人間界の朝1
テンマは銅鉱山内にある、隠された場所…
英雄の剣があった場所へと足を進めた。
大雑把にカトウに手当てされた傷口がズキズキ痛むが、テンマの表情には余裕があり、心の中もどこか高揚していて…
そして。
「ね、ネヴェルまでなんだよ」
「戦えない奴は引っ込んでろと言う意味だ」
「なっ…!」
聞き覚えのある声がして、テンマは口元に弧を描き、
「あはははは」
思わず、笑ってしまう。
銅鉱山内に、その笑い声は響き、こだました。
すると、英雄の剣があった場所……銅鉱山内にある墓標の地に、三人の姿を見つける。
紫色した髪の、耳の尖った男、ネヴェル。
緑色の髪をした少女、ハルミナ。
その二人に庇われるようにして立つ、もう一人の少年…
トレジャーハンターであるジロウが真っ先にテンマに反応を示した。
ジロウがリョウタロウによって英雄の剣と共に魔界に落とされたのは、つい、昨日のこと。
「まさか、たった一日で帰って来ちゃうなんて、君って奴は期待を裏切らないね。リョウタロウもがっかりするだろうね」
テンマは嘲笑うように言い、
「て……」
ジロウが何かを言い掛けたが、テンマは言葉を止めない。
「しかし、おやおやこれはまた、妙な生き物を二人も連れて」
テンマはネヴェルとハルミナを交互に見て言った。
そのテンマの言葉に、態度に、理由のわからない威圧感に、ハルミナとネヴェルは意識を集中させる。
しかし、そんなのはお構い無いと言う風に、テンマの興味はジロウ、もしくはジロウが大事に腕に抱えたままの英雄の剣にしかなく…
「あはは、君は本当に、面白い。ねえ、新米くん」
「……テンマ!!」
ジロウはその名を、怒りみたいなものと、疑問みたいな気持ちを含めて叫んだ。
(テンマ……成る程。こいつがジロウの言っていた、英雄の剣を再び世に出し、英雄の剣を欲しがっている男。しかし、なんだこいつは…。人間の気も、ましてや、魔族、天使の気すら感じられん)
ネヴェルはじっ、と、テンマを睨む。
その隣で、ハルミナも同じことを考えていて…
「テンマ。オレは魔界で色々聞いたんだ。リョウタロウが英雄ってことや、この剣のことや、世界が元は一つだったこととか、色々……でも、あんたはなんなんだ?あんたは、何者なんだ?」
ジロウは困ったような表情をして、テンマに問うように言った。
「ふーん……昨日までの君は知識不足だったのに、たった一日で結構な知識を得たんだね」
ククッ、と、テンマは笑い、
「まあ、悪魔ネヴェルと異分子ハルミナが居るし、色々聞いたのかな?」
「!?」
名を…そして、肩書きまでもを出されたネヴェルとハルミナは驚く。
「あ、あなたは……一体」
ハルミナが言い、
「俺は貴様を知らないが?」
ネヴェルもテンマに言って、
「あれ?知らない?知らないか。所詮、君達もその程度ってことだな」
「貴様…!」
先程から小馬鹿にしてくるテンマの言動にネヴェルが動いた。
魔族が英雄の剣に唯一対抗できる紅い剣を取り出し、それをテンマに向ける。
「魔剣か。所持者は昔から君のままだね」
テンマは紅い剣を魔剣と呼び、余裕そうに口元に笑みを称えたまま右手をネヴェルの眼前に突き出した。
「なん……」
魔剣はテンマに向けて振り上げられたが、それより早くテンマの右手が光り、それは雷だろうか、炎だろうか。
激しい爆発を生み、ネヴェルは銅鉱山の岩壁まで吹き飛ばされた。
「ネヴェル!?」
魔界で強いと称され、圧倒的な威圧感を持つ男があっさりと…
ジロウはネヴェルの方へ行こうとしたが、
「動かないで下さい!ジロウさん!」
ジロウを庇うようにして立ったままのハルミナが叫ぶ。
「ハルミナちゃん!?」
自分の前に立つハルミナの背中を見て、ジロウは驚いた。
彼女は全身をガタガタ震わせながら、その場に立っている…
「いっ……一体、あなたは…」
震えた声でハルミナは再びその質問をした。
「なんだっていいじゃないか。それより僕は新米くんに用があるんだ。邪魔するなよ、異分子風情が」
テンマが冷めた口調で言い、遠距離から右手を掲げる。
「!!」
ハルミナは慌てて何か呪文を口ずさむが…
「遅いなぁ、もう」
テンマはニコリと笑い、再びその手から爆発を生み、それはハルミナにのみ当たった。
「っあ!?」
小さなハルミナの悲鳴と共に、ネヴェルと同じようにハルミナの体は岩壁に吹き飛び、ぶつかってズルズルと地面に落ちる。
「ハルミナちゃん!!」
「やっと邪魔なのが居なくなったな」
テンマは言いながら、ジロウに少しずつ近付いて来た。
そんなテンマを、ジロウは瞳を震わせながら捉え、
「…て、テンマ、あんた、なんて酷いこと…」
「酷い?酷いのは君じゃないか、新米くん。君が英雄の剣を早く僕にくれないから」
「なんで、なんでこの剣が欲しいんだよ!?」
ジロウが叫べば、
「言っただろう?長年、僕は追い求めていたのさ」
テンマは歌うように、語るように、両手を大きく広げる。
「そして、君がようやくここまで辿り着かせてくれたんだ。君のお陰だよ、新米くん」
その言葉に、ジロウは息を飲んだ。
――無数に結界が張られていたからね。僕が触ったら、ちょっと僕が危うかった。で、君が剣を抜いて結界を解いてくれた。
昨日のテンマの言葉を思い出す…
「僕は絶対にここに辿り着けなかった。なぜなら僕は全てを奪われたから。存在自体も、歴史に残されない程に…」
「…?」
テンマが何を言っているのか、ジロウにはわからない。
「さあ、新米くん、剣を…」
「り、リョウタロウはどうしたんだ?」
ジロウはそう尋ねた。
「オレは、あんたと、そしてリョウタロウと、話をしたいんだ。じゃなきゃ、わかんねえよ…」
「…彼は死んだよ」
テンマは首を横に振り、そう言う。
「嘘だ!リョウタロウは、不老不死……なんだろ?」
レイルから貰ったノートに書かれていたことを思い出し、ジロウは反論する。
「不老不死、しかし、不死身ではない」
それに、テンマが答えた。
「ま、まさか、テンマ、あんた…」
「おっと、勘違いしないでよ。僕は手出ししてない。むしろ、僕が殺されかけていたろ?ほら、思い出しなよ、リョウタロウは君を魔界に落とす時、なんて言っていた?」
促され、ジロウは考える。そして、
「俺に残された最後の力だ…?」
リョウタロウが言っていた言葉を復唱した。
「そうさ。君を魔界に落とした力こそが、負担だった。英雄の剣なしに、リョウタロウは自らの力で魔界の扉を開いたのだから。空間を弄れるその剣を持ってこそ、彼は英雄だったのだから」
「……」
ジロウは英雄の剣を見つめる。
(英雄は、そんな剣を、オレに…?)
