少女の幸福の在処2・青年の気掛かり1

「その声は……」

英雄の剣から響いたリョウタロウの声にミルダが反応する。
そして、英雄の剣の前に、ぼやけたリョウタロウの姿が現れた。

「リョウタロウ……貴様、まだ存在していたのか?」

ネヴェルは驚くように彼を見つめ、

「そういえば、ジロウさんはレーツさんの声が聞こえたと言っていましたよね」

ハルミナが思い出すように言う。すると、

「……もう、全部終わったんだ」

リョウタロウがそう口を開いた。

「だから、英雄の剣の最後の力で……お前達を外に出す」
「終わっただと?」

ネヴェルはリョウタロウを睨み、

「ジロウはどこだ?テンマは?」
「……」

ネヴェルの問いに、リョウタロウは目を細め、

「ネヴェル、頼む。今は…黙ってここから出てくれ。ジロウの願いだ」
「ど……どういうことなんですか!?」

なんの説明もなく、ハルミナは困惑の声を上げる。

「ジロウは……あの子のことだ。必ず帰る…とでも言わなかったか?」
「…っ」

リョウタロウが落ち着いた声で言い、ハルミナとネヴェルは言葉を詰まらせた。

「なら、あの子を信じてくれるのなら、あの子は約束を守るだろう。必ず、帰るだろう……お前達の居る場所に……」

そう言いながら、リョウタロウは英雄の剣に視線を落とし、

「そして……この剣にはジロウの願いが込められている。これだけは伝えておこう。ジロウはテンマに勝った。俺はその願いを解放する。それがどんな願いなのかは、俺にもわからないがな……」
「……」

リョウタロウは知っている。ジロウとテンマがどうなったのかを。ネヴェルもハルミナもそう感じた。
だからこそ、何もわからないままここから出るなんて出来なかった。

「リョウタロウさん……お願いです!ジロウさんを、テンマさんを待っている人達が居るんです。約束したんです、私たち二人で、ジロウさんとテンマさんを連れて帰るって」
「ジロウはテンマに勝ったと言ったな?ならば、少なくともジロウは無事なはずだ。手ぶらで帰っては……泣く奴らが居るんだ」

ハルミナとネヴェルは必死にリョウタロウに訴えたが、リョウタロウは首を横に振る。

「すまない……今は、あの子を信じてくれとしか言えない。ジロウはテンマに勝った。全て終わった。それは確かだ。しかし、そこから先が、わからない」
「……?」
「ジロウとテンマは意識を失い、俺は英雄の剣と共にここに飛ばされた。直前、ジロウは英雄の剣に何か願いを込めたんだ。ただ、確かなのは……」

リョウタロウはネヴェルやハルミナ、ミルダーー…取り込まれていた人々を見遣り、

「お前達を無事に、ここから出さねばならない。その願いは確かだ」

リョウタロウは迷いのない目でネヴェル達を見つめ、

「恨むなら、俺を恨め。憎むなら、俺を憎め。ただ、ジロウを信じてやってくれ」

言いながら、リョウタロウは英雄の剣に触れた。

「待っ……」

リョウタロウの行動を止めようとしたハルミナの隣で、ネヴェルが小さく笑ったのでハルミナは言葉を止める。

「貴様は……変わらないな。それに、ジロウも貴様によく似ている。あいつも言っていた……全部終わった時には自分を憎んでくれーーとな。はは……笑えないな、貴様ら親子は……なぜ自分を救えないんだ」

ネヴェルはそう言いながら額に手をあてた。リョウタロウは小さく「すまない」と言い、次にミルダを見た。

「……ミルダ、フェルサ。お前達にも謝りたかった。俺のせいで、お前達の…ハルミナの……親子としての幸せをねじ曲げてしまった」
「……」

リョウタロウの言葉にミルダは小さく息を吐き、

「……いや。親子としての幸せをねじ曲げたのは、紛れもなく俺とフェルサだ。貴様にも、ハルミナにも……なんの罪もない。俺が、幸せを守り切れなかった、ただ、それだけのことだ」
「……!」

ミルダの言葉にハルミナが目を見開かせる。

「ただ、ネヴェル……そして、レディル、ヤクヤ、メノア。お前達が居てくれたなら……俺とフェルサも、正しい道を歩めたかもしれない。何度もそう思い、弱い自分を他人のせいにばかりしてきた」
「……」

