afterward(ネヴェルとメノア)

物心ついた時から二人一緒だった。
住む場所も近く、幼馴染みとして育つ。

だが、お互い貧しい家庭に育ち、気づけば遠い出先で…二人は親に捨てられた。

そう気付かぬまま、戻って来ない親を二人で待ち続け、ネヴェルは泣きじゃくる幼いメノアの手を取りながら歩き…
数日経った雨の日、空腹の中、見知らぬ地で、一人の魔族の青年に助けられた。

「可哀想に……寒いだろう、うちに入って。すぐ食事を作ろう」

そう言って、温かく、こんな薄汚れた小汚ない二人を受け入れてくれた魔族の青年レディル。
彼も捨て子だったそうで、これまで一人で生きてきたそうだ。
レディルは快くネヴェルとメノアを家族として受け入れてくれた…

そして数年後、ヤクヤというキレやすい魔族の青年も家族に加わる。

いつしか、カーラという天使の友人もでき、ミルダとフェルサという天使とも知り合いになれた。

辛く寂しい日々なんて全くなかった。
友人が居て、家族が居て……
ネヴェルもメノアも本当に、幸せだった。

しかし、その幸せは容易く奪われる。

地底に落とされた魔界で、レディルが何も告けず去り、ヤクヤとも別れを告げ…

ネヴェルとメノアは二人、それでも幸せに生きてみようと誓った。

約束をしていたから。
平和だった日々からの約束があったから。

メノアは自らの胸元に下げたペンダントに手を触れる。
あの日、平和だった日々の中…
今よりもう少し幼くて若かった頃に、ネヴェルがメノアに贈った、珍しい鉱石を細かく砕いた手作りのペンダントと、

『まだ早いけど、もう少し大人になったら、俺と一緒になってほしい』

ペンダントと共に贈られた言葉。
平和だった日々の中、二人は愛し合った。子を身籠った。

だが、世界は壊れる。
結婚だなんて形もとれないまま、こんな世界になった…

この魔界で二人、寄り添いながらネヴェルは思い出す。
ペンダントを贈った時に、メノアが言った言葉を…

『…あなたは、ネヴェルは優しくてカッコいいから、モテるじゃない?だから、ちゃんと大人になってから…まだその気持ちが本当に在るのなら、その時にもう一度、言ってほしい』

それに、ネヴェルは答えた。

『約束するよ。俺は何があっても君の傍に居る。そして、大人になったら再び、君に告げるよ』

……と。
だが、子を身籠っただけで、ネヴェルはまだ、メノアにもう一度、大切な言葉を告げてはいなかった。
それに今は、地底に落とされたこの魔界で、メノアとお腹の子が平穏に暮らせる地を見つけることが先決なのだから。

だから、それが全て落ち着いたら…
ネヴェルはメノアにもう一度、大切な言葉を告げようと決めていた。

だが、約束した言葉を再び告げる時間も取れないまま…
彼女は…メノアは、逝ってしまった。

ネヴェルの目の前で。

いきなりメノアの胸を、心臓を、一筋の閃光が貫いた。

ネヴェルは彼女の隣に居たのだ。産まれて数日の赤子を抱く、彼女の隣に、居たのに……

何が起きたのか、ネヴェルは理解できなかった。
彼女の体が抱いた赤子ごと、地面に崩れそうになる。
それを支えようとしたネヴェルの手は空を切り、閃光に触れ、メノアに贈ったペンダントだけが外れて地に落ちた。

赤子を抱いたままのメノアの体が宙に浮いたのだ…
ポタポタと、胸を貫通した部分から血が滴り落ちる。

赤子は無事だった。
まるで、メノアは閃光に気づいていたかのように、赤子を強く抱き締め、胸を貫いた部分とは逆の位置に抱いている…

しかし、ネヴェルはそんなことを考える余裕はなかった。そんなところまで見る余裕はなくて…

なぜならば。

――何も言葉を発する間もないまま、メノアは……死んでしまっていた。

放心状態のネヴェルの頭に、

「魔剣使いネヴェルよ。力を持ちながらも、お前はこの世界を、運命を恨まないとは滑稽だ」

知らない男の声が響く。

「お前は大切なこの娘との安息を望んだからこそ、その力を眠らせてしまった。この娘さえいなくなれば、お前の力は甦る」

その声だけの男の言葉にネヴェルは魔剣を右手に握り、

「貴様が……貴様がメノアを殺したのか――!!?何者だ!?姿を現せ!!!殺してやる!!」
「まあ待て、ネヴェル。せめてこの娘の亡骸くらいは返してやろう」
「ふざけるな!!!?早く二人を返せ!!」

そう叫ぶも、メノアも赤子も宙に浮いたまま。

「お前の力が必要だ、お前のように強い魔族の力が。私に協力しろ、ネヴェル」

そんな身勝手な男の言葉に当然同調できるはずもなく、ネヴェルは歯を軋めた。

「それにお前だけではない。ほとんどの力在る魔族は今、私の配下だ。同じように、その者らの大切な存在を奪ってな……」
「なんなんだ、貴様は……何がしたい!?」
「この魔界で必要なのは強い者だけ。弱き者は必要ないのだ。そう、こんな風にな」

