三種族達の集い

「あの人間、一人で料理作るって言うてたけど、大丈夫なんか?」

そう、ラダンが言った。
あの人間とはユウタのことで、料理人である彼はこの城に集う人数分の料理を作るらしい。
ウェルが手伝おうか声を掛けたが、一人で十分だと言い、ユウタはキッチンに籠った。

「それにしても…」

マグロはキョロキョロと廊下を見回し、

「オレ達の居るこの場所が天界の城で、向こうに繋がってる廊下からが魔界の城…ってことになるんですか?」

世界が一つになり、一つになった城内の造りをマグロはヤクヤに問うと、

「そうじゃな。大昔からある城じゃからの。原理はわからんのじゃが、リョウタロウの剣の力によって、綺麗に切り離されて、それぞれの世界へ移されたようじゃからな…」
「でも、あたし達はこれからどうしたらいいわけなの?協力して、世界を壊すとか言ってる奴らを止めるわけ?」

エメラが聞けば、

「そうじゃなぁ、それは…」
「ヤクヤさーん!!」

ヤクヤが答えようとした所でトールの声がして、一同はそちらに振り向く。
走って来るトールの後ろから、ムルとラザルも続いていた。

「どうしたんじゃ?そんなに慌てて」
「今、タイトの野郎が居たんですよ。ヤクヤさんとこに行ったのかと思ったんですけど…タイトの野郎が人間とか言ってわけわかんないんですぜ!!」
「すっげぇムカつくすかした野郎だなぁ、テメェの仲間はよ!」
「落ち着けラザル!ヤクヤさんに当たるな!」

…なんて、パニックになりながら言うトールに、苛立っているラザルに、唯一冷静そうなムル。
そんな光景に、その場に居る一同は目を丸くして…

「魔族って仲悪いんですね…」

と、マグロが言えば、

「仲悪いと言うか、俺とトールはフリーダム仲間で、ムルは昔、縁があって、ラザルは敵みたいなもんじゃからのー。じゃが、一騒動あったお陰で、もはや俺達が敵対する必要はないんじゃしの」

ヤクヤが言い、

「そ、そーいやなんでオレは当たり前のようにテメェらと居るんだ!?」

ラザルが本気で驚きながら今更の発言をしたので、

「さてはあんた馬鹿だな?!さっきもタイトにいきなり向かってくし!」

トールがそう言って、

「がー!ウルセーな!?そのタイトとか言う奴のせいでオレは今、苛々してんだよー!!!」

と、ラザルが頭を抱えて叫ぶ。

「…ラザルがここまで取り乱すのは珍しいな…いや、ネヴェル様に出会った時も先程みたいに突っ走って、両腕を切断されたと聞いたような…」

ムルは呆れながら言い、そこで、噂話を思い出した。

「!!ま、待てムル!思い出したくないからその話題はヤメロ!!」

本気で怯えながらラザルが言い、

「え?え?両腕を切断…!?でも、腕はちゃんと…」

驚くマグロに、

「ああ。魔族には色んな種類があっての。そこのラザルは吸血種なんじゃ。他者の血を吸い、それを栄養にして傷を癒やし、破損した部分も修復できるのじゃ。まあ、心臓は無理じゃけどな」

そんなことを笑いながら説明するヤクヤに、マグロはただただ目を丸くする。

「さてと。で、タイトの話じゃったな?」

ヤクヤは話を始めに戻した。

「そ、そうなんですよ!タイトが…」
「やはり無事だったか、おっさん」

再び慌てながら言おうとするトールの背後で別の声がして、

「お、本人のお出ましじゃな」

と、ヤクヤは笑う。
視線の先にはタイトが立っていた。

「くそ、テメェ、さっきはよくも!」
「だから落ち着け」

――ゴンッ…と。
苛立ちを露にするラザルの頭にムルが拳を落とす。

「…で、タイト。どこほっつき歩いてたんじゃ?まあ、無事と言うことは、黒い影ってのを退けたのじゃろうから、大体の状況は知っているんじゃろうが…」
「おっさんには関係ないだろう」

