afterward(ヤクヤ)

魔界が地底に落とされて数日。
ヤクヤはどこかぼんやりしていた。
不思議と、気持ちが落ち着いている…
オカシイな、と、自分で思った。
こんな事態になったのに、なぜ、自分はこうも落ち着いているのか…と。

「ヤクヤ」

ネヴェルに声を掛けられてヤクヤは振り向いた。彼の隣にはメノアもいる。

「ヤクヤさん、地底に来てから、あまりレディルさんと一緒にいないのね。レディルさんの姿も見掛けないし…」

心配そうにメノアが言えば、

「レディルなら先日、一人で発ったぞ。どこに向かったかは知らんが…」

そのヤクヤの言葉に、ネヴェルとメノアは目を丸くした。

「ヤクヤ……一緒に行かなくて良かったのか?」
「そ、そうよ。いつも二人は一緒だったじゃない」

二人の言葉に、しかしヤクヤは、

「そうだったか?」

と、首を捻る。
ネヴェルとメノアは顔を見合わせ…
それ以上、追及しなかった。

――…
―――…

数日後、少しの荷物を手にしているネヴェルとメノアの姿をヤクヤは見つけ、

「行くのか?ネヴェル」

そう尋ねる。
ネヴェルは「ああ」と、頷き、

「こんな地下深い世界だ。協力して生きるべきではないのか?」

ヤクヤはそう言った。

「すまないな、ヤクヤ。俺はもう、争いなんてウンザリだ。こんな世界でも…俺は彼女と生きる」

きっと、これからこの地底で新たな争いが始まるだろう…
それを悟り、ネヴェルは言う。

「そうか。止めはしないが…気を付けろよ。せっかく、あんな戦いで生き残った命だ。大切な女を、しっかりと守ってやれ」
「ああ、言われなくとも」

ヤクヤの言葉に頷き、ネヴェルはメノアと顔を見合わせて微笑み合い……
そして、こんな魔界でも、幸せそうに寄り添って、二人は旅立って行った。
お腹に宿した子の幸せを願って……


気付けば、ヤクヤは一人になっていた。

レディルが行き、ネヴェルとメノアが行き…

それでも、不思議と穏やかな気分だった。
この地底に落とされた魔界で、自分は何をすべきかを、冷静に考える。

――…
―――…

数年も経たない内に争いが始まった。
魔族しかいないこの大地で、魔族同士の争いだ…
魔王なんて者が現れてからは魔族に階級なんてものも付け出す始末。

魔王は多くの魔族を従え、逆らう者は殺され、戦えない者は殺され……
戦えない弱い魔族は死を待つしかなかった…

ヤクヤはそんな世界をオカシイと、理不尽と感じる。
何故かはわからないが、気付けば弱き者を守り、そんな彼らを連れて逃げる生活となっていた。

ヤクヤは自分の行動原理がよくわからなかった。だが、こうしなければいけないんだと、心が命じる。

若き者、老人、女、子供……
多くの者が嘆いていた。

そう、同じだ。

世界が分断される前の…

人間、天使、魔族。
その争いの中、争いを嘆いた者達。

あの時のヤクヤはその声に耳を傾けることが出来なかった。しかし、今は違う。今は……
何故だろう、冷静に、彼らの声が心に響く。

とある日、ヤクヤは一人の少女を見つけた。
金の髪……その髪色を持つものは天使しかいない。
少女はあどけない声でハルミナと名乗った。
何者なのか?なぜ魔界に居るのか?
しかし、幼すぎるハルミナはそれに答えられない。
と言うよりも、自身も本当にわからないのであろう。

魔王が作り出した人間界に繋がっていると言ういくつかの扉。
魔王に力を与えられた特別な魔族や強い魔力を持つ者しか通れないそうだが、恐らく天界からハルミナは落とされたのだろうとヤクヤは思う。

ハルミナに危険性を感じなかったヤクヤは彼女を連れて行くことにした。
月日が流れ、魔界か地底か、その環境により、ハルミナの金の髪は緑に変色する。
魔族だ天使だ……そんなことは関係なく「ヤクヤおじさん!」と、ハルミナはヤクヤを慕った。
だが、まだ戦える仲間が少なかったとある日、魔王の部下の襲撃の際、ヤクヤは多くを守れなかった…
ハルミナも、行方不明になってしまった。

――…
―――…

それからも、ヤクヤは多くを失う。
その最中、ムルという少年に出会った。
魔族同士の争いで家族を失ったそうだ。
ムルは戦える魔族だった為、魔王の部下から身を隠しながら一人、生きていたらしい。
そんな彼をヤクヤは拾い、仲間に加え、共に暮らした。

「…皆が、ヤクヤさんのような優しく強い魔族だったらいいのに」

いつかムルはそう呟いた。
チクリと、ヤクヤの胸にその言葉が引っ掛かる。

優しく強い魔族。
自分は本当に、そんな魔族なのだろうか?
ヤクヤはそのような魔族に憧れたような……そんな記憶が曖昧にある。

しばらくして、ヤクヤの傍で生き方を受け継いだムルは一人立ちを決め、ヤクヤの元を去った。
ヤクヤの意思を、幅広く広めたいと言って…

――…
―――…

「…魔王なんてもんのせいだ!!魔王なんかに従う馬鹿な魔族のせいだ!!なんでだ……家族も…友人も……なんで、なんでこんなことに……!!!」

その日また、大切な者を奪われた魔族の嘆きが魔界に響く…
血溜まりの中、家族だったのか、友人だったのか…
もはや原型を残していない人の形をしていたそれが無惨にも打ち捨てられていた。

