュミケールは思った。

ーー今度こそ守らなきゃいけないと。
かつて、友の手を握ってやれなかったから‥‥今度は、今度こそは。

「アドルもクリュミケールちゃんも無茶しないでよ!」

フィレアが涙を拭いながら槍を構え、

「私も‥‥ラズを取り戻す為に‥‥そして、シュイア様とリオラの為にも‥‥守るわ」

柔らかく微笑んで言った。

「ーー‥‥私は半分諦めかけていた。リオラのことも、自分の人生も、もう、何も取り戻せないと」

シュイアは傷口を押さえながら、ゆっくりと歩み出る。
それを見て、クリュミケールは動こうとしたが、そんな彼の体を支えたのはフィレアだった。

(フィレアさんの想いは、シュイアさんに伝わってるよな)

クリュミケールはそう信じたい。
シュイアのリオラへの想いもわかる。
だが、クリュミケールは長年、フィレアの想いを見てきた。

「不死鳥‥‥共に戦いましょう。かつての【神を愛する者】の為にも」

イラホーはそう言い、

「ああ。かつての主の、皆の願いを、彼らが守ったものを、壊させるわけにはいかない」

不死鳥は応えるように虹色の翼を大きく広げる。

「君達が諦めないように、私も諦めない。我が同族達の魂を解放する為に、この世界は滅びなければならないーー!」

ザメシアの叫びと共に、パァアアッと、青い閃光が放たれ、その光はまるで、大きな龍の形を作り上げた。
勢いよく向かってくる閃光を、クリュミケールの炎の魔術、シュイアの風の魔術、カシルの氷の魔術、リウスの闇の魔術、レムズの光の魔術が重なり合って押し返し、イラホーと不死鳥は頷き合い、イラホーの手から雷が、不死鳥の口から炎が吹き出した。

しかし、ザメシアのたった一人の魔力は七人がかりの魔術に怯みを見せない。むしろ、ザメシアの魔力の方が上回っていて、

「くっ‥‥魔術が追い付かん」

シュイアが言い、

「っ‥‥なんて、平気な、顔‥‥」

レムズは魔力を放ち続けるザメシアの顔を見た。七人で必死に魔力を放ち続けているというのに、ザメシアは凛としてその場に立ち、威力を弱めない。
ちらりと、彼は崩れた天井を見上げた。
空が、黒く黒く染まっていく。

「今頃、外の世界は大騒ぎだろうね。いきなり空が、世界が闇に覆い尽くされているんだ。普通の日常をさっきまで送っていただろうにね」

まるで、他人事のようにザメシアは言い、

「君達がこうしている時間も、とても無駄なんだよ。そんなちっぽけな力で頑張っている間に‥‥世界は崩壊するんだから」

その言葉に、

「まさか!彼はわざと力を抜いてるってこと!?世界が崩壊するまで、このままの状態をわざと?」

気づくようにカルトルートが言い、

「なんだって!?それじゃ、こんなの‥‥」

キャンドルはぶつかり合う光を見つめる。

魔術が使えないフィレアにカルトルート、アドルにキャンドルは光景を見ていることしかできず、しかし、フィレアが口を開いた。


「くっ‥‥無駄って言うけどな‥‥君の想いの強さにっ、負けるつもりはない!」

クリュミケールはそう言い、

「そんなちっぽけな想いを、私のものと一緒にするなーー!」

ザメシアは怒鳴るように叫ぶ。だが、ザメシアは不思議な気分になる。

(なぜ、彼らはこんな自分の為に必死になんだ?いや、世界の為か。でも、それだけじゃない。私の為でもあると口にする‥‥ーーああ、そう‥‥か。忘れて、いた。これが‥‥君達がよく言っている‥‥)

思考を巡らせていて、ザメシアは背後の気配に気付くのが遅れた。いつの間にか、魔術の使えないアドル達がこちらに回り込んでいて、ザメシアに武器を振るう。

「ーーっ!」

ザメシアは体勢を崩し、その一瞬、放っていた魔力の力が弱まった。そして‥‥

「もう嫌よ、こんなのーー!」
「えっ」

耳元に響いた声と温もり、体に響く衝撃に、ザメシアは目を丸くする。

バンッーー!!
七人の魔術と妖精王の魔術。
妖精王の力が一瞬弱まった時、互いの魔力に耐えきれず、ぶつかり合っていた魔術はとうとう爆発を起こし、ビュオオォォッ‥‥と、激しい爆風が吹き荒れる。

ザメシアの視界には、暗い空が映った。その場に仰向けに倒れ、呆然と空を見上げている。

「‥‥ラズ!止めたわよ、あなたの全力を‥‥クリュミケールちゃん達は止めたわよ‥‥!」

そう、自分を抱き締めるように覆い被さり、啜り泣くフィレアが言った。
先程、アドルとキャンドル、カルトルートがザメシアの動きを剣で止め、その瞬間、フィレアがザメシアに飛びつくように彼の体を押し倒した。
そのお陰で、彼の魔術を維持する力を少しでも弱める隙を作ることができた。