タイトはヤクヤにそう返すので、

「タイト!相変わらずお前はヤクヤさんに失礼な態度ばかり取りやがって!」

トールが口を挟んだが、タイトはそれを無視した。

ヤクヤは黙り込むタイトをじっと見て、一つ頷き、

「ふむ。まあ、世界は一つになったんじゃ。タイト。もう隠す必要はないんじゃないか?」

そう言う。
その言葉にタイトは舌打ちを一回して、

「やはりお前だけは知ってたのか」

と、ヤクヤを半眼で見て言い、

「?」

状況がわからないトールはヤクヤとタイトを交互に見た。

「まあ、お前が今まで黙ってきたことじゃ。俺から言う義理もない。いつか、話したくなったら話せ」

そう、ヤクヤはタイトに言う。

それは、タイトが人間と魔族のハーフと言うこと。

かつての時代には、ハーフなんて数多に居た。
だからこそ、ヤクヤにはタイトの中に流れる血を読み取るのは容易かった。

もう一つは、タイトがリョウタロウと接触していたこと。

ただ、リョウタロウ自身と接触していたかは定かではなかったが、初めてタイトと出会った時に、タイトからかつて敵対した人間の英雄の気を感じ取っていたのだ。

「……」

タイトは息を一つ吐き、

「ジロウと…ユウタが巻き込まれているようだな」

と言う。

「…あのガキんちょ共を知ってんの?」

エメラがそう聞くが、タイトは答えなくて…

「!?シカト?!気に食わないわ!!」

そう、腹を立てるエメラに、

「だろ!?」

と、ラザルが再び掘り返そうとする為、

「だから落ち着けラザル」

ムルが散々ラザルに言い、

「エメラもやめとけ、ややこしくなる」

ラダンがエメラに言い、

「ラダンのくせに黙りなさい」
「せやから、ラダンのくせにってなんやねん!?」

そんな、前にも見たことのあるやり取りにマグロは苦笑した。
そんなやり取りを横目に、

「…ヤクヤ。お前に話がある」

タイトが言い、

「俺に、か。他の連中に聞かれたくない話か?」

ヤクヤが察するように言うので、タイトは無言でヤクヤの目を見る。

「わかった。ちょっと人を待っておっての。それが済んだら落ち合おう」
「…悪いな」

タイトは静かに言い、それからキッチンに繋がる扉を見た。
微かに香る料理の香り。
それを感じ取り、タイトが立ち去ろうとした所で、

「あの…」
「?」

呼び止められてタイトは振り向く。
それは初対面の相手、ウェルだった。

「何だ?」
「あなた、怪我をしていますね」
「ああ、黒い連中とやり合った時のか」

自分でも忘れていたが、タイトはコートの袖の隙間を覗き、手首に残った少しばかりの傷に目を遣る。

「些細な傷でも何があるかわかりません、今の内に治癒しておきましょう」

と、ウェルがタイトの了承を得ずに傷の部分に手を翳した。

「あ、あの天使のねーちゃん、勇気あるな」

トールが驚くように言い、

「ウェルさんはちょっとした傷を見ただけでもすぐに治癒してくれる人やからな」
「なんでラダン先輩が得意気なんですか」

言葉通り、得意気に言ったラダンにマグロはまた苦笑する。

「これで大丈夫。…でもあなた、身体中、傷だらけですね」

治癒術に優れたウェルには、見ずとも容易くわかった。

「ああ。古い傷がほとんどだ。世話になったな」

タイトは治癒してもらった手首に視線を落とし、それからもう一度、キッチンの扉に目を遣ってから、今度こそその場を去る。

「…なんだか、なんでも一人で背負い込むような方ですね」

ぽつり、と。
ウェルはタイトの印象を口にした。
カーラもそうであったが、それ以上にタイトは暗いものを抱えているような、そんな印象だ。

