afterward(カーラ)

天界が空に追い遣られてから数日。

こんな世界に絶望してしまったフェルサは家に閉じ籠っていた。
勿論、それを介抱するのはカーラではない、ミルダだ。

数年経った頃にいつからかフェルサはようやく部屋に閉じ籠ることをやめたが、それでも……
以前までとの彼女とはどこか違い、カーラは彼女と疎遠になっていく。
いつからか、フェルサはマシュリという少女を拾い、義妹として育て出した。

それに、少なからずカーラは寂しさを感じる。
彼女の側に、もう自分の居場所は無いのだと…

そして、いつからか天長なんて者が現れて、階級制度が始まった頃…

「ミルダさんとフェルサさんは上級天使になったのに、カーラさんもならないと勿体ないと思うわ」

と、分断後の世界の時代に生まれた少女ウェルが困ったような表情で言ってきて、

「えー?上級天使?僕には無縁な言葉だよー」
「カーラさんは世界が一つだった時代の人なのよね?ミルダさんとフェルサさんと同じく、天長から上級天使の資格を与えられていると聞いたけれど…」
「面倒だから断った」

なんて、ヘラッとしながら言うカーラにウェルは目を丸くする。

「だってさー、いきなり階級制度なんてものが始まって、しかも上級天使?いやいや、僕は下級止まりでいいよ。むしろ階級とかいらないし」

しかし、やはりウェルは困ったような顔をしていた。
実質、力量の序列をつけるとしたら、ミルダ、カーラ、フェルサの順が適切なのだから。

…月日は流れて行く。
ミルダとフェルサと時折話すことはあるが、世界が一つだった頃のように接することはなくなった。

カーラはフェルサのことがまだ好きであったが…
いつしか、ミルダとフェルサの間に子が授けられたと知る。
それでも……フェルサへの想いはずっと、カーラの中に在った。

そして……
見た目通りの黒い影。
そんな異形の存在が急に天界に現れる。
人の形をしているが、全身が真っ黒で、目とか鼻とか、そんなのも無い、真っ黒な存在。
黒い影は人を襲い、最初は人を飲み込んでしまった。
それを阻止する為に、階級の付けられた天使達が黒い影を討伐するようになる。

しかし、黒い影は倒しても倒しても、次の日にはまた大量に現れた…

人々は不安に駆られたが、カーラは別の不安に気付く。

久し振りにフェルサの姿を見た。傍らにはミルダとマシュリ。

初めてフェルサを見た時から知っていた。
彼女は……自分自身にさほど興味がない。
だからこそ、見ず知らずの死に掛けた子供、カーラのことを実験だなんて理由で助けた。
魔力を分け与える――すなわち、自分の命を削って……

常人ならば見ず知らずの相手の為に命など削らない。
カーラはあの日のフェルサの虚無な目をずっと、覚えていた。

そして、今。
今また、フェルサの目はあの虚無を纏っているのだ。

分断される前の世界で、自分やミルダ、ネヴェル達と関わり出した時にはフェルサはようやく、優しい普通の女性になり掛けていたのに。
再び今、彼女は昔のフェルサに戻ってしまったような……そんな印象を、カーラは受ける。

そして、知った。
彼女こそが、黒い影を生み出した張本人だということを。

カーラはその時ようやく、上級天使の階級を戴くことを決めた。

その階級により天長に特殊な翼を与えられると、少しだけ魔力が増幅するらしい。
…自分の力に自信はある。
けれど、フェルサを前にしたら揺らいでしまうかもしれない。
だからこそ、カーラは決めたのだ。

――ある日の天界の夜。
カーラはとうとうフェルサの実験場を見つける。
人が立ち入らない深い森の中の施設。
分断前の世界でも恐らく武器や何かを造る為の施設だったのだろう。
今は廃墟となったそれを、フェルサは使っていた。

建物の中は、灰色の床に薄紫色の壁…灯りも薄暗く、所々に人一人入れるほどのカプセル状の実験機器が設置されている。
その中には、まさに今、天界に出現している黒い影たちが蠢いていた…

そして通路の先にある扉をカーラは開く。
その先に立っている人物の後ろ姿に、

「フェルサ!!」

と、カーラは叫んだ。
呼ばれた彼女は驚くことなく振り返り、

「…ふむ。そうか、君は、この時の為に力をつけたんだね」

カーラの翼を、上級天使の翼を見て言う。
あれほどカーラは面倒だからと言う理由で、その階級の座を拒んでいたのだから…

「フェルサ……君が、黒い影なんてものを生み出しているのか?」

その問いに、フェルサは微笑を浮かべるだけ。

「一体、どんな実験であんなものを!?」

その問いにも、フェルサは答えない。
そして、

「君にはわからないわね。君には何も変えられないわ、カーラ」

なんて言われてしまう。

「何が…だよ」
「今の天界の住人はかつての世界を知らなさすぎる。君も、ミルダも…奪われて、空なんかに追い遣られたのに」

フェルサの瞳には憎悪の色が宿り…

「だからこそ、私は人間に、魔族に復讐する為の道具を生むんだ。そして、教えてあげる。今の天界の理は、何もかも間違っているんだって。…私達は、復讐しなければいけないのよ」

そう、紡いだ。

(君は…まだ恨んでいるって言うのか?そんなの、間違っている…僕らだけが被害者じゃないんだよ…?)

