魔剣と聖剣

一面の黒。

壁なのか、行き止まりなのか、道なのかーーそれすら判断不可能な場所。
唯一の道標は、光輝く二つの剣。

「本当に良かったのか?」
「ええ、もちろんです」

ネヴェルにそう聞かれたハルミナは頷いて答えた。

ネヴェルはその手に赤い刀身を持つ魔剣を。
ハルミナはその手に白い刀身を持つ聖剣を。

遡ること数分前ーー……


「聖剣ーーと言う存在を私は知りませんでしたが、それが英雄の剣、魔剣と同様であるならば、私に貸してもらえないでしょうか」

ハルミナはカーラがミルダから託されたと言う聖剣に目を向けて言った。
カーラは困り果てるような表情をしながら額に手を当て、

「あー……いやー、こうなると思ったから言いたくなかったんだよねー」

と言い、それにネヴェルが、

「ハルミナ、今回ばかりは危険と言う言葉だけでは済まないぞ。黒い影の内部に入れば、いつどうなるかわからん」
「もちろん、承知の上です」

ハルミナは即答し、

「ネヴェルさん、覚えていますか?あの夜に……ジロウさんとした約束を」
「……」

それにネヴェルは、

ーーせっかく世界は一つになったし、こうして出会えたんだ。全部終わってもさ、またこうしてゆっくり話をしたいよな。今度は、平和な世界で。友達として…さ!

…と、ジロウがハルミナとネヴェルに話したことを思い浮かべる。

「ジロウさんが大切な人を止めに向かったのと同じように、私も大切な友人の力になりに行きたいんです…!だから」
「おい、カーラ」

ハルミナの言葉の途中でネヴェルがカーラに声を掛け、

「時間が惜しい。とっととハルミナに聖剣を渡せ。何を言っても無駄だ。こいつは初めて会った時から頑固だからな」
「は!?」

ネヴェルの言葉に当然カーラは驚きの声をあげた。

「確かに、俺やお前、ヤクヤが行く方が力的なことは妥当だ。だが、これはもう力ではどうにもならん話だろう」

ネヴェルの言い分に、

「ですが、力に意味が無いのなら、一体…?」

ムルが疑問げに聞けば「そやなぁ…」と、ラダンが相槌を打ち、

「臭い話、力やなく想いってもんが勝るって言いたいんやろ?それやったら、嬢ちゃんやネヴェルはジロウのことを俺らよりよう知っとる。あとは…」

ラダンはカトウとユウタ、ナエラを見て、

「こういった、ジロウやテンマのことを心ん底から考えとる連中だけが、この現状を変えれるんやろな」
「あらま、ラダンのくせにいいこと言うじゃない」
「ラダン先輩、カッコいいでっす!!」

エメラとマグロがまるで茶化すみたいに言って、ラダンは苦い顔をしたが、

「わたくしも、ラダンさんが言った通りだと思います」

と、ウェルも賛同し、

「うへぇ、想い……想いってか。んなもんで本当に大丈夫かよ」

ラザルは不満そうに言う。

「わからないけど……俺らにはこの現状をどうにか出来ないのは事実ですぜ」

トールが言った。

「……ネヴェルさん、ハルミナさん…」

先程まで咽び泣いていたユウタは鼻を啜りながら二人に声を掛け、

「ジロウを、ジロウを助けてやってくれ……想いだけあっても、俺には力はないから……でも、二人になら、頼める、任せれる……信じれる!!俺の友達を、平凡な日常に、連れ戻してくれ…!!」
「ユウタさん…」

ユウタにつられて、カトウも再び瞳を潤ませる。

その光景にカーラはため息を吐き、

「…わかったよ。恐らくそんなに時間もないしね」

言いながら、ハルミナに聖剣の持ち手を委ねた。

「ハルミナ。僕はミルダ先輩から君を任されたんだ。君に何かあれば、ミルダ先輩に顔向け出来ない。フェルサにも。でも、君は本当に、変わった、強くなった。頑張って行っておいで。僕はここで、ヤクヤ達と一緒に出来る限り皆を守るから」
「やれやれ、過保護じゃのぉ」

カーラの長ったらしい言葉にヤクヤは肩を竦める。
ハルミナは聖剣を握り締め、

「カーラさん……ありがとうございます。絶対に、ジロウさんとテンマさんを連れて戻ります」

そう言いながら、ハルミナとネヴェルは巨大な黒い影の内部に入る入口の前に立った。

「お待ちなさい、ネヴェル」

と、スケルがネヴェルを引き止め、

「貴方の大切な女性の亡骸は、ジロウの意向にてあのカプセルの中に安置しています。無事に戻ったら、貴方の手で供養してあげなさい」

そう言われ、ネヴェルはナエラを横目に見る。

黒い影の内部に入り、無事に戻れるかどうかはわからない。
勿論、最善を尽くし、最善の形で戻るつもりだ。

(……だが、もしもの場合がある)

