影に覆われた世界の外側

ーー君達の中に、たった一人だけ、後の英雄となる人が居ます。

ジロウ、ハルミナ、ネヴェル、カトウ。……そして、テンマ。いずれかが、この世界の……全ての世界の新たな英雄となる。そう、私は占います。

英雄とは、なんだと思いますか?

英雄の意味は数多にあるのです。

何かを救う者、何かを破壊する者。それを行う者を、傍観者がどう捉えるか。英雄とは、その行いを自らの救いだと捉える傍観者が決めるものなのです。

英雄リョウタロウが良い例えでしょう。
…人間にとっては、リョウタロウは英雄。でも、天使と魔族にとっては、英雄ではない…

だからこそ。少年、少女よ。君達が誰かの英雄になることもある。しかし、最後には、英雄とは一人に決まるのです。それが誰なのかは、私にもわからない。

ーー……
ーーーー……

ーーここから先の未来なんて、誰にもわからないんだ。だから、お前達で未来を作れ、もう、英雄など必要ない世界を、作ってみせろ…

ーー……
ーーーー……

ーーリョウタロウはかつての時代を言われるがままに生きた、流されるがままに世界を分けた。そしてそれを後悔して生き続けた…。彼は誰かを思い遣る事も出来ず、優しさを向ける相手も居ない時代に、英雄になった…

貴方はきっと、リョウタロウと同じ道を辿らない。多くの苦しみを背負う英雄なんて肩書きは、貴方には似合わない。だからこそ、リョウタロウは願うのです。自分と同じ苦しみを持つ、英雄など二度と誕生しないように…この剣によって、もう誰も、何も、傷付かないように…

だからこそ、貴方が持つに相応しいんです。きっと、何も傷付けない貴方なら…英雄など関係のない、一人の人間として、全てを終わらせてくれる

ーー……
ーーーー……

ジロウは以前のレーツとリョウタロウ、そしてレイルの言葉を思い出していた。

英雄がいる世界、英雄がいない世界。

(オレは英雄にはならない。けど、レーツの占いが真実だとしたら……ネヴェル、ハルミナちゃん、カトウ、テンマの誰かが英雄になるのか?)

そんなことを考えているうちに、

「あれが中心ですね」

と、スケルが言ったのでジロウは考えを止める。

空も大地も全て真っ黒な影に覆われたが、今いる場所は影が白黒点滅していた。

「なんなわけ?」

エメラが聞けば、

「影の欠陥部分です。ここならば、恐らく英雄の剣で空間を切り裂けるかと」
「欠陥?」

スケルの言葉に次はナエラが疑問の声をあげる。

「……これを造り上げる際、わざと欠陥部分を造っていました。テンマさんにもフェルサさんにも気付かれないように」
「わざとって、なんでよ?」

再びエメラが首を捻れば、

「さて。まあ、そうですね。先刻も言ったように、もう少し世界の未来を見てみたいからでしょうか。世界全て飲み込まれるのは、やはり面白くはないと、心のどこかで感じていたのでしょう」

と、スケルは自身のことなのに、まるで他人事のように言った。

「さて、ジロウ。ここから先は貴方ひとりになります。確認ですがーー……我々は黒い影の内部に入れば意思を保てず、糧の一部と成り果てる。しかし、英雄の剣はきっと貴方を護る。どこまで通用するかわかりませんが、それでも貴方は行きますか?」

スケルが聞き、ナエラとエメラがジロウを見つめる。
これが、最後の決断になるのだろうから。

数秒の沈黙の末、ジロウは三人に微笑みの表情を向けた。そして、

「オレはテンマを止める。それに、黒い影に取り込まれたレイルやたくさんの人達を助けるって皆と約束した。それから……」

何かを言い掛けて、ジロウは首を横に振る。そうして、影の中にある白黒点滅する部分を見つめ、英雄の剣を翳してみせる。

(オレはこの剣を使いこなせてないし、ましてや持ち手に相応しくない。でも、頼む。どうか……力を貸してくれ……リョウタロウーー!!)

