人間界の朝4

ジロウ、ハルミナ、カトウを囲むように蠢く黒い影。
ハルミナは片手を振り上げ、魔術で風を巻き起こす。
それに黒い影の動きが僅かに鈍り、

「ジロウさん!」

合図するようにハルミナは名を叫んだ。

「っ!」

ジロウは英雄の剣をグッと握り、眼前に迫っていた黒い影を一体斬り付ける。

すると、それは意外と呆気なく粉のように消えていって…

「え、え?!こんな呆気ない…」

ジロウが戸惑うと、

「油断しないで!まだまだ囲まれています!」

ハルミナはそう言い、こちらに近付く黒い影の進行を少しでも遅らせる為に風を巻き起こし続けた。

「でも、英雄の剣は天界と魔界の生き物に有効……ですから、やはりその剣は特別です!ジロウさん、その調子で黒い影を…!」

魔術を放ちながら話している為か、ハルミナは余裕無さげにジロウに言う。

「あ、ああっ」

ジロウは頷き、剣の構え、斬り方、何もかもが合っている気はしないが、とにかくがむしゃらに黒い影を斬った。
しかし、ジロウもハルミナも、戦いに集中し過ぎていたようで…

「きゃあ!!」

背後でカトウの叫び声がする!

「カトウ!?」

ジロウが慌てて振り向くと、カトウの背後にはいつの間にか黒い影の姿があり、

「っあ…」

その光景が、レイルの時と重なった。
ジロウはそれを振り払うかのように首を横に振り、

「…カトウ!」

ジロウはカトウの方へ走り、

「くっ…!」

ハルミナは魔術の軌道を慌てて変えようとしたが、

――ドンッ!

大きな音と共に、黒い泡みたいなものが黒い影数体に命中し、カトウの背後にいた黒い影も消滅する…

「…な、なんだぁ!?」

ジロウは呆気に取られて言い、

「テンマ…さん?」

まさか、また彼が助けてくれた?
そう思い、カトウは呟くが…

バサッ…と、黒い羽が上空からヒラヒラと落ちてきた。
そして、

「闇雲に剣を振り回すな。まず貴様はその剣の力を引き出せ」

黒い翼を羽ばたかせながら地面に足を着ける、その声の主、ネヴェルはジロウに言い、

「貴様もだ。少しは攻撃の魔術を覚えろ」

次に、ハルミナに言った。

「ネヴェル!」
「ネヴェル…さん」

ジロウ、ハルミナがその姿を確認しながら名を呼ぶ。

「なっ、なんだよ、助けに来てくれたのか?!」

ジロウが聞けば、

「状況を確認して来た。やはり貴様の、その剣の力が必要なだけだ」

と、ネヴェルは言って。
この短時間で一体なんの状況を確認したんだ?
ジロウとハルミナはそう思う。

「とりあえず、魔界の時より数は少ないな。ならば、俺一人で充分だ」

再びネヴェルは上空を飛び、次に次にと、黒い影を魔術で消滅させていった…

「あ…あいつ、マジ強いな」

光景を見ていることしかできないジロウは驚きながら言う。

「でも、あんだけ強けりゃ…魔界の時……」

もっと早くに黒い影を全て消滅させれたのでは?
レイルも飲み込まれなかったのでは?
ジロウはそんなことを考えてしまい、

「魔界では、やはりネヴェルさんの仲間も居ました。しかし、今この場には、彼が守るべき対象も無い。強いて言えば、英雄の剣のみ。だから、今のネヴェルさんは守りながら戦う必要はない。自由に力を出し切れるんでしょうね…」

