少女の幸福の在処1

ネヴェルとハルミナはようやくミルダの居る場所に戻った。
やはりそこには先程の黒い影達が集っていて、ミルダが一人でそれを相手にしている。

「……ミルダさん!」

ネヴェルより先にハルミナが飛ぶ速度を速め、ミルダの側に立った。
しかしミルダはそんなハルミナに視線を向けることなく剣を振るう腕を止めない。むしろ無数の黒い影相手に止められない。

それを見たハルミナも応戦しようとしたがーー…

ウォォンーー
ウォォォォンーー…

と、何か奇妙な音が巨大な黒い影の内部に響き渡った。

「…なんだ、この音は?」

ネヴェルは眉を潜めて辺りを見回す。

「!!」

ミルダはハッとしたような表情をし、剣を振るう手を止めた。
無数の黒い影達が動きを止めたのだ。
ただ、奇妙な音は鳴り止まない。

ウォォンーー
ウォォォォンーー
ウォォォォオオォンーー…

……と、次第に音は大きくなり、

「…これは、声?」

ハルミナが言い、

「ああ、気味が悪いが、まるで声のようだな」

ネヴェルが続けた。
そして、

ドサッ、ドサドサドサッーー

取り込まれていた人々の体が解放され、一斉に黒い影で出来た地面に落ちる。
レイルやフェルサ、マシュリ、人間、魔族、天使ーー多くの人々。

「な、なぜ急に…?」

人々に駆け寄るより先に、ハルミナは疑問の声が出た。
呆気にとられるハルミナとネヴェルを他所に、一番に動いたのはミルダだった。
彼は真っ先に、気を失ったままのフェルサとマシュリの元に駆け付け、その体を抱き起こす。

「……」

ハルミナはその様子をポカンと口を開けてみていた。
ミルダの表情は後ろ姿だからわからない。
でも、きっと……

ミルダとフェルサ、マシュリ。
家族というのはあのような感じなのだろうか?
ハルミナには家族が居ないも同然だった。
しかし、目の前に居るのは紛れもなく本当の両親。

自分が……自分が平穏な日に生まれ、家族として歩んでいたのならば、

(あそこに居たのは、私……だったのだろうか?)

そう、マシュリを見て思う。

例えば、先刻ネヴェルがナエラの父だとカミングアウトした時、ネヴェルはナエラを抱き締めた。ほんの数秒だったが、とても大事そうに。

例えば、タイトから聞かされたリョウタロウとレーツ、ジロウの真実。
ジロウ自身は知らないが、ジロウは二人に愛されて形を成し、命を受けーーどれ程の月日が流れようと、ジロウは愛されていた。

それを、羨ましいな、なんて、少しだけハルミナは思った、思うしか出来なかった。
だって、わからないから。
親と言うものがなんなのか、想像でしかわからないから。

自分を見守り生きる術を与えてくれたヤクヤやカーラを親みたいだなと思うこともあったが、でもどこか違う。
‘恩人’留まりになってしまう。

ぐるぐると、そんなことを考えているであろうハルミナを、ネヴェルはただ静かに見ていた。
ネヴェルは先刻、ナエラに真実を話した時に自分をこう称した。
‘ろくでもない大人’と。
すなわち、‘ろくでもない親’。

だから、ハルミナに掛ける言葉などネヴェルにはありはしなかった。
実の娘を省みず、妻と別の子の身を案じたミルダを叱咤することも出来なかった。

ネヴェルも、ナエラに、娘に、何もしてやれなかったのだから。

しかし、ハルミナはミルダの後ろ姿にこう小さく言った。

「……良かった、良かったですね」

と、目に涙を溜めて言った。

あの、森の中の施設で。
ミルダはカーラにハルミナを託し、フェルサとマシュリと逝くことを選んだ。
だが、そんなのは幸せではない。
どんな人生だったとしても、何を憎んで生きてきたとしても、生きてこその幸せがあるのだと、テンマを救おうとするジロウが教えてくれた。
だからーー……

「二人が意識を取り戻した時、どうなるかはわかりません。あなた達のことを、私はよく知りません。でも……ミルダさん。あなたは、二人と逝くほどの 決意があった。なら、もう、何があっても……生きて、二人を離さないで下さい……きっとそれが、家族、なんですよね」

ハルミナはそう言いながら涙を拭い、微笑む。
本当の意味で家族というものをハルミナはようやく理解したような気がして、そう言った。

「……」

ネヴェルが隣で「それでいいのか」と言うような視線をハルミナに向けていて、ハルミナは頷く。

「それより、どうしたらいいのでしょうか。気を失った多くの人々を連れてここから出るのは困難ですし、ジロウさんは戻って来ていませんし…」
「それもそうだな。しかし……さっきから止まないぞ、この声」

ウォォンーー
ウォォォォンーー
ウォォォォオオォンーー…

その音、声は相変わらず響いていた。
そこでネヴェルは何かに気付くように目を大きく開き、

「……だが、待てよ。この巨大な黒い影はテンマだと言っていたか?なら、これは……」
「テンマさんの声…だとでも?」

ハルミナが尋ねるように言う。

「ジロウさん、テンマさんの元に辿り着けたのでしょうか……」
「だったら尚更、俺達も手を休めてはいられんな。あいつはこの、飲み込まれた連中を俺達に任せて行った。時間は掛かるが、この黒い影どもが止まっている今の内に少しずつでも……」

ネヴェルがそう言い掛けた時、真っ暗だったこの空間が一瞬、目映く輝いた。

「……え?」

驚くようにハルミナは何かを見て、

「…ど、どうして……」

と言う。

地面に、ジロウが先程まで手にしていたはずの、英雄の剣が突き刺さっていた。

「どうして、英雄の剣が……ここに?」
「……」

ハルミナと同様、言葉にはしないがネヴェルも驚いている。

「ジロウさんは?ジロウさん……居るんでしょう?ジロウさん!?」

暗い暗い、真っ黒い空間をキョロキョロと見回し、取り乱すかのようにハルミナはジロウの名を呼んだ。

「なんで?なんで剣がここにあるのに、ジロウさんが持っているはずなのに、どうして…」
「……」

わけもわからぬまま、ハルミナはその場に崩れ落ちる。隣でネヴェルも動揺していた。

『この剣は、もう、傷付ける為の、壊す為の剣じゃないからだ』
「ーー!?」

英雄の剣から声が響いた。その声は、リョウタロウのものであった。


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