ネヴェルはそう思う。
伝えるならば今しかなかった。

「ハルミナ、一分でいい、悪いが時間をくれ」

ネヴェルはそう言って、ナエラの方に足を進めるので、

「ネヴェルちゃん?」

と、ナエラは首を傾げる。
ナエラの前に立った彼は、何も言わずに彼女を抱き締めた。

「……え!!?」
「な、何事ですか!!!?」

当然、そんなどよめきが走る。

「ナエラ、長い間、お前を護ってやれず、酷い世界に独りにさせてしまい、すまなかった」
「……ね、ネヴェルちゃん?」

抱き締められているナエラ自身も、何が起きているのか全くわからなくて。

「俺は……ろくでもない大人だ。だが、メノアは違う。彼女は立派な女性だった。彼女は最期まで、お前を護って逝ったんだ。短い間だったが、メノアはお前を本当に愛していた。お前と過ごす未来を……とても楽しみにしていた。勿論、俺もだ。…勝手な話だが、今は時間がなくこれだけしか話せない。だが、無事に戻れたら詳しく話す」
「え……え?ちょっと待って、それ、それって…」

ナエラが視線を泳がせていると、ネヴェルは黒い翼を背中から出し、ハルミナの立つ場所に舞い戻りながら、

「…カトウ!荷物らしく預かっていろ!!」
「は、はいぃ!!?」

妙な空気の中、急にネヴェルに名をあげられて、カトウは大きく肩を揺らした。それから、頭上からキラリと何かが降ってきて、慌ててそれをキャッチする。
それは、ネヴェルがメノアに贈り、今では形見になってしまったーーと以前に聞いた、ネヴェルがいつも首もとに掛けている手作りのペンダントだった。

「ええ!!?こ、これ、ネヴェルちゃんの大事なっっっ」
「約束通りテンマを連れ戻してやる!だから、代わりにナエラを頼んだぞ。俺とメノアのーー娘を!」
「ね、ネヴェルちゃんそれ、なんだか死亡フラグですよー!!!って、え、え、ええええぇぇえ!!?な、な、ナエラさんが、娘!!!?」

カトウの驚愕の声と、固まったままのナエラや一同を置き去りにし、ネヴェルは闇の中に消える。
驚愕の事実に呆気にとられていたハルミナも、慌ててネヴェルの後に続いた。

ーー…と言うのが、つい数分前の出来事である。


「それより驚きました。まさか、ナエラさんがその、ネヴェルさんの……」

黒い影の内部を聖剣と魔剣の光を頼りに飛びながら、ハルミナは苦笑いをして言い、しかし、

「…ところで何故、ナエラはジロウのバンダナを首に巻いていた?」

疑問に思いながらネヴェルが言うので、

「それは……多分……。あ、いえ、なぜでしょうね」

ハルミナはなんとなく理由はわかっていたが、ナエラがネヴェルの娘だというのなら、なんとなく言いにくいと思い、知らないフリをした。

「と、とにかく、皆さんとあんな形で別れて来たんです。今頃パニックでしょうね…」
「だろうな。だが、無事に戻れない可能性もある。だから、タイミングは最悪だが、伝えた。……今更だがな」

そう言って、ネヴェルは苦笑する。

そのネヴェルの横顔を見て、ハルミナは不思議な気分になった。
初めてネヴェルに会った時、絶対にわかり合えるような存在ではないと思っていたのに、彼の仮面は話す度に剥がれていき、本当は優しくて、全ての罪を、悪を、独りで抱え込んでしまう人なのだと知った。

「父と母、カーラさんにヤクヤさんも、メノアさんと知り合いだったんですよね」
「ああ…。それに、レイルの父、レディル。俺達は仲間、だったんだと思う。だが、皆バラバラになり、こんな形になって。更には、俺はナエラに親らしいことをしなかった。メノアは怒っているだろうな」
「…」

‘親らしいこと’ーーそれを聞いたハルミナは、やはりミルダとフェルサを思い浮かべる。

「まあ、とにかく今はジロウに追い付かないとな。こんな暗闇に奴一人では危険すぎるだろう」
「そうですね」

ジロウの気配もテンマの気配も、未だこの空間で感じ取れず。

ネヴェルもハルミナも、泣きながらジロウやテンマの身を案じたカトウとユウタの想いを背負っていた。


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