闇の中

一面の黒。

壁なのか、行き止まりなのか、道なのかーーそれすら判断不可能な場所。
唯一の道標は、右手に握った光輝いたままの英雄の剣のみ。

その光でその場を照らし、ジロウは黒い影の内部を進んでいた。

親に言われてトレジャーハンターを始め、ハルミナに出会い、英雄の剣を託され、魔界に落とされーー……そうしてジロウは今、ここまで来たのだと実感する。

心細く感じた、恐ろしく感じた、この何もない無の世界を。
でも、不思議と足は進むのだ。
そう、約束をしたから……

そしてジロウは足を止め、

「…悪い、遅くなった。助けに来たよ、レイル」

ーーと。
あの日、魔界で黒い影に飲み込まれてしまった彼に言う。
夢の中で一度だけ現れてくれたレイルは、黒い影の中に本当に居た。
しかし、黒い影の中に取り込まれるかのように、彼の首の下から足元にかけて影がまとわりついており、顔と両足がかろうじで見えるだけである。

ーー彼だけではない。
周りには同じように飲み込まれた沢山の人間、天使、魔族たちの姿が在った。
そして、レイル含め、全ての人々は眠るように意識を失っている。

ジロウの父と母、村人達もやはり居た。きっと、カトウの両親も居るのであろう……

誰も、目を開ける気配はない。

「レイル、レイル!!!皆!!」

名を叫ぶように呼んでも、届かない。

「……やっと、助けに来たのに、どうしたら…」

ジロウが無力感に襲われながら呻くように言うと、

「この巨大な影を動かす燃料にされているようなものだ、本体をどうにかしない限り、目覚めないだろう」

ーーと、ジロウには聞き覚えのない声がして、辺りを見回した。
英雄の剣の光で道の先を照らすと、そこには人影が見えて……

「あんたは……確か……」

ジロウが彼の姿を見たのは、自身がテンマと共に封印されていた際に微かに見た、過去の時代。
そして、世界が再び一つになった時だけだった。
会話すらしたことがないが、そう、それは……

「……ハルミナちゃんの、親父さん…?」

ミルダであった。

「…え、あれ?あんた、なんでこの中に?ハルミナちゃんはあんたの元に向かったはずじゃ…」

ジロウが困惑するように言うが、ミルダは何も答えはしない。

あの時、ミルダ、フェルサ、マシュリ、そして巨大な黒い影は、森の中の施設と崩壊を共にしたーーが、テンマが瓦礫に埋もれた黒い影と融合した為、そこに居たミルダ達も共にこの内部に取り込まれた。

ミルダは取り込まれた人々を見る。
その中にはフェルサとマシュリの姿も在った。
皮肉なことに、ミルダだけが黒い影に取り込まれず、こうしてここに立っていたのだ。

「……なあ、聞いてるか?」

何も言わないミルダにジロウが言えば、

「貴様はあの男の元へ行くんだろう」

と、左目に巻いた赤い布を手で押さえながらミルダは言う。
その仕草でジロウは思い出した。
確か、テンマの右目はミルダのものだと言うことを……

「なら、ここで俺達が無駄話をすることになんの意味もない。俺は貴様を知らないし、貴様も俺を知らないのだから」

ミルダの言うことは最もであった。
お互いに、その存在ぐらいしか知らないのだから。

「……そう、だな。ここでぐだぐだしてても、世界が終わっちまうだけだよな」

ジロウは頷き、

「でも、あんたはここに居るのか?」
「……」
「…いや、なんとなく、わかった」

ミルダから答えは返ってこなかったが、先程から何度かミルダが取り込まれている人々に視線を送っていることにジロウは気付いていた。
恐らく、彼の大切な人が取り込まれてしまったのだろうとジロウは考える。

「…テンマのこと、必ず止めるから。だから、世界が無事になったらさ、ハルミナちゃんと、ちゃんと親子してやれよ。それから……オレは先に進まなきゃなんないから、オレの代わりに、ここに居る人達を頼む」

それだけ言って、ジロウは更に先へ、深淵へと向かい、すぐにその後ろ姿は闇に溶けた。

その場に残ったミルダは、懐かしい剣を手にした少年が進んだ先を静かに見つめる。

同じ剣、同じ人間。
しかし、ジロウはかつてのリョウタロウとは違った。

リョウタロウはーーどこか諦めきっていた、絶望していた。
しかし、ジロウはそうではない。
彼は先を、未来を見ている。

(過去に囚われ、あの日から立ち止まってしまった俺達とは違う)

幾らでもやり直せた。幾らでも変えることが出来た。
でも、何もせず、全て壊れていった…

けれど、本当に今の少年が世界を救えたのならば、

(やり直せるのだろうか、遅すぎる全てを…)

ーー……
ーーーー……

続く、続く、果てない闇。

(……)

ジロウは溢れ出る涙を拭いながら歩いていた。

(レイルも、父さんも母さんも、皆も、ちゃんと居た。まだ間に合うんだ、助けれるんだ……!)

そう思うと、希望が湧いて安堵の涙が溢れ出る。

そんな、気持ちになったのに。

「っあ……」

ジロウはぽかんと口を開け、その場に固まった。
見た目は何も変わらないが、どうやら今いるこの場所が最奥のようだ。

そこにテンマは、居た。
身体中を黒い影で出来た刃に貫かれ、まるで生け贄かのように宙にぶら下がっている。
黒しかない空間に、赤い血が滴っていた。

「な、なんだよ、これ……」

ジロウはその場に崩れ落ちるように膝を着いてしまう。

「テンマ……おい、テンマ…っ…!!あんたまで、返事なしかよ!!?」

しかし、その叫びにテンマは右目を開けた。
身体中、血塗れで、死んでいてもおかしくない状態で、目を開けた。

「テン……」
「……なんだ、餌が逃げ出したのか?」
「……は?餌って…?」

そのテンマの言葉に、ジロウは疑問を返す。
更には、

「…それに、テンマとはこの体の名前か?」

だなんてことをテンマが言うので、

「な、なんだよ、どうしちまったんだよ、テンマ…」
「テンマ、と言う人格ーーと言うか、記憶は悪いけど持ち合わせていないよ」

テンマは言い、

「記憶しているのは、全て壊すこと。自分も含め、全てを壊すこと」

と、なんの感情もこもっていない声で彼は言う。

憎悪に身を焼かれ、ようやくここまで辿り着いた彼は、もはや目的を達するだけの存在に成り果てていた。


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