一体、どういった仕掛けなのか…
今度はメノアの腕の中に抱かれた赤子だけがフワフワとその腕をすり抜けて、更に宙に浮く…
その下は、絶壁。

「な……何を…」

赤子はまだ、生きている。その子は先程からずっと泣き声をあげていた。

「早く答えろ、ネヴェル。私に力を貸すか、貸さないか」
「……ッ!?」

状況が飲み込めなさすぎて、ネヴェルはただ立ち尽くす。
そして、この得体の知れない声に力を貸してはいけないと本能が叫んでいた。

だが、次にその声の主が何をしようとしているのか、容易くわかる。
だが、ネヴェルは選べない。

一秒、数秒……時間は過ぎていく。
しばらくして、声の主はため息を吐き、

「…なら、仕方ない。お前の判断ミスだ」

そう言って……
赤子は遥か崖の下へと落下して行った。
翼を出して追うが、間に合わない距離だった。

悲鳴が響く、絶望が響く、それは全て、ネヴェルのもの。

――声の主は自らを魔王と名乗る。

この魔界を統べ、力在る者を選び、いずれ魔族をこの地底に落とした人間や天使に復讐する為、天界、人間界へと進出すると言う。

当然、あの時代を生きたネヴェルにとっては馬鹿げた内容だ。

しかし、魔王はメノアの亡骸を人質にとった。
ネヴェルが協力するのなら、いずれその亡骸を返すと言って…

赤子を奪われ、最愛の女性を奪われ、ましてやその最愛の女性の亡骸を弄ばれる。

そんなネヴェルの中には憎悪しかなかった。
だが、魔王と名乗るこの声だけの主の力は圧倒的だった……
意図も容易く、荒れ狂う魔族達すら手中に収めていく。

世界が分断され、生きる場所を奪われたことぐらい耐えれた。
だが、大切な者を奪われたことだけは、耐えることが出来なかった…

遥か崖の下は紫色に濁った川だった。赤子の姿を捜すが、もう、流されてしまったのだろう。
とうとう見付からなかった。

メノアに似た髪色をした、産まれたばかりの娘。
名前はまだ、考えている最中だった…

――メノアの亡骸を人質にとられたネヴェルは、魔王に従うようになる。

魔王の支え役となり、強き魔族を集めて従え、反旗を翻す者、弱き魔族を粛正し――…力在る者だけが生き残れる社会となっていく。

ラザルやムルと言った多くの魔族を味方に加え…

とある日、魔王の部下に殺られそうになっていた子供を見掛ける。
それは、ネヴェルにとって懐かしい色をした娘だった。
年の頃も、そう。
生きていれば…同じだ。

魔王の配下で一番の実力者となったネヴェルは、その娘を魔王の配下に加えることとする。
成長すれば役に立つだろう――なんて言う、口実で。

両親もおらず、こんな魔界社会で生きてきたその娘の目は鋭い光を放っていた。
まともに育っていれば、きっと優しく……普通の少女として成長していたのであろう。
――そう、メノアのように…

その娘の名前はナエラと言った。
しかし、誰かがつけた名前ではなく、この魔界で、彼女が初めて殺めた魔族の名前からとったらしい。

ネヴェルはもはや、彼女の生い立ちや境遇を何も、聞きはしなかった。
聞く資格も、必要もない。
……何もかもが、今更だから。

――そうして、月日は流れ…

レディルは魔界の小さな集落の王となっていた。
魔王は次にレディルに目をつけ、仲間に加えようとしたが……
レディルは、死んだ。
最期まで、魔王を、こんな社会を拒み、彼らしさを貫き通し、死んだ。

そうなることをネヴェルは理解していたのに、止めにすら行けなかった。
会いにすら、行けなかった……

かつて、死にかけていた自分とメノアを救ってくれた恩人だと言うのに…
ネヴェルは魔王の忠実な僕となり、メノアの亡骸を取り戻すことだけを優先してしまった。

レディルの息子、レイル。
本当にレディルの生き写しだった。
しかし、頼りない雰囲気を漂わせている。

レディルの集落の民達を従わせる為に、レイルは魔王の息子――すなわち王子として、魔王の元に迎え入れられた。

ネヴェルはレイルの姿を直視できなかった…
あまりに、レディルに似すぎている。

…自分が動けば、レディルを救えたかもしれない。
…会いに行けなかった。

レイルを見ていると、そんな後悔を思い出させられる。
同時に、誇り高かったレディルと、弱々しいレイルを比べてしまうと、言い様のない苛立ちを感じてしまった。

ネヴェルはレイルを避け、顔を見れば皮肉を吐く。
まるで、レディルを救えなかった自分自身の罪に、蓋をするかのように……

それだけではない。
良かったこと、悪かったこと、全てに蓋をしてしまった。

自分はただの、魔王'様'の忠実なる配下である悪魔だと、その身に刻み付ける。

ただ、ただ――最愛の女性の亡骸を取り戻す為だけに、生ある者を見捨てて行った……

しかしそれは、メノアへの裏切り行為。

争いを望まないと叫び続けたメノアへの裏切り行為を……メノアの亡骸を取り戻す為に、ネヴェルは長年、行うこととなった。

メノアに贈った、今は形見となってしまったペンダントを胸に抱き、ネヴェルは――…


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