青年の気掛かり2・ただの人間がいた

「ネヴェル。メノアには、本当に感謝しているんだ」

そう、リョウタロウに言われてネヴェルは不思議そうに彼を見た。

「あの時、あの絶望しかなかった空間で、彼女は一人、違う未来を見ていた。彼女が問い掛けてくれた言葉を、あの優しい
声を、俺は今でも覚えている」
「……」
「敵も味方も関係ない。彼女はこんな俺でさえ、苦しみから救おうとしてくれた。今さら何を言おうが遅いが……本当に、感謝している」

それを聞いたネヴェルは目を閉じる。

「伝えておくよ、メノアに。遅くなってしまったが、ようやく……会いに行けるから」
「……ありがとう」

リョウタロウは小さく礼を言い、

「さあ、そろそろ行くがいい。空間を切り開こう。魔剣と聖剣も置いていくがいい……英雄の剣共々、もはや過去の物だ。もう、人間だ、天使だ、魔族だーーそんな時代は終わるはずだ。全て俺が、持っていこう」
「……」

言われて、ネヴェルとハルミナは顔を見合わせ、それぞれの剣を地面に突き刺した。

「リョウタロウさんは……どうなるんですか?」

ハルミナが聞けば、

「この空間はテンマの憎しみから出来上がった空間だ。だが、ジロウはテンマに勝った。なら、この空間は時期に滅び去る。俺の魂も似たようなものだ。もう、繋ぎ止めるものは何もないだろう」

リョウタロウは英雄の剣を握り、空を切るように振りかざす。

「生き残った者達よ。生きる者達よ。この英雄の剣にこめられたジロウの願いを受け止めてくれ。そして、ジロウのーー…ジロウとテンマの帰りを待ってやってくれ。そして……」

英雄の剣が輝きを放ち、リョウタロウはその光に目を細めながら、

「俺が歪めてしまった世界を懸命に行き、全ての元凶である俺に赦しを与えてくれて、本当にありがとう。もう二度と、英雄など必要のない時代が続くことを、願っている」

そう言って、リョウタロウは笑った。
ジロウに似た、心からの、あの笑顔だったーー…

その場に居た者達は皆、光に包まれてリョウタロウの目の前から消える。

「リョウタロウ」

いつの間にかリョウタロウの後ろにはレーツが居て、リョウタロウは振り返った。
レーツはその場に座り込んでおり、その膝には眠る息子の姿があった。
リョウタロウは大切な二人の傍へと歩み、二人の傍に腰を下ろす。

「…これで本当に、終わりだな」
「ええ。色々あって、私達の時間は歪み、もはや魂だけの存在ですが……この子は、私達の息子は、まだ生きている」
「ああ」
「私達は消えるけれど、この子は仲間達の元に還してあげなければ」

レーツはそう言いながら、愛しげに息子の髪を撫でた。

「…最期まで、言えなかったな。俺達が親であることを……テンマの魂の一部から生み出したということを…」
「ええ……でも、大丈夫。真実を知らなくても、この子にはこの子を大切に思ってくれる人達が居る。たとえ伝わらなくとも、私達はこの子をずっと愛しています。……リョウタロウ」
「なんだ?」
「ジロウは先刻、こう言っていたのです。世界が平和になった時、そこに私達が居ていいんだと。私達を救いたいのだと」
「……そうか」

リョウタロウは寂しそうに微笑む。
けれど、レーツはリョウタロウを見つめながら昔のように優しく微笑み、

「けれど、私は幸せです。最期まで、君と居れる。離れ離れだったけれど、ようやく、君と同じ場所に、二人で逝けるのですから。叶わなかったはずの幸せを、ジロウが運んでくれた……そう、思うのです」
「……レーツ」

リョウタロウは輝き続ける英雄の剣を静かに見つめ、

「つくづく思うよ。俺は……ただの人間だ」

そう言ったリョウタロウに、レーツはくすりと笑い、

「知っています」

と言い、

「俺は、優柔不断で弱い、ただの人間だ」
「知っています」
「…犯した罪ばかりを重要視して、本当に大切なものを手放してきた」
「知っています」
「…ただの人間として、人として老い、人生を終える君の傍に居てやったら良かった。俺が君とジロウと生きることから逃げたから……君もジロウも、今、ここに居る」
「いいえ、リョウタロウ。時間は歪んでしまいましたが、私はここに居れて良かった。なぜなら、立派に成長した我が子に会えたから。スケルやタイトにも、出会えたから。そして、なぜなら……」

レーツはリョウタロウを見つめ、

「生前、救うことの出来なかった君の苦しみが、今、ようやく解放されたのだから。やっと、君が救われたのだから……」

パリン、パリンッ……
空間の揺れと同時に、役目を終えたかのように英雄の剣、魔剣、聖剣ーー……それらの刃に亀裂が走り、ゆっくりと、粉々に砕けていく。

百年も前の、あの争いにようやく終止符が打たれる。

リョウタロウは自分の生きた日々を思い浮かべ、そしてーー……

「君が居てくれて、良かった。君に会えて、本当に良かった。ありがとう、レーツ。ありがとう、ジロウ。そして、テンマ……ありがとう」

リョウタロウとレーツは寄り添い、レーツは膝枕したままの息子の髪を撫でたまま、

「幸せにおなりなさい。君が幸せであれば、私達は安心して君を置いて逝けます」

そう、優しい声で言った。

「レーツ。もし、生まれ変われたのなら、今度はちゃんと、君を、幸せにするよ」
「……くどいですよ、リョウタロウ。私は幸せだったと何度も……」
「いや……今度は陽の光さえ届かない銅鉱山の地下深くではなく、陽の光が当たる場所で……今度は、始めから終わりまで、君の隣で生きて、普通の人間として生きて……普通の人生を、歩もう」
「……」
「君達を、本当に愛しているよ。昔も今も、これから先もーー…」
「……」

