英雄がいない世界で1
あの日から、ほんの数年が経ちました。
誰かの願いで再構築されたこの世界。
一つに戻ったこの大地。
世界中が緑に溢れています。
私たちはその理由を目の当たりにしていたから知っていますが、黒い影に飲み込まれていた人々は当然、戸惑いや驚きを隠せませんでした。
だって、今の人間は天使や魔族を神話でしか知らなかったんですから!
……まあ、私もそうだったから気持ちはよくわかります。
天使や魔族も当然、百年も前のあの事件があったから、相容れるわけがありません。
また、振り出しに戻るのか……私はハラハラしていました。
ですがそこで、ネヴェルちゃん、ハルミナさん、そういった人達が飲み込まれていた人々に全てのことを話しました。
それでも、やっぱり皆、納得はいきませんし信じてはくれません。
だから、結局今も、一つになった大地は三つにわかれたままです。
大地の中央に人間界。
東に魔界。
西に天界。
また、いつ争いが起きるかわかりません。
だから、分かり合える日が来るまで……
私達のように、人間、天使、魔族、皆が分かり合える日が来るまで……
まだしばらく、共存は難しいです。
でも、少しずつではありますが、人間界で魔族や天使の姿を。
天界で人間や魔族の姿を。
魔界で人間や天使の姿を見るようになってきました。
「商人として世界を周りながら見てきました。だから、ちょっとずつ世界は良くなってきてますよね!」
「…そうだな」
商人としての道中、魔界に立ち寄ったカトウの言葉にネヴェルが頷く。
「それにしてもネヴェルちゃん、久し振りですよね」
「そうか?人間とは時間の流れが違うからな…だが、そうだな。お前は少し変わったな」
ネヴェルがそう言えば、
「……おー!嬢ちゃん久々じゃのぉ」
「ヤクヤさん!」
と、ヤクヤが手を振りながらこちらに来た。
「って……ヤクヤさん、なんだか……変わりましたね?綺麗になった??」
不思議そうにカトウが言えば、
「綺麗になったとはなんじゃ!失礼じゃの……俺がどう見えておったんじゃ…」
不服そうにヤクヤが言い、
「まあ、仕方ないだろう。なんたってこいつはまぁ、苦労して……」
ネヴェルの言葉の途中で、
「ヤクヤ!仕事の途中で何処に行っているんですか!…あれ?貴女は……」
次に現れたのはレイルだった。
「あ!レイルさん、でしたよね?お久し振りです!」
カトウはペコッと頭を下げ、
「ええっと……風の噂で聞きましたが、魔界の王様になったんですよね」
「はい。私はネヴェルに任せたかったのですが…」
レイルが苦笑してネヴェルに目を遣れば、
「俺には向いていないからな。それに、レイルの父は王だったのだからな。あいつの息子なら、妥当だ。……それに、以前は弱々しかったが、黒い影から解放されてからは、レディルに似てきた…」
ネヴェルはそう言ってヤクヤを見ると、
「そうなんじゃよ、人使いが荒いんじゃよ!」
「ヤクヤ、貴方はまだそこまで年寄りじゃないんですから、その口調もやめて下さいと言ったでしょう。フリーダムは解散して、貴方は今、王直属の護衛役なんですよ」
「うっ……ぐぐぐ」
そんなヤクヤとレイルを、
「……本当に、あの頃に戻ったみたいなんだ」
ネヴェルは優しい口調でそう言った。
ーーあの日、巨大な黒い影から人々が解放された時、私の両親も居ました。
そこで、初めてレイルさんにも会いました。
レイルさんはジロウさんと魔界で会ったことがあるらしく、あの日、レイルさんは凄く泣いていました。
ジロウさんが、救ってくれたと……
でも、レイルさんは父であるレディルさんの意思を継ぐように、王として魔界の人々を束ねようとしている……
そんな思いを見せはしないけれど、きっと今もまだ、レイルさんはジロウさんを待っているはずです。
そして、そう。
ヤクヤさん率いていたフリーダムは解散したのです。
だってもう、人々は自由だから!