「そうじゃな。あいつはあまり人を頼らん奴じゃからな…まだ歳も若いし、心配ではあるんじゃが…」
「あ!」

ヤクヤの言葉の途中で、マグロが一言、大きな声を出した為、「なんじゃあ?」と、ヤクヤは首を傾げる。

「待ち人来たりですぜ、ヤクヤさん」

と、トールが言った。
ヤクヤが皆の視線の先を見ると、ハルミナとカーラがこちらに向かって来ていて…

「おー、やっと来おったか」

ヤクヤが待ちくたびれた風に言い、

「カーラ!!」

と、エメラが嬉しそうな声を出して翼を出し、彼の元へと猛スピードで飛んだ為、

「なんでやねん!?」

思わずラダンは突っ込みを入れる。

「ちょっ、ちょっとちょっと!エメラ!?」

気付いた時にはもう、エメラはカーラに抱きついていて、当然カーラは慌てていた。

「お待たせしました、皆さん」

そんな二人を気にすることなく、ハルミナはヤクヤ達の方へ行き、

「え、えーっと、嬢ちゃん?あれはほっといてええんか?」

ラダンはカーラとエメラの方を指差す。

「え?」

しかし、ハルミナには嫉妬と言う感情が無いのか、はたまた先程のやり取りでハルミナの方は愛情とまではいかなかったのか、彼女は首を傾げていた。

「騒々しいな」

すると、今度はハルミナ達が来た道と反対方向からネヴェルとカトウが戻って来て…

「わあ!!なんだか大集合って感じですね!!」

カトウが笑顔で言い、しかし、キョロキョロとして、

「でも、まだジロウさんは…」

しゅん、としたように言った。

「…安心して。彼なら今、安静状態にしているだけだから。きっともうすぐ目を覚ますわ」

ウェルが安心させるように言う。

「成功したんですね…!」

ウェルの言葉を聞き、ハルミナはほっと胸を撫で下ろした。
すると、

「ん?そこに居るのは…カーラか?相変わらず女なら誰かれ構わず声を掛けているのか?」

ネヴェルがエメラに抱きつかれたままのカーラに気付き、呆れた声音で言う。

「ネヴェルか!久しぶりだねー、ヤクヤも。なーんか、二人とも変わってないなぁ。ハルミナが世話になったようだね。…って言うか、エメラ離れてくれよ!ハルミナが見てるから!」
「い、や、よ!散々、自分勝手した罰よ!」

なんて、エメラは嫌味に笑って言った。

「ったく…」
「ふふ」
「はは…」

ラダン、ウェル、マグロは小さく笑い、それはエメラなりの最後の強がりであり、諦めなんだろうと気付き、何とも言えない思いでそれを黙認する。

「これだけ人数が揃っていたら、今後の話をしてもよさそうだな」

ネヴェルが言い、

「今後の、ですか?」
「しかし、ジロウを待たなくても?」

ラザルとムルが言って、ネヴェルは首を横に振り、

「アイツは馬鹿だからな。先に話を纏めとく方がいいんだよ」

と、言った。

「今のネヴェルちゃんはジロウさんに、あまあまですからね!」

なんてカトウが言って、

「…ネヴェル、ちゃん?…ふーん、へー…ネヴェルちゃんかー」
「言うなカーラ、殺すぞ」

ちゃん付けに反応し、ニヤニヤ笑うカーラにすかさずネヴェルは言う…

「で?どういう風に話をするんや?」

ラダンがネヴェルを見て聞き、それにネヴェルは一同の顔を見て、

「…魔族、天使、人間が、本当に協力できるか……、まずはそれだ」

ネヴェルのその言葉に、この場に集う種族の違う者達の間に緊張が走り――…

「あ、その前に。あの料理人のガキんちょが、今、料理の支度してるから、話はそれが出来てからでもいいんじゃない?」

そう、緊張感もなくエメラが言ったので、一同はなんとなく肩の力を抜けた。


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