自分には重過ぎる剣を、ジロウはぐっと握った。
「……テンマ、オレはあんたにこの剣を、渡せないよ…」
「なぜ?」
「あんたは、平気で人を傷付けちまう。そんな奴に、こんな危険な剣を、渡せない」
「それだけ?」
ふーん、と、つまらなそうにテンマは言う。
そんなテンマをジロウは真っ直ぐに見て、それから、黒い影に飲み込まれたレイルを思い浮かべた。
「リョウタロウだけじゃない。この剣を護れって、強く、言われてるんだ」
レイルはジロウにずっと言っていたから。
貴方はこの剣を護らなければならない、と。
事ある毎に、レイルは言っていたから。
「だからテンマ。ちゃんと話してくれよ。あんたは何者なんだ?何を、しようとしてるんだ?」
その問い掛けに、
「君達はそれしか言えないのか?それしか聞けないのか?もういいよ、飽きた」
「テンマ!話を…っ…」
テンマはネヴェルとハルミナにしたように、ジロウに右手を向ける。
ジロウは身を守るように剣を構えるが、
「君に興味はあったけど、必要なのは君じゃない。英雄の剣だから。じゃあね、新米くん」
言葉通り、どうでもいい、なんて表情と声音でテンマは言い、右手から光が出て…
(ばっ、爆発する…!)
ネヴェルとハルミナの時を思い出し、ジロウは咄嗟に目を瞑った。
「……がっ!?」
しかし、テンマのそんな声がして、ジロウは恐る恐る目を開ける…
「チッ……避けたか」
「ネヴェル!!」
気を失っていたはずのネヴェルがテンマの背後に立ち、紅い魔剣を握っていた。
しかし、避けたか、と言っているが、魔剣はテンマの右腕を貫いていて…
ドクドクと、血が流れ出ている。
だが、岩壁にぶつかったネヴェルも、額からダラダラと血を流していて…
「…悪魔。ああ成る程。わざと僕に吹き飛ばされて、好機を狙ってたのか?」
テンマは面白い、と言う風に笑い、
「さてな。貴様の存在がわからん。何をしてくるか、予想すらつかないからな」
ネヴェルはそう答える。
ジロウは血を流す目の前の二人のやり取りを、おろおろしながら見ているしかなかった。
「ジロウ、何をしている!早くこいつを殺れ!!」
ネヴェルがそんなことを言い、
「や、やれって……」
「俺が足止めしてるだろう!今の内にその剣でこいつの心臓なりなんなり突き刺せ!俺が剣を引き抜けばこいつは瞬時に動く!だから貴様が殺れ!」
「なっ…」
ジロウは、ネヴェルがテンマの右腕を貫いたままの魔剣に目を遣る…
「じ、ジロウ、さん…」
派手に岩壁に全身をぶつけ、ようやく意識が戻ったハルミナはよろよろと立ち上がる。
「で、出来ねえよ!こっ、殺す……なんてっ!」
「腑抜けが!」
ネヴェルに早くしろ、殺れ、繰り返し叫ばれるが、ジロウは涙をぼろぼろ溢し始めた。
「だっ、だってよぉ、テンマは……」
「パートナーだから?」
すると、テンマがジロウの言葉の続きを紡ぐ。
「てん…」
「ねえ、この傷さ、誰が手当てしてくれたと思う?」
すると、テンマは昨日リョウタロウにやられた自らの身体中の傷を指した。
大雑把に包帯が巻かれたり、絆創膏が貼られたり…
しかし、いきなり何を、と言う風に、ジロウは首を傾げる。
「商人さん、だよ」
「……!!カトウが…?」
その人物に、ジロウは驚いたが、
「それがどうし……」
「彼女、その後どうしたっけなぁ?邪魔だったから、忘れたなぁ…。何か悲鳴を上げてた気もするなぁ、まあ、興味ないけど」
「!?」
そんなテンマの言葉に、ジロウは嫌な予感だけが駆け巡り…
「か……カトウに何したんだ――!!?」
気付いた時には、ジロウは英雄の剣を不慣れな手付きで振り上げていた。
気付いた時には、テンマは嫌にニヤニヤと笑っていた。
気付いた時には……