しかし、ジロウが祈りを終える頃には、すでに英雄の剣は目映い光を放ち、影の欠陥部分を切り裂いていた。
切り裂かれた部分も、ただ一面の闇が続いている。

「…影の中も影ーーか。そりゃそうか」

と、ジロウは苦笑した。

「…しっかし、確かに気分悪くなるわね。なんか、影に喰われそうな感じ…」

エメラは眉を潜め、

「あんた、大丈夫なわけ?」

ジロウに聞けば、

「…ああ。なんでだろう。本当にこの剣が護ってくれてるのか?」

と、輝きを放ち続けている英雄の剣を見つめる。そんなジロウを見て、

「ジロウ、最後になるかもしれませんから、言っておきます」

スケルがそう切り出すので、ナエラもエメラもリョウタロウとレーツのことをジロウに話すのかと思った。しかし、

「私にとって貴方は、ある意味で弟のようなものです」
「………。はぁ?」

スケルの発言に当然ジロウは目を丸くする。スケルは微笑を浮かべ、

「と言うのは冗談です」
「……な、なんだそりゃ」

ジロウは肩を竦めた。
しかし、リョウタロウとレーツと関わりの深かったスケルにとって、ジロウはある意味で本当に‘弟’みたいなもの。
ジロウにその意味が理解できなくても、冗談めかしてでもそれは言っておこうと思っていた。

ーー今更、リョウタロウとレーツがジロウを生み出したーー…なんて話は出来ない。
なぜなら、当の本人達が決して、真実をジロウに話さなかったのだ。
だが……
もしジロウが無事に帰って来れたのならば、その時には、もう、話していいのかもしれない……

ジロウは再び三人を見て、ネヴェルとカトウを思い浮かべる。
テンマの術により、どこかへ飲み込まれた二人がやはり心配だ。
それに、もちろんハルミナやユウタ、皆も。

だが、ジロウの前に道は開かれた。ここで立ち止まってしまうわけにはいかなかった。

だから、ジロウは決意を固め、

「じゃあ、行ってくるよ」

と、言った。
そこで、

「ジロウーー……」

と、ナエラは何かを言い掛けて、俯いて、やめた。

「……」

ジロウは目を細め、それから目を閉じて、

ーーオレはテンマを止める。それに、黒い影に取り込まれたレイルやたくさんの人達を助けるって皆と約束した。それから……

と、先程、言い掛けて止めた言葉を、やはり伝えておかないとと思う。

「ナエラ、オレの頼みを聞いてくれるかな?」
「頼み?」
「ああ」

ジロウは頭を掻き、

「一つの約束は破ることになったけど、もう一つの約束は必ず守る」

そう言った。

破ることになった約束ーー世界が一つになった後に約束した、ナエラを独りにしないと言う約束。

そして、守るべき約束は、

「さっき言ったヤツだけどさ…どんな形であれ、必ず帰って来る。絶対に。約束だ」

その言葉を、スケルから聞かされた話の後に再び言われると、深く考えてしまう。

ジロウは彼自身とテンマの関係性を知らないと言うのに、‘どんな形であれ’と言うその意味合いが、まるでジロウではない誰かが帰って来ると示唆されているようで……

「で、テンマも絶対連れて帰る。それで、頼みってのが……」

ジロウはなぜか口ごもり、視線を地に落とす。だが、その表情だけで、ナエラはジロウが何を言おうとしているのか、なんとなく理解できた。
ナエラはため息を吐き、

「その時には、テンマのこと、憎まないでとか、受け入れてやってくれーーとか言いたいんでしょ?」

そう言うと、ジロウは一瞬目を丸くして、

「はは、よくわかったな」

と、苦笑する。

「……」

ナエラはもう、ジロウを引き止める言葉は何も言わなかった。
眼前に広がる闇、闇、闇……
今しがた開かれた更に深い闇の中への道。
その中へ、今からジロウは行く。

必ず帰って来る、なんて、不可能に感じてしまう。

けれどジロウは行くのだ。
恐らく、過去の因縁なんて関係ない。
ジロウ自身の意思で行くのだ。

「……わかった。頼まれてあげる。ボクは……ずっと信じて待つから。だから、行ってらっしゃい、ジロウ」

ナエラは首元に巻いたジロウのバンダナに触れ、まるで普通の女の子みたいに笑ってみせる。
それにジロウも笑い返し、

「皆にもよろしく言っといてくれ!じゃあ、また後で!」

そう言いながら、ジロウはテンマが待ち受けているであろう闇の中ーー世界を飲み込む黒い影の内部へ
駆け出した。

ーー……
ーーーー……

そうして、世界に残された僅かな面々は、影に覆われた世界で英雄の剣が光輝く様を見逃しはしなかった。
それが道標となり、スケル、エメラ、ナエラの居る場所に面々は集うこととなる。