ネヴェルは未だ、ミルダを友だと信じてきた。だから、ミルダのその言葉にネヴェルは驚く。

「…ハルミナ。俺には、お前の父親を名乗る資格もない、掛ける言葉も、見つからない。それに、今さら何を話したとしても、言い訳にしかならないだろう」
「……」

ハルミナは泣いていた。やはり、多くを語りはしないが、ミルダが今まで一人で葛藤していたのだと、少ない言葉の数々から理解できたから…

その光景にネヴェルは思う。
今ならば、ろくでもない大人でも、ろくでもない親でも、口を挟んだって構わないはずだと。

「…ミルダ。解り切ったことを聞くが、お前はハルミナをどう思っている?言い訳に聞こえても構わん。ハルミナは……それを待っているんだ」
「……」

ネヴェルの言葉にミルダは黙りこむ。
しかし、腕に抱いていたフェルサとマシュリの体をゆっくりと離し、その場に立ち上がった。

「……俺はお前に酷い仕打ちをした。天界で……お前を娘だと見ず、見捨てた。それを拾ったのはカーラだ。いや……その前にヤクヤが魔界でお前を拾ったのだったな。ならば、そんな者達こそが、お前を本当に愛した、家族というものなのだろう」

ミルダはようやくハルミナをその右目に映す。

「…数え切れない後悔をした。だが、俺の苦しみよりも、お前の苦しみの方が遥かに大きい……だからこそ、こんな俺には、父親を名乗る資格がない」
「……」

その一点張りに、ハルミナは唇を噛んだ。
聞きたいのは、そんな言葉ではない。けれど、自分から言うわけにもいかなかった。
ーー沈黙が走る。

(これで、終わりなのだろうか)

ハルミナがそう思った時、

「……だが」

と、ミルダが再び口を開いた。

「今だけ、赦されるのであれば……。ハルミナ、お前は俺の、フェルサの、娘だ」
「……ミルダ……さん」
「自分達の手で育ててはやれなかったが、立派に育った。本当に……俺達と違い、強く育った」
「……」
「お前を何度も置き去りにしてしまったが、それでも、俺はお前を…………」
「……」

待てども、待てども、その続きを、ミルダは言えなかった。
けれども、ハルミナにはもう伝わっていた。続く言葉がなんなのか、わかっていた。
そう、それはーー……

ハルミナは駆け出した、ミルダの元に。
そのまま、ミルダに抱き付き、

「お父さん……私を愛してくれていて、ありがとう」

そう、ミルダが口に出来なかった言葉を、愛してるの言葉を、紡いだ。

「……」

ミルダは静かにハルミナを軽く抱き締め返す。

「わかっています。あなたは本当に、優しい人なんですね。今更……口に出来ないんですよね。でも、今、わかりました。ちゃんと、伝わっています……ちゃんと、わかりました……あなたは、私のお父さんなんだわ」
「……」

二人がどんな表情をしているのか、後ろに居たネヴェルにはわからない。



だが、暗い暗いこの空間で、言葉足らずではあるが、ようやく自分達を親子なのだと認識できたのは確かだと思う。

「……なぁ、リョウタロウ。貴様を憎む者など、本当は居なかったんだ」
「……」

ネヴェルのその言葉を、リョウタロウは不思議そうに聞いた。

「憎むべきは、弱かった自分自身。争いを辞めなかった者達。争いを望まなかった者達やメノアの祈りを……俺も踏みにじり、争いに身を転じた。俺は今でも、俺自身を赦せない。多くを壊し、殺め過ぎた」
「……」
「そんな俺に、貴様の息子は……取り戻させてくれたんだ。友を、仲間を想う気持ちと言うものを。あいつのお陰で、俺はまた、昔のように笑うことが出来た。俺の娘のことも、救ってくれた。立派だよ、ジロウは。こんな闇に飛び込んでまで、救うと決めた者を救いに来て……」

そうしてネヴェルはため息を吐き、微笑を称え、

「そうだな。信じるさ。あいつは必ず帰って来る。どうやら俺の娘にもそう約束したようだからな………俺は、約束を破ることになるが…」

ネヴェルはジロウとテンマを待つカトウを思い浮かべ、また、彼女は泣くのだろうなと、それが気掛かりであった。


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