「…あんたもか…?あんたも魔王の手下か!!」

魔族の青年が身体中に殺気と魔力を走らせ、ヤクヤを睨み付ける。
飛んで来たのは雷撃。
憎しみで振るわれた殺気は、冷静な者には決して当たりはしない。
それでも飛んでくる。
行きようのない殺気が次々飛んでくる。

ヤクヤはそれを避け続けた。

「ぜっ……ぜっ、はっ…」

数分後、ようやく青年は力を使い果たしたのか、その場に膝を落とす。

「おー、ようやく話を聞く気になったか。言っとくが、俺は魔王の手下なんかじゃない。むしろその逆じゃ」

ヤクヤのその言葉に、青年は目を丸くするが警戒は緩めない。

「まあ、なんじゃ。俺達は魔王に従いたくない集まりじゃ。戦いはするが、殺しとは無縁の生き方……そう、自由に生きる為の集団じゃからのぉ」
「……自由?…ハッ、馬鹿馬鹿しい。こんな世界で…そんなん無意味ですぜ。殺らなきゃ殺られる。そんな世界なんですぜ…」

青年は吐き捨てるように言った。

「じゃからこそ、俺達はそんな世界を変えるんじゃ。争いを嘆く者の声を汲み、いきなり現れた魔王なんてもんの言いなりになどならず、自分達の生き方をするんじゃ。恐らく、魔王の手先達も生きる為に必死なんじゃ。生きる為に、手下に成り下がるしかない。じゃから……」

ヤクヤは目を閉じ、一つの言葉を頭に浮かべる。

「どうせなら、壊すのではなく、何かを守る為に暴れてはどうじゃ?俺達と一緒に。お前の力は見させてもらった。その力、借りたいと思うのじゃが」

そう言って、ヤクヤは青年――トールに向けてニカッと笑った。

――…
―――…

それから月日は流れ…
ヤクヤはまた新たな出会いをする。

タイトという青年。

それはまた、不思議な存在だ。
恐らく、魔族と人間のハーフ。
それに…
世界を分断した人間、リョウタロウの気配。

本人は素性を語らず、自身は魔族だと言い張る。
確かに、タイトの中に巡る魔族の血は色濃く、あの時代を知らない魔族達は誰も、人間の気配には気付かないだろう。

かつての時代には、ハーフなんて数多に居たからこそ、ヤクヤにはタイトの中に流れる血を読み取るのは容易かった。
かつて敵対した人間の気を感じ取るのも、容易かった。

成り行きでタイトも仲間に加わり、戦える者達が増えた集団は、昔ほど失うものは少なくなる。

そう。僅かな平和を握り締め、他愛ない会話が出来るくらいに……

「下魔とか、野良魔族とか、ムカつきますぜ!」
「そうじゃな。なーんで、そんな肩書きにこだわるのじゃろうなぁ」

トールのいきなりの言葉に、ヤクヤは適当に返事をする。
しかし、

「ヤクヤさん!ここは自分達も何かカッコいい肩書きを名乗るべきですぜ!」

熱く言ってくるトールにヤクヤは困ったような表情をして、

「む…?そ、そう言われても…、俺らは自由を求めているからの。…自由軍?」
「ヤクヤさん、それはあまりにも…」

そんな二人の会話を呆れるように端で聞いていたタイトが、

「人間界の言葉で、自由はフリーダムと言う」

そう、いきなり言うので、

「うを?!タイト、いつの間に居たんじゃ…」
「フリーダム。フリーダムかー、響きはカッコいいですぜ。しかし、人間界の言葉なんてよく知ってるな」
「まあ、偶然な…」

……と。
そんな他愛ない会話から『フリーダム』と言う集団名となった。

大変な暮らしだった。
逃げて隠れて守って。
だが、生きた心地がある、自分は自由に生きているんだとヤクヤは感じた。

この自分の生き方を、好きだと思う。

遠き日に、一体自分は何を憎んでいたのか…
一体、戦いに何を見出だしていたのか…

…ネヴェルでさえも、魔王の手下に成り下がったとヤクヤは噂で聞いた。しかも、高い地位に就いているという。
しかし、メノアは?

ミルダやフェルサ、カーラはどうしているだろう。

そして……'レディル'。

歳のせいか、ヤクヤはレディルとの思い出が断片的にしか思い出せなかった。
出会った経緯すら曖昧である。

数年後、魔界にある小さな集落が魔王の手下に滅ぼされたと聞いた。
その集落の王の名は、レディル。
魔王の配下に集落を侵略され、奪われ……
最後まで降伏しなかった王は殺されたと言う。
その息子レイルは、魔王の元に降り、集落の民を従わせる為に、魔王の息子の位に就かされた、と、風の噂で聞いた。

レディルは確かに、仲間だった、共に戦い、この地底に落とされた。なのに……
彼の死を知り、'惨い話'としか、ヤクヤは感じない。
それしか感じないはずなのに、

「……?」

その頬には、誰の為に、何の為に流したのか、涙の痕が残っていた…

――それからも、ヤクヤはフリーダムとして魔界を駆ける。

孤独な者、弱き者を守る為に…


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