「エメラ!」

と、最初にラダンの声がした。

「すまん!遅なったな!」
「……そうね、遅かったわね」

と、エメラはラダンの後ろに続くハルミナやユウタ達を横目で見る。
ユウタは辺りをキョロキョロと見て、

「……ジロウは?」

そう聞いたが、すぐにナエラの首に巻かれたジロウのバンダナに気付いた。
それから、ヤクヤが道のように歪に開かれている影の道を見つめ、

「まさか、行ったのか…?」
「あ、あんなどす黒い中にですかい?!」

と、トールが続ける。

「魔界も息苦しい地だったが……そんなの比にならないな…」
「…近付くだけで、気分が悪いぞ…」

ムルとラザルが言い、

「…ジロウさんは……救いに行ったんですね」

と、マグロはエメラに聞き、彼女は頷いた。

「あんたは?」

エメラがマグロに聞き返すと、マグロは首を横に振るので「そう」とだけ、エメラは言う。

それだけで、マシュリは救えなかったのだろうと理解できた。

「…わたくし達は、何も出来ないの?」

ジロウが行ったという先を見て、ウェルが静かに言えば、

「とりあえず、まずは話を聞かせろ、スケル」

と、タイトが前に出る。

「…タイト。久し振りだ、あれ以来だったかな?」

あまり懐かしげもないと言う風にスケルが言うと、

「ああ。結局、俺もお前も道を踏み外したな」
「でも、私達は同じ場所にこうして今、立っている」

ーーと、二人が話していると、

「ん?あれ?二人は知り合いなわけ?」

カーラが疑問を言い、当然他の面々も同じことを思った。

ーー……
ーーーー……

一同は手短に状況を話し合い、やはり自分達に出来ることはないと痛感する。

「魔剣使いが無事なら、彼も魔剣に護ってもらえると思うのですが」

と、今ここに居ないネヴェルをスケルは指した。
そんなスケルに、

「…だから、お前なんかと行かせたくなかったのに!そのせいで、ジロウはたった一人で……っ」

ユウタは再び噛み付いた。

「ユウタさん…」

ハルミナが彼を制止しようとしたが、ユウタは肩を震わせ、その場に崩れ落ちる。
一同はただただ、この現状に黙りこむことしかできなかった。
ほんの数名以外は。

「あんた達がそんな態度じゃ、覚悟を決めて行ったジロウが安心して戦えないじゃないの」

エメラが言うも、

「そうは言っても…あいつ一人で何が出来る?」

ラザルが言い、

「それは……同感だ。いくら彼の意思が強くとも、戦いとなれば、彼一人では危険すぎる」

ムルが続け、そんな不安げな面々に応えたのは、

「それでもボクは信じるって決めたんだ」

ーーナエラだった。

「あいつは絶対にやり遂げる。だから、何も出来ないボクらは、せめて信じて待たなきゃ。テンマと一緒に帰って来るあいつを、信じて待たなきゃ。ううん、お前達がそれを出来なくても、ボクは、ボクだけはずっとここで待つって、決めたから」

そう、凛とした声で言ったナエラに、

「そういうことよ」

と、エメラとスケルが同調し、

「…私も、ナエラさん達と同じ気持ちです。だから、ユウタさん」

ハルミナもそう言って、涙を押し殺しながらその場に崩れ落ちたままのユウタの肩に手を置く。

「っ、うう……ジロウが居なかったら、俺は……夢なんか持たずに、家族を恨む生き方をしてたと思う。でも、ジロウがさ、いっつも馬鹿みたいに笑ってて、あいつが俺の作った飯をさ、旨いって言ってくれて……なぁ、ジロウ……いつもお前が言ってたようにさ、タダ飯食わせてやるから……いつでも食わせてやるから……だから……帰って来いよぉ…!!」

