人間界の朝3
「ジロウさーん!!」
「うをっ!?」
ハルミナと共に銅鉱山から出たジロウ。
「か、カトウ!?あんた、無事だったのか!?」
銅鉱山の入り口には商人であるカトウが居て、なぜか泣きながらジロウに抱きついてきた。
「よっ、良かったー!ジロウさん無事だったー」
なんてことを繰り返しつつ、カトウは泣いたままジロウから離れない。
(じ、女子に抱きつかれるなんてこと、普通あるか?!いや、ない!)
ジロウは頭の中がパニックになっていて、
(はっ!?)
背後の視線に慌てて振り返った。
(ハルミナちゃんが冷めた目で見ている!?)
ジロウに抱きついたままのカトウ。そんな二人をハルミナは冷めた目で見ていて…
「ちっ、違うぞハルミナちゃん!カトウは……」
そこまで言い掛けて、自分は何を否定しようとしているんだ、と、ジロウは思う。
カトウともハルミナとも、そこまで親しいというわけでもないし…
「こっ、こいつはカトウ。商人で……その、なあカトウ。オレ達の関係って、なんだ?」
それすらなんと言っていいかわからずに、ジロウはカトウを見て聞き、
「えー!?ジロウさん酷いですよ、それ!はい!では私が答えましょう!ジロウさんと私は新米同士!そして友人です!!」
カトウはようやくジロウから離れてそう言い、自信満々に言った。
「って……あれあれ?」
次にカトウは、ハルミナを見て首を傾げる。
「ジロウさん、この女の子は?」
カトウが聞けば、
「そ、その前にさ、こっちから質問させてくれ!テンマに何もされなかったか?!」
ジロウは先にそう質問した。
テンマはカトウに怪我の手当てをしてもらったと言っていて…
――彼女、その後どうしたっけなぁ?邪魔だったから、忘れたなぁ…。何か悲鳴を上げてた気もするなぁ
…なんてことを言っていたのだから。
「そ、そう!テンマさん!テンマさんはご一緒じゃないんですか?さっき、ジロウさんが中に居るみたいなことを言って、傷だらけなのに銅鉱山の中へ戻ってしまったんですが…」
「あ、いや、あいつはー…」
ジロウはテンマのことを説明しようにも、ジロウ自身もテンマのことを実際は何も知らない。
「と、とりあえず、何もされなかったってことか?」
ジロウが再び聞けば、
「え?はい。テンマさんは私を助けてくれたんです…」
カトウは先刻の事を話す。
ゴロツキに絡まれたのを恐らくテンマが助けてくれたこととか、急に地面が揺れて、テンマが支えてくれたこととか…
そして、傷が癒えていないのに銅鉱山へ入って行き、後を追おうとしたカトウであったが、入り口が見えない壁に塞がれて入れなかったこととか…
「……な、なんなんだよ、それ」
カトウの話を聞き、ジロウは気が抜けるような気持ちで言い、
(じゃあテンマ。なんであんたはあんな言い方したんだよ。あんたはただカトウを助けただけで……わかんねえ、わかんねえよ、テンマ…。あんたは、本当に、一体…)
ジロウは苦し気にギュッと目を閉じた。
「あ、あの…」
すると、カトウが困ったような声音で言ってきて、
「それで…テンマさんは?」
そう、声と同じく、困ったような顔をして聞いてくる。
「あ、いや、えっと…」
ジロウはなんと説明したものか、と考えた。
天界や魔界の話をしていいかどうかもわからないし、恐らくカトウの中でのテンマは'良い人'なのだ。
「あいつは…もう少し、銅鉱山の中を見て来るってさ…」
ジロウは苦し紛れに言う。
しかしやはり、カトウは疑うようにジロウを見て、
「本当、ですか?あんなに、傷だらけで……それに、この銅鉱山は簡易な…」
「あいつ、オレのパートナーになってくれるんだってさ」
「え?」
ジロウはニコッと笑って言い、その言葉にカトウは目を丸くした。
「だから、オレがしょっちゅう来てるこの銅鉱山を……'新米くんが熱心に通ってるここを、僕も探索してみるよ'…なんてバカにするように言ってさ。あー、あいつほんっと、ムカつくよなぁ」
そう言って、ジロウは笑ったままで…
(ジロウさん…)
ジロウの後ろで、ハルミナは彼の背中を見つめた。
ジロウとテンマ、そしてカトウというこの少女。
三人の関係性はよくわからないが、しかし、ジロウがカトウに心配を掛けないように嘘を吐いている、と言うことだけは、ハルミナにもわかった。
(あー、やっぱ騙されねーか?!)