喉から出かけて、しかし、声にはならない…

「全ては実験だよ。私の体も、お腹の中のこの子も、人間と魔族に復讐する為に使うのさ」

自身も、子供も…
今でもフェルサを大切に想うカーラにとって、彼女のその言葉は痛々しかった。

「何をバカなことを…!」
「じゃあ、私を殺すかい?君は女性を殺せるの?ああ……私の中には幼い命も在るのに、それすらも、殺せるの?」

カーラはギリッと歯を軋める。
違う、違う、違う……と。
フェルサはこんな人ではなかった。こんな、復讐に囚われる笑みをするような人ではなかった。
全ては……全ては、あの時代が、彼女を変えてしまった。
否、彼女の秘められた本当の自分をさらけ出させてしまった…

きっともう、以前のフェルサは取り戻せない。
天界の理だとか、ミルダだとか、お腹の子だとか、そんなものはどうでもいい。
ただ――フェルサを救うには、変えるには、もう…

「それでも変えてやる。君をっ……殺してでもっ」

もう、それ以外の道はなかった。

「……そう、可哀想に。君は殺されるんだって、私の…ハルミナ」

フェルサは自分の腹に両手をあてて、妖艶に嘲笑う…
しかし、カーラは首を横に振り、

「僕は…君を…」

泣きながら、肩を震わせながら、

(お腹の子じゃない。僕が可哀想だと思っているのは、君なんだよ、フェルサ……どうして、届かないんだ…)

そう、思った。
続く言葉を待たぬまま、フェルサは魔術を放ってくる。
カーラはそれを避け、

「君は…変わってしまった。君は何も見えていない。復讐に執着し過ぎて、ミルダすら、見えていない…」

そう、呟いた後で…
カーラはフェルサを撃った。

その日から、後悔と言うか虚しいと言うか…
空虚な日々をカーラは過ごす。
フェルサを殺めてすぐに、上級天使フェルサの跡を埋める為か、影武者なんてものが現れた。

――…そうして月日は流れ、新しい時代が始まり、昔の世界の話はあまり語り継がれなくなる。

ラダンに出会い、エメラに出会い、マグロに出会い…

カーラは新しい時代に出会った彼らに、自分の過去を話はしなかった。
自分が分断される前の時代から生きた人間だということを、語らなかった…

そして、何もかもに興味が無くなる。
フェルサが憎んだ世界、フェルサの命を奪った自分。

(…もう、何も、護るものなんか、ない)

フェルサが居なくなってからは、本当に適当な人生をカーラは歩んだ。
後に、なんの思い出にもならない人生を、歩む…

フェルサを殺した事で、ますますミルダとマシュリとは仕事以外では語らなくなった。
しかし、不思議な事にミルダもマシュリも恨みの言葉を吐いてこない。
二人にとって、フェルサは大切なはずなのに…

フェルサを撃って20年余りが経った頃…

ミルダとマシュリの会話から'ハルミナ'と言うワードが聞こえた。

――…フェルサの死後から数ヶ月。
ミルダの元に影武者が現れ、赤ん坊を連れて来た。
影武者が大事そうに抱えていたその子は、ハルミナだとミルダは気付いたらしい。
だが、ミルダはフェルサが望んだ実験の為に、自らの子を魔界に落とした。
そして、ハルミナを魔界で生きさせ、実験は失敗だったらしい。
連れ戻され、不要となったハルミナは、天界の森の奥底で一人、20年余りの月日を暮らしている。

…そんな会話を、カーラは聞いてしまった。

あの日、あの時。
フェルサを止めに行き、撃ってしまった日…
カーラはフェルサのお腹にいたハルミナを殺してしまったも同然だった。
それ以前に、見知らぬその子のことよりも、フェルサのことだけを考えていた。
フェルサを撃って20年余り…
ミルダとマシュリの会話を聞くまで、ハルミナの存在すら、忘れていた。

カーラは吐き気を感じる、頭が痛い、重い。
そんな状態のまま、気付けば話に出ていた森の奥底に向かっていた…

そこには小さな小屋。
幸い、綺麗な川が流れていたり、木の実も実っている土地だ。

そこで……

「君、が……ハルミナ?」

カーラが言えば、川の水を汲んでいた少女がこちらに振り向く。

――緑。
見たこともない髪色だった。
ボロボロに汚れた服を着て、身体中、擦り傷が出来ている。
フェルサやミルダの面影は…どちらかと言えば、フェルサ似ではあるが、全然違うとカーラは感じた。

少女は無表情にカーラを見つめたが、その金の目は死んではいない。

なんの言葉も交わさないまま、気付けばカーラはその少女の手を引いていた。
少女は困惑して手を振りほどこうとしたり、疑問の声をあげたがお構い無くカーラは少女の手を引く。

罪滅ぼし?同情?
わからない、わからないが、一気に胸の中の何かが熱くなった。
自分はこの20年余り、いったい何をしていたのか。
この少女の存在に気付かず、何をしていたのか。

(……ごめん…っ)

心の中でカーラは何度も何度も謝罪した。

もはや、ミルダはハルミナを自分の娘だと見なしていない。ましてや、異分子呼ばわりだ。
だから実質、もう、ハルミナには肉親も居ない。

カーラはそんな彼女の兄か父にでもなろうかと考えた。考えて、森の中から人の輪に連れ出した。

それと同時に、フェルサを撃ってから止まっていたカーラの時間が動き出す。

ハルミナの存在はフェルサを忘れる為、なんていう都合の良い存在ではなく、自身がどうなっても気にしないくらいに、かけがえのない存在になっていくだなんてことを、ハルミナを森の中から連れ出した時のカーラは知りもしなかった。

――罪滅ぼしも、同情も、後悔も、全てが愛情に変わった。だが…
フェルサを撃った時にハルミナを殺したも同然の自分には、想いを伝える資格すらないと、後に感じることとなる。

そうして――…


ー111/138ー

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