この中で、一番ジロウと過ごした時間が長かったのは、紛れもなくユウタだ。
彼は嘆き、祈ることしか出来ない無力さに咽び泣く…

「……あのさ」
「皆さーん!!!」

カーラが何か言おうとしたが、それは頭上から降り注ぐ声に掻き消された。

「……ネヴェルさん!!カトウさん!!」

ハルミナが宙を舞うその姿を見つけ、その名を呼ぶ。

ネヴェルは羽を仕舞い、地に足を着け、抱えていたカトウを降ろした。

「ネヴェルちゃん!!良かった……!!無事だったんだね……!」

そう、嬉しそうに言うナエラをーー向き合おうと決めた実の娘の姿を見て、ネヴェルは静かに頷く。

「皆さんもご無事で良かったです!!……って、あれ?ジロウさんは……?」

明るい表情をしていたカトウは、急に不安げな表情をした。

ーー……
ーーーー……

「そうなんですね。この影は全て、テンマさんの意思……ジロウさんは、テンマさんを迎えに行ったんですね」

全てを聞き終えたカトウは、目を細めながら世界を覆う影を見る。

「…迎えにって……あんた、テンマに殺されかけたってのに、まだそんな言い方…」

あの場に共に居たトールが訝しげに言えば、

「私は…あの時テンマさんの味方になれなかった、躊躇ってしまった。でも、そんな私だけど、せめて私とジロウさんだけは、やっぱりテンマさんの味方でいてあげたい!私は二人に初めて会った時から、二人が大好きでした!だから、大好きな二人には絶対に帰って来てほしい。そして……テンマさんに教えてあげたい。この世界は、憎しみだけじゃないんですよって。たくさん、たくさん、素敵なこともあるんですよって。…それで、ジロウさんと、テンマさん。二人がパートナーになって、トレジャーハンターとして世界中を巡って……私は、商人として……そんな、二人をサポートして……それで、それで……」

勢いよく口を動かしていたカトウだったが、思い描いた未来を口にした途端、涙がぼろぼろと溢れ出た。

「もういい。皆、解っている」

と、そんな彼女に、隣に立っていたネヴェルが胸を貸してやる。

「ご、ごめんなさ……私、もう、情けないこと言わないって、約束した、ばかり、なのにっ」
「二人は俺が連れ戻してやる」

ネヴェルはそう言ってカトウを離し、赤い刀身を持つ魔剣を握った。

「……行くのじゃな、ネヴェル」

ヤクヤに言われ、

「ああ……英雄の剣には劣るが、魔剣も多くの実験で完成している。自我を保つ程度は可能だろう。それに、そろそろ世界が救われないと、家族……メノアもレディルも安心出来ないだろう」
「……。……じゃな」

そう答えたネヴェルにヤクヤは昔を思い出しながら頷く。

ーーお前は私にとって、大事な友人であり、仲間であり、家族だった。私とお前、ネヴェルとメノア。私達は、かけがえのない家族だ。…いつまでも

…薄れていた、かつてレディルが言った言葉がヤクヤの中に微かに甦った。

それからネヴェルはカーラを見て、

「…天使は、確かミルダの剣が特殊なものだったか。あまり使ってはなかったようだがな。奴が居なければ、意味はないか」
「いやー、さっき言おうとしたんだけど、君らの登場に邪魔されたんだよね」

そう言いながら、カーラは右手を前に掲げ、魔力で一本の白い剣を形成する。

「それは……ミルダ先輩の…」

驚くようにマグロが言い、

「そう。聖剣。まあ、ミルダ先輩は魔術に長けてたからねー、あんまりこの剣は役立たなかったんだ」

ーー貴様は俺達の代わりにこれからも、'俺達'の…娘の傍に居ろ。俺達にはその資格が無い。後悔で目的を見失うな

……あの時ミルダと話した時、同時に彼から聖剣も託されていた。

「なるほど、それやったら、その剣もこの影に対抗できそうやな…」
「では、カーラさんも行かれるの?」

ラダンとウェルが言って、

「あー…そうしたいんだけどねー……だから言わずにこっそり行きたかったんだけど…」

カーラは困り果てたように額に手をあて、覚悟を決めたようなハルミナの視線を感じていた。


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