ジロウの言いたいことを察しながら、ハルミナは答えを返した。

「あ、あの…」

すると、二人の後ろでカトウが声を掛けてきて、

「な、なんなんですか?!あの黒い羽の人?!そ、それにこの女の子もなんか風を出してましたよね?!じ、ジロウさんも、その剣、ほ、本物…!?」

それは当然の反応だった。
今でこそジロウは慣れてしまったが、ジロウだって昨日まで、カトウと同じ反応をしていたのだから…

「あ、いや、あのさ、カトウ…」

話すべきか、話さないべきか、ジロウが頭を悩ませていると、

「おい、人間の女。貴様もジロウと同じで何も知らないわけか」

あっという間にネヴェルは黒い影を殲滅していたようで、ジロウ達の方へやって来て、カトウにそう投げ掛ける。

「ちょっ、ネヴェル!」

待ってくれよ、と、ジロウが言おうとすれば、

「この際、人間共も無知なままではいかんだろう。おい、ジロウ。どこか話を出来るような場所はないのか?久し振りの地上だが…すっかり面影がないな」

そう、ネヴェルは言った。

(…久し振りの、地上。そっか、昔は三つの世界は一つだったんだっけ…)

ジロウはそれを思い出し、

「う、うーん。オレん家……とか言いたいけど、親もだし、村の人も絶対ネヴェルを見たら驚くぞ。ハルミナちゃんは大丈夫そうだけど、ネヴェルは耳が尖ってるし…」
「貴様が言う村とは、あそこか?」

ネヴェルが親指で方向を指すと、

「あ、ああ。そーだけど…」
「なら、無人だ。そこでいいだろ。行くぞ」
「ん?無人…?」

ネヴェルの言葉にジロウが首を傾げると、

「あの村、黒い影とやらに襲われた後だったぞ。先程、上空から見て回ったが、ほとんどの場所……人間がすでに、黒い影に飲み込まれていたな」
「え……?」

その、ネヴェルの言葉に、ジロウは固まる。
固まって……しばらくしてから、物凄い勢いで村の方へと走り出した。

そんな彼を、ハルミナが慌てて追い、わけもかわらずカトウも着いて行き、ネヴェルはため息を吐きながら飛んだ…

――…
―――……


「魔界……天界……英雄……そ、そんな、神話の中のものが、実在?!」

信じられない、と言う風にカトウは声を上げる。

ジロウの家で、ジロウとハルミナ、そしてネヴェルが一連の話をカトウに話した。

「それに…テンマさんが…わ、悪い人、だったなんて…」

カトウは困ったようにジロウを見ながら言い、

「悪かった。さっきは嘘吐いて…」

先程、テンマとパートナーになった等の嘘を、ジロウはカトウに謝り、「でも」と、ジロウは続け、

「でも、カトウ。まだ、テンマのことはわかんねえよ。あいつが何を考えてんのかわからない。あいつ、あんたを助けたんだろ?だから…オレはまだ、あいつを、信じたい」

そんなジロウとカトウの会話に、ネヴェルは大きく息を吐き、

「それを、あの得体の知れん男の前で言ってやれ。確実に貴様らは死ぬぞ」

そう言った。

「あんたこそ、テンマのこと何も知らないくせに口挟むなよ!」

ジロウが反論すれば、

「貴様こそ、その男とたった半日程度、一緒に行動しただけなんだろ?肩入れする理由がわからんな」
「うぐっ…」

ネヴェルの最もな意見に、ジロウは言葉を詰まらせる。
しかし、そんなやり取りをするジロウの前で、

「…母さんも父さんも…無事、でしょうか…」

カトウは弱々しい声で言って…

「…」

それに、ジロウは答えられなくて。

――…先程、ジロウが慌てて故郷の村に駆け付けたとき、村は静かだった。
家の中にいつも居るはずの父母の姿もなかった。

それは、ネヴェルの言った通りなのであろう。

黒い影に…飲み込まれた。

ネヴェルは銅鉱山でジロウとハルミナの元を去った後、人間界を飛び、人間界のほとんどが黒い影で埋め尽くされていたと言っていた。
それを、全ての話を聞いたカトウは当然、動揺している。

自分の故郷、家族も、得体の知れない黒い影の影響を受けているかもしれない…と。

そして、ハルミナも俯いたままであった。
先程、ネヴェルが言っていた、

――状況を確認して来た。やはり貴様の、その剣の力が必要なだけだ

…の話になる。

銅鉱山でテンマが去った後、ネヴェルが言っていたように、魔界、天界の扉がなぜか開けないらしい。
すなわち、ネヴェルは魔界へ帰れないと言うこと。
この中で扉を開くことが出来るのはネヴェルと、そして。