ジロウの言葉を聞いた後、カトウはぽかんと口を開けたまま固まっていて…
「あ、あのさ、カトウ…」
「そっ……そうなんですね!!ジロウさんとテンマさん、パートナーになれたんですね!!」
しばらく沈黙していたカトウであったが、パァッと目を輝かせ、声を高くして言い、ジロウの手をギュッと握った。
「え、あ、…おう!そうなんだよ!なんとか、パートナーになれたんだ!」
ジロウは一瞬躊躇いつつも、叶わなかったことを、嘘として言葉にする。
「ジロウさんとテンマさん、昨日見て絶対にいいパートナーになると思ってたんです!だから私、なんだか嬉しいですよ!」
言葉通り、カトウは嬉しそうに笑い、握ったままのジロウの片手をブンブンと上下に振った…
そんな彼女を見て、
(ごめんな、カトウ)
心の中でジロウは謝った。
「でもでも、ジロウさん。その可愛い子は誰です?服装も凄く女の子らしいし、髪の色も珍しい…」
カトウはジロウの手を離し、再びハルミナの方を見る。
「え、えーっと…」
これこそなんと説明すべきか…
天使、天界……
ジロウは頭の中でパニックを起こした…
「あ、あの…」
すると、そんなジロウの隣にハルミナは並び、
「…私、興味本意でこの鉱山に入り、途中、足を挫いてしまっていたんです。そこで、ジロウさんが偶然に私を見つけてくれて…それで…」
ハルミナは視線を泳がせながらも、カトウにそう嘘を吐く。
カトウはハルミナとジロウを交互に見て…
「じ……ジロウさん!」
「はっ、はいぃ!ごめんなさいー!!」
大きな声でカトウに名を呼ばれ、ジロウはなぜか思わず謝ってしまって。
「ジロウさん、本当に変わりましたね…!パートナーゲット!人助け!トレジャーハンターにやる気満々!初めて会った日のあなたと全然違います!」
「あ、ありが、とう?」
ハルミナの咄嗟の嘘により、なんとかカトウは騙されてくれた。
ジロウは疑問符を浮かべながらも礼を言う。
「それに、なんだかカッコいい剣をお持ちですね!まあ、このご時世、剣なんて存在しないからレプリカですよねー。それとももしくは、古代の宝だったり?」
カトウは次に、ジロウが手にしている剣…
英雄の剣を見た。
(さすがに普通、目立つよなぁー…)
ジロウは苦笑し、
「ああ、これはレプリ…」
「じ、ジロウさん…!」
ジロウの言葉の途中で、急にハルミナは焦るような声を出す。
「へ?どうし……」
ハルミナの声の方に振り向いたジロウは、言葉を止めた。
「え?!あ、あれ、なんですか!?」
次に、カトウがそう叫ぶ。
視線の先には……
「なんで、なんでオレの、人間の世界にまで、居るんだよっ?!」
ジロウは叫んだ。
それは、先刻までジロウ、ハルミナ、ネヴェルが居た魔界に現れた…
人の形をしている、でも、全身真っ黒な、気味の悪い、黒い影。
それが、いつの間にかジロウ、ハルミナ、カトウの三人の周りを囲っていて…
「なっ、天界の生き物のはずなのに……どうして魔界にも人間界にも…?」
ハルミナは驚きながら言う。
「え?え!?お、お二人はあれを何かご存知で…?」
一人、当然ながら状況の掴めないカトウは戸惑った。
(くっ、くそ!ネヴェルは居ないし…確か、ハルミナちゃんの力も一体ずつ黒い影を消すのがやっとだった!)
ジロウは握りしめている英雄の剣に視線を落とし、
――戦う術を持つくせに、戦わない腑抜けだからだ
先刻の、ネヴェルの言葉が過る…
(戦わなきゃ……カトウと、ハルミナちゃんが。レイルのように…!)
黒い影に飲み込まれてしまったレイルの姿を思い浮かべ、
「か、カトウ!あんたは下がってろ!」
決意するかのようにジロウはギュッと、両手で英雄の剣を握り、構えた。
「…ジロウさん」
そんなジロウの姿を、ハルミナは目を細めて見て、
「私も、精一杯、加勢しますから」
そう、ジロウに言う。
「???」
カトウはただただ、目を丸くしていて、
「カトウ!こいつら蹴散らしたらちゃんと話すから!オレとハルミナちゃんで、絶対に守ってやる!」
そんなカトウに、ジロウは安心させるかのように言ったつもりだが、ジロウ自身やはり、戦いなんてしたことない。
声も腕も足も、情けなく震えていた。
「じ、ジロウさん…」
しかし、状況の飲み込めないカトウではあるが、
「なんか、カッコいいです!漫画のヒーローみたいに!」
悪意なくジロウにそう言ったので、
「マジで?!」
と、ジロウは驚く。
「いけますか?ジロウさん」
ハルミナが言い、
「お、おう!どうしたらいい?!」
ジロウがハルミナに聞けば、
「私が魔術で黒い影の動きを鈍らせます。その隙に、あなたは黒い影をその剣で…」
「わ、わかった!やってみる!」
力強く頷くジロウを、ハルミナは少しだけ微笑んで見つめる。
「…ジロウさん」
「な、何?!」
「……。…カッコいい、です」
照れるようにハルミナがカトウの真似をしたのかそう言うので、
「いいよいいよ、ハルミナちゃん!カトウはあんなキャラだからさ、無理に真似しなくていいぜ!」
「……いえ、真似では…。…!!黒い影が動きます!魔術を放ちますので、ジロウさん、よろしくお願いします!」
「お、おう!」
ジロウはごくりと息を飲み、初めて剣を振るう感覚に、緊張した。
(力を、勇気を貸してくれ、英雄……リョウタロウ…!)