レーツは目を大きく開け、瞳を震わせる。しかし、すぐにまた微笑み、

「……知っています、知っていますよ、リョウタロウ。君の想いは昔も今も、ちゃんと、知っています」

そう言ったレーツに、リョウタロウも微笑み返した。



空間は光り輝き、テンマの憎しみから出来上がった巨大な黒い影は、跡形もなく消え去った。
三種の剣を、百年も前の過去を共に連れ去って……

互いの幸せと、息子の幸せを願い、二つの魂はようやく解放された。

全てを赦され、全てから解放された英雄は、もはや英雄ではない。
ここに居たのは、愛した女性と息子を想った男。

ただの、人間がいた。

ーー……
ーーーー……

「な、なんだ?!影が消えたぞ!?」

巨大な黒い影の外、滅びを迎えようとしていた大地でラザルが驚きの声をあげる。
巨大な黒い影は忽然と消えたのだ。

「中に居る奴らはどうなったんや?!」

ラダンが言い、

「あれは……?」

ウェルが何かに気付き、その視線の先には粒子状の光が無数に広がっていて……

「あれは……英雄の剣の光?」

カーラが言えば、カトウとユウタが顔を見合わせて、

「もしかして……」
「ジロウ!?」

そう、期待に胸を膨らませながら言えば、光の中から沢山の人影が見えた。

それは、飲み込まれた人々。
そして、ネヴェルとハルミナーー…ミルダ達。

それにまず、

「……ミルダ……先輩、……フェルサ…?」

と、カーラが驚きを口にする。

「……マシュリ先輩…………」

気を失った彼ーー否、彼女の姿に、生きていたマシュリに、マグロが声を震わせた。

「……」

ヤクヤはレディルに瓜二つである彼の息子ーーレイルの姿を見つける。
以前、レイルに会った時は少しの懐かしさしか感じなかったが、今はなぜか、かつてのレディルの言葉の数々がヤクヤの中に溢れ出していた。

「……じ、ジロウは……?それに……」

ユウタは視線を泳がせ、ジロウと、そしてテンマの姿を捜す。
それに、ハルミナは唇を噛み締めたので、

「……う、嘘だろ……?」

ユウタは小さく言い、ネヴェルはカトウとナエラを見た。
だが、カトウがゆっくりと、ネヴェルとハルミナの方に足を進めて来てーー……

「カトウ……約束を……」

ネヴェルが言おうとすれば、

「二人とも、無茶したんですね!ボロボロじゃないですか!」

予想に反して彼女はいつも通りの声音で言ってきて、

「…わかってますよ。ネヴェルちゃんとハルミナさん、二人の顔から希望は消えてない。きっと、ジロウさんと何か約束したんですよね?」

ネヴェルとハルミナは静かにカトウを見た。

「はい、ネヴェルちゃん!荷物らしく、バッチリ預かってましたよ!」

と、ネヴェルの首もとに、預かっていたペンダントを掛けてやる。

「カトウ……お前……」
「ネヴェルちゃん、そんな顔、らしくないですよ!私、信じていますから!だから、本当に……ありがとうございます、ネヴェルちゃん、ハルミナさん。お二人が無事で、良かった…」

カトウはそう言って、満面の笑みを浮かべた。
その瞬間、影に覆われていた大地や空、ひび割れた世界に光が溢れる。

青空が戻り、大地には草木が一斉に生え出したのだ。

「な、何よ、これ」

エメラが瞬きを数回しながら言えば、

「…英雄の剣に願いをこめた、と話していたな」

ミルダが言い、

「……じゃあ、これがジロウさんの、願い…?」
「あいつの、望んだ世界……」

ハルミナとネヴェルが言う。

「…これが、世界。綺麗……ですぜ」

魔界しか知らず、一つになった世界もまだあまり見れていなかったトールは、緑豊かな大地や美しい花畑に見惚れた。

「……」

タイトとスケルは静かに空を見上げ、

「ようやく……逝けただろうか」
「……どうだろうね」

誰とは言わないが、二人はリョウタロウとレーツを想う。

「……ん?ナエラ?」

と、ムルが不思議そうに言った。
ナエラが急に、ゆっくりとどこかに向かって歩き出したから。

「……あれは…」

ハルミナが驚くように口許に手を当て、

「……」

ネヴェルは眩しそうに目を細める。

ナエラは花畑の中に座り込んだ。
花畑の中で、仰向けになり、眠っている人影があったから。

たまらず、カトウはネヴェルの胸に飛び込んだ。ネヴェルは少しだけ、寂しそうな表情をして、震えているカトウの体を受け止める。

ハルミナはミルダの傍に寄り添い、ネヴェルと同じような表情をした。

いや……
その場に居た誰もが、そうだったのかもしれない。

ナエラは仰向けに眠る人の銀色の髪を優しく撫で、

「お帰り、ジロウ…」

ーーどんな形であれ、必ず帰って来る。絶対に。約束だーー

「約束、守ってくれたんだね…」


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