空間を操ることの出来る、英雄の剣。

「でもよ、ネヴェル。どうやったらこの剣の能力を引き出せるんだ?」

ジロウが聞けば、

「知るか。現に貴様は二度、その剣の力で転移しただろ。貴様がわかるはずだ」

ネヴェルはそう指摘した。

一つは、魔界の城でジロウとレイルがネヴェルとナエラに追われた際、フリーダムの居る場所に転移した。

二つは、レイルが黒い影に飲み込まれた後、魔界から人間界に転移した。

「どちらも、危機的状況…ジロウさんの精神面に反応したのでしょうか?」

ハルミナが顔を上げてジロウを見れば、

「…そう、なのかな」

ジロウは首を捻る。

「とにかく、不本意だが、帰るには貴様を頼るしかない。だから貴様が黒い影とやらに殺られないよう、一時的に手を貸してやる。だが、ジロウ、ハルミナ、貴様らも戦えるようになれ」

ネヴェルに言われ、

「…あなたと手を組むなんて、そんな…」

ハルミナは怪訝そうにネヴェルを睨み、

「なら、ヤクヤにもう二度と会えないまま、人間界で暮らすか?天界に戻れないままでいいのか?それは貴様の勝手だ。好きにしろ」
「あなたは、世界が一つだった頃は…ヤクヤおじさんと仲間だったと、ヤクヤおじさんは言っていましたね。そして、そんな時代の、まるで英雄のような生き残り。なのにあなたは…魔王なんて者の下に就き、長い間、弱い魔族を苦しめて来た」

ハルミナは先日の、魔界の子供が目の前でネヴェルに殺された光景を鮮明に思い浮かべた。

「それが、魔界の仕組みだからだ」

ネヴェルがそう言えば、

「私の大切な人を苦しめるあなたを、私は信用できません」

ハルミナは珍しくキツい口調で言う。

「なら貴様は要らん。こっちはジロウが…」
「ま、待てよ!ネヴェル、ハルミナちゃん!」

二人の険悪なムードになかなかジロウは入り込めなかったが、さずがにマズイと感じ、割って入った。

「今はさ、世界中がどうなってるかわかんないんだ。魔界もヤバい状況だったし、オレ達のこの世界でも、黒い影って奴がいつまた現れるかわかんねえ。オレ達は、今は協力しなきゃ駄目だと思うんだ。まあ、ネヴェルは一人でも大丈夫だろうけど…」

ジロウはハルミナに目を遣り、

「オレは、やっぱり戦いなんて自信ない。多分、ハルミナちゃんもだろ?で、ネヴェルは唯一戦える。だったらもう、現状は皆でやってくしかないよ、な?それに、ハルミナちゃん、ヤクヤのおっさんもだが……天界で助けてくれた天使を助けたいって言ってたろ?」

ジロウは英雄の剣を握り、

「ハルミナちゃんがまたおっさんに会えるように、天界で助けてくれた人にまた会えるように。オレ、なんとか頑張って、この剣の力を引き出してみせる。だからその間は、ネヴェルに守ってもらおうぜ!利用してやったらいいんだよ」
「…ジロウさん」

ジロウの笑顔を見て、ハルミナもつられて微笑む。

「利用、か。言ってくれるな、ジロウ」
「え?あ?!こ、これは言葉のなんとやらってやつだよ!」

睨んでくるネヴェルにジロウは慌て、

「ふん。まあ、貴様らお似合いなんじゃないか?弱者同士でな」
「なっ、なに言ってんだよ!」
「…ネヴェルさん、セクハラ」

ネヴェルとジロウとハルミナが言い合う中、

「私は、どうしたらいいんだろう?」

ぽつりと、カトウが呟いた。それにジロウが振り向けば、

「ジロウさんは平気なんですか?ここは故郷なんですよね。家族も、村の人達も、皆、消えて…」

カトウは目に涙を浮かべていて…
仕方が無いとはいえ、先程からいつも元気な彼女らしくない様子に、ジロウは胸が痛んだ。

時刻は昼を迎える…


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