フリーダムと言えば、トールさんですよね。
トールさんは今、ヤクヤさんの元を離れ、タイトさん、ムルさん、ラザルさんと行動しているんです。
トールさんとムルさんは最初、ヤクヤさんと一緒にレイルさんを支えると言っていたそうですが、それをヤクヤさんが拒否しました。
「お前達はまだまだ若い。魔界で苦しんだ分、自由に生き、自由に世界を見てくるのじゃ」
ーーと、言ったそうな。
でも、ラザルさんはわかりますが、なぜタイトさんが居るのかといえば、トールさん、ムルさん、ラザルさんは魔界での暮らししか知りません。
でも、タイトさんは一応ヤクヤさん率いるフリーダムの一員であり、人間であり魔族です。
ヤクヤさんは人間界での生き方も知っているタイトさんに三人を託しました。
タイトさんは当然、嫌な顔をしていましたが、それでもーー……
「はぁー、疲れましたぜー」
「うわっ、何これうまっ」
「……確かに」
「……」
魔界と人間界の間にある、とある食堂。
各々好き勝手言ったり、食事に夢中になっているトール、ラザル、ムルの様子を、テーブルに肘を立て、頬杖をつきながらタイトは見ていた。
三人は今、タイトの仕事を手伝いながら一緒に居る。
「しっかしタイト、弟の生活費稼ぐために大変なことしてたんだなー、見直しましたぜ」
トールが言った。
大体は力仕事が多い。荷物や物を運んだり、物を作ったり、事務的な仕事をしたり……
しかしタイトは息を吐き、
「お前達の為にこっちは一番稼げる仕事を辞退したんだ……おっさんの奴、俺にこいつらを押し付けやがって、いつか殺す」
ブツブツと悪態を吐いた。
「でも、タイト。ユウタの所に帰らなくていいのか?まだ、ちゃんと説明もしていないんだろう?」
ムルが言う。
三人は共に行動している内に、タイトからユウタの話を聞いた。いや、無理やり聞かれ、タイトが嫌々話したーーと言うべきか。
タイトは未だに、ユウタの為に行ってきたことを彼に話していない。いや、生涯、話すつもりはなかった。
ただ……こうやって、金を稼いで仕送りを送ることは続けている。
全てが終わったあの日、あの後も、タイトは結局、ユウタの前から何も言わずに姿を消したのだ。
「……帰ると言えば」
タイトは肉を頬張り続けるラザルを見る。それにムルも気付き、
「ああ……ラザル。お前、ウェルといい雰囲気だったろう。お前、挨拶もしなかったらしいな。彼女、寂しがっていたぞ?」
「ぶっ……」
「きっ、汚いですぜ!」
ラザルは思わず吹き出してしまい、慌てて水を飲んだ。
「ありゃあちげーよ!?オレとあの天使女はなんでもないっての!」
「そうか?お前、彼女の言動にたじたじだったろう?」
「お熱いですぜー」
「いい加減にしろよ!?」
三人の騒がしい声の途中で、
「そう言えば、次は天界方面での仕事も入っている。その後で会いに行けばいい」
なんて、普段クールなタイトにまで言われてしまい、ラザルは固まる。
そうして再び、ムルとトールはラザルを茶化し出した。
タイトは小さく笑う。
今までは、独りで生きてきた。
仲間とつるむことなく、ただ、独りで。
(お前はどうしている?スケル)
幼き日、共に過ごした友を思う。
リョウタロウ、レーツ、ユウタ、そしてジロウ。
(いつだって俺は……何も救えはしないな)
そう思い、目の前で馬鹿騒ぎする三人を見て、呆れるようにため息を吐いた。
ーーあれからまだ四人にお会い出来ていませんが、新しい世界を楽しく生きれていたらいいなって思います。
「ハルミナ達は元気にしているか?」
ネヴェルとカトウは魔界の集落を歩き、
「はい!また、魔界に遊びに行くと言っていました!」