「‥‥止めた‥‥のか」

息を切らしながらシュイアが言い、

「‥‥ザメシア」

クリュミケールは彼の名前を呼ぶ。
ザメシアは自分に覆い被さるフィレアの肩を押し、ゆっくりと身を起こした。
その場に座り込んだまま、疲れたような顔をして一行を見る。

(これが‥‥君達がよく言っている‥‥仲間だとか、友ーーというものか‥‥)

静かにそう思い、

「‥‥君達の決意に、嘘偽りがないのはわかった。だが、仲間だとか友だとか‥‥私は君達をそう思ってはいなかった。そんな私を、君達はまだ、そう呼べるのか?」

それに、

「当たり前だろう、ザメシア‥‥いや、ラズ。君は、仲間だ」

クリュミケールが頷きながら言って、

「私のせいでハトネは死んだ。それでもか?」

その問い掛けに、

「そんなのは、この崩壊ってのを止めてからだろ!今、クリュミケール達はな、お前の為に戦ったんだ!それが答えだろ!」

キャンドルが出した答えにザメシアはゆっくりと視線を落とした。
そのまま数秒、放心するように床を見つめ、

「‥‥っ‥‥うぅ‥‥うっ‥‥」

何を思ったのか、感じたのか‥‥それは、ザメシアにしかわからない。だが、ザメシアは声を殺して泣いた。
そんな彼を、隣に膝を落としたままのフィレアが抱き締め、彼の頭を優しく撫でてやる。

「ラズさん‥‥良かった、良かった‥‥」

アドルは何度もそう言った。
クリュミケールも微笑んで光景を見つめる。

「ザメシアを止めたのね。でも、世界はもう崩壊間近。【見届ける者】である、あなたかリオラにしか救えないわ」

イラホーに言われるが、「どうすれば‥‥?」と、クリュミケールは聞き返す。

「‥‥創造神は確かに死んだが‥‥彼は言っていたな‥‥創造神の魂が‥‥空間の渦‥‥【世界の心臓】の核が在る場所に‥‥」

ザメシアはそう言いながら立ち上がり、

「【世界の心臓】って、さっき話してた【器】?君のことじゃないの?」

カルトルートが聞けば、

「今は、私だ。しかし、核がある‥‥本体と言うべきか‥‥はは、そうか‥‥くそっ」

ザメシアは何かに気付いたのか、悔しそうに言い、

「彼の話をちゃんと聞くべきだった。世界は、創造神の魂を喰う気なのか!?」
「えっ?どういう‥‥」

フィレアの疑問に、

「そんなことになれば‥‥世界は続く。だが‥‥」
「創造神の魂が‥‥」

不死鳥とイラホーは声のトーンを落とした。

「過去の英雄はさっき、創造神‥‥ハトネの魂が空間の渦に引き寄せられていると教えてくれようとしたんだと思う。もしハトネの魂が喰われれば、【世界の心臓】は創造神そのものになる‥‥世界は、続く」

ザメシアの言葉に、

「魂が、喰われるって‥‥そんな!?」
「ハトネちゃんの魂が、そんなことに!?」

キャンドルとフィレアが声を揃え、

「そんなの、酷すぎる‥‥!」

クリュミケールはザメシアを見た。

「ふふ‥‥そうだろう?それが、私がさせられたことさ。見知った妖精の、仲間の血肉を喰わされた‥‥ということだ」

その言葉の重みに、一同は息を呑む。

「だからこそ、最後の望みは、【見届ける者】なんだよ」

ザメシアの言葉の後、急にクリュミケールの視界に夕日が差し込んだ。

「‥‥!?」

慌てて辺りを見渡すと、そこは塔の中ではなく、自分以外の誰もいなくて。しかし、知っている場所だった。

広い世界と、フォード国がよく見える丘‥‥大切な友の為の十字架を建てた場所。

「なんでここに!?まさか、世界は、崩壊した‥‥?これは、夢?アドル、皆!?」

意味がわからなくて、クリュミケールは仲間のことを捜すが、やはり誰もいない。すると、

「ここはお前の心の中に最も色濃く残っている場所だ」

そんな声が響く。

「不死鳥も感じているのだろう、別れの時を」
「別れ‥‥?」

クリュミケールは声に聞き返す。

「お前の心の片隅に、時には中心に、いつもいる者。お前にとって一番大切な者。その心理は、変わらぬものだ」

その言葉に、クリュミケールは十字架を見つめた。それから、夕焼け空を見つめ、

「創造神‥‥一体、何が起きたんだ?なぜオレはここに?」

そう、声の主ーー創造神に尋ねる。

「‥‥」

しかし、創造神からの返事はない。代わりに、

「リオ‥‥なの?」

違う声に、名前を呼ばれた。

ひどく、ひどく、ひどくひどくひどく‥‥懐かしくて、懐かしすぎて。
大切で、あったかくて、心の中に、頭の中に染み渡ってくる。

あの時から、何よりも、誰よりも、世界よりも、大好きな声だ。

ーー視界は、景色は、塔に戻る。
クリュミケールは立ち尽くしていた。アドル達もいる。
しかし、一同はある一点を見つめていた。

クリュミケールの目の前に立つ人を、見つめていた。


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