カトウは自分が天界を訪れた際に見てきたハルミナやカーラ、ミルダ達の様子をネヴェルに話した。
そうこうしているうちに、集落の端にある墓地に辿り着く。
ーー全てが終わったあの後。
ネヴェルちゃんはようやく、ゆっくりとメノアさんに再会できました。
そこには戸惑うナエラさんの姿もあり、ネヴェルちゃんはナエラさんに全てを話していました。
私はあの日、初めてネヴェルちゃんが泣く姿を見ました。
ずっとずっと、メノアさんとナエラさんに、謝り続けていました……
そしてこの墓地には、メノアさんの亡骸も埋まっています。
「ナエラも元気にしているか?」
ネヴェルに聞かれ、
「……はい。でもやっぱり、まだ少し本調子じゃないかな、と言うのが事実です」
そう、カトウは答え、
「それに、彼も目覚めないままです」
「そうか…」
ネヴェルは息を吐く。
ーーナエラさんはあれから、人間界で暮らしています。
帰って来た、目覚めないあの人と共に。
「……だが、お前はあれで良かったのか?ナエラに任せて…あれは、テンマかもしれないだろう?」
ネヴェルに聞かれ、カトウは晴れ渡る空を見上げた。
「わかりません。彼が、誰なのか……でも、これで良かったんです。だって、私は商人だから!」
カトウは空を指差し、
「いつか、ジロウさんとテンマさんが帰って来て、お二人がパートナーとしてトレジャーハンターになって、私は商人として、そんなお二人を支えるんです!だから、私は立ち止まってはいられません!だから、眠ったままの彼の隣には居られないんです」
それが本心か、強がりかーーネヴェルにはわからなかったが、それ以上は聞かなかった。ただ、
「…そうか」
と、頷く。
「たまには、ナエラさんの顔も見に行ってあげて下さいね」
「ああ。落ち着いたら、行くさ」
ネヴェルも今はヤクヤと同じくレイルを支える臣下の一人だった。
タタタッーーと、ネヴェルとカトウの横を小さな影がすり抜けていく。
それは、魔族の子供。
その子供は手に花を持っており、墓の一つ一つに供えていった。
それを終えた子供は、ネヴェルとカトウをチラリと見て、小さく頭を下げて走り去り、カトウはその子に手を振る。
「あの子、まだ続けてたんですね」
と、以前、カトウが魔界を訪れた際にも今の子供は同じことをしていた。
「一体、ジロウは何を願ったんだろうな…」
ネヴェルは目を細めて静かに笑う。
今の子供は、以前の魔界でネヴェルが初めてハルミナに会ったあの日、殺めてしまった子供だった。
それ以外にも、テンマによる魔王の命により命を奪われた人々までもが大地に甦っていた。
そこに、メノアやレディルの姿はありはしなかったが……
「きっと、ジロウさんは魔王……テンマさんの行いにより傷付いた人達も救いたかったんじゃないかなって思うんです」
「ん?」
「手を汚すことになってしまった、ネヴェルちゃんやナエラさん達のことも。でも、メノアさんやレイルさんのお父さんは……」
カトウが言葉を詰まらせると、
「そうだったとしたら、きっと恐らく、二人の魂はあのような形であれ、納得して生を終えたのかもしれない。それに、メノアもレディルも、生き返りたいなんて、望みはしなかっただろう」
ネヴェルはそう思う。
「今はただ……メノアやレディル、それにリョウタロウ達の為にも、俺達はジロウが願ったこの世界を守っていかねばならんな」
「…はい」
カトウは大きく頷いた。
「さて!じゃあ、私はそろそろ次の場所に行きますね!」
カトウが伸びをしながら言い、
「世界中を周るお前だ。次に会うのはまた、何年か後だな」
それにカトウは頷いた。
友が去り、ネヴェルは一人、メノアの墓を拝む。
そしてーー……