結末

造り手達の思惑通り、人間の一部で打たれた魔剣は、確かに英雄の剣に届いた。
だが、届くだけでは、何もかも足りなかった…

屍の山は積み重なるばかり。

力量の差なのかなんなのか一切わからなかった。
ただ、たった一人の人間の男――リョウタロウの振るう剣と、彼の繰り出す魔術の前に、立ち向かう者は全く歯が立たない。

魔術なんてものは、それを最初から扱える魔族と天使の方が上のはずなのに――…

「な、なんでこんなことになるんだ…」

紅い魔剣を片手に握り、負傷したネヴェルは呼吸を荒くしていた。

「ネヴェル!呆けている場合ではないだろう!お前に与えられた魔剣は、あの人間の剣に対抗できるんだろう?!」

同じく負傷したヤクヤがネヴェルに言うも、

「かと言って、ヤクヤ…もはや、ネヴェルにも…お前にも、私にも…アレに対抗できる力など…ない」

隣に居た、同じく負傷したレディルがそう言う。

「うーん、あー…僕の方も駄目だなぁ」

白い羽を羽ばたかせながら、カーラが三人の横に立った。

「カーラ!お前はどっち側なんだ結局!」

急に現れた彼にヤクヤが怒鳴り、

「一応、僕は天使だからね。でも、あんなバケモノが居る以上…今はアレをどうにかするしか…」
「カーラ少年。君はまた魔族の傍に寄り添って」

カーラの隣に、フェルサが歩み寄る。

「いやいやフェルサ先輩。僕は真面目に天使ですってば」
「その言い回しがよくわからないがな」
「うーわ、ミルダ先輩まで来たー」

そんな天使三人の様子に、

「お前も奪われたのか、ミルダ」

レディルは渇いた笑みを溢し、包帯が巻かれているミルダの右目を見た。

「お前こそ、なんてザマをしている」

ミルダは左目を細め、レディルの失われた右肩から先を見る。

六人とも、もはやボロボロの状態だった。
立っているのもやっとだった。

「一体……人間はどれほどの実験をした?あの男は…なぜあんなに、強い?」

ネヴェルは歯を軋ませ、リョウタロウの前では無力だった魔剣を握り締める…

ゴゴゴゴゴ……

激しい地鳴りが起き、世界が揺れ始めた。

「今度は何が起きる…?!」

ヤクヤは慌ててリョウタロウの方を睨む。
リョウタロウは剣を天高く掲げ、その剣先からは一筋の光が伸びていた。

「……」

六人はその光景に言葉を失う。

「なんて……魔力…」

驚愕するようにフェルサが言い、

「こ、こんな時にあれだけどさ……生き残ってるのって……僕らと、戦えない避難してる人達とか……そのぐらい?」

カーラはその表情こそいつものようにヘラッとしていたが、額からは冷や汗が流れ、体は震えていた。

「何が、起きる?何ができる?!どうしたらいい!?」

リョウタロウが何をしようとしているのかもわからず、あの剣に唯一対抗できた魔剣さえも敗れ、何も打つ手が浮かばず、ヤクヤは焦りをみせる。

そこで、リョウタロウは六人から少し離れた場所から彼らを見つめ、

「…'俺達'を造った人間達の目的がわかるか?」

そう、六人に聞いた。

「目的…俺達…?」

ミルダが聞き返せば、

「そう。俺達。この剣と…俺」

リョウタロウは剣を掲げたまま静かに目を閉じ、

「俺もこの剣同様、実験された身だ。生命術師の術により、魂を弄られ、不老不死の身にされたこの体はもはや朽ちることを許されない。人間の……人間だけの世界を守る為に俺は選ばれ、造り出された。いや……造り替えられたという方が適切か?」

リョウタロウは話しながら自嘲する。

「人間だけの世界だって?」

レディルは少しだけ怒りをこめたような口調で言い、

「そうだ。人間は自分達だけが無事であればそれでいいんだ」

リョウタロウは頷きながら答えた。

「バカな…そんな馬鹿げた話…」
「お前はネヴェルと言ったな。馬鹿げた、と言うが…最初に争いを始めた種族は誰だ?魔族と天使だろう?くだらない言い合いから始まった争いに人間も巻き込まれた。魔族に従い、天使に従い……そんな人間達が自分達の身を守るのは当然だろう?」

淡々とリョウタロウは言葉を紡ぐ。

「だからこそ、人間は考えた。三種の種族が共存していること自体が間違いなんだと。そう。この剣の本来の目的は……空間を斬ることだ」
「!?」

それは、一同が全く想像していなかった言葉だった。

「空間を…斬るだと?」
「そんな非科学的な…」

ミルダとフェルサが唖然と言い、一同も思う。
どんな力でも魔術でも、空間を斬るなんて話は聞いたこともない…
常識的に考えて、できるはずもない。
けれども、リョウタロウの虚ろな目は到底、嘘など言っている雰囲気は一切なかった。

――大地が裂けていく。

三種の種族は共存して同じ大地に暮らしていたが、人間界、魔界、天界と、それぞれの種族の居場所を仕切っていた。
その各世界の境界線が分断されていく。

「…うわー、どういうことなわけ?それぞれの世界を切り離してるの?」

冗談を言う元気はなかったが、カーラは調子を保とうと、いつもの口調で言った。

「…な、なんだこれは」

ネヴェルは胸に手をあて、急に苦しそうに呻き出す。
しかし、それはネヴェルだけでなく、レディルもヤクヤもミルダもフェルサもカーラにも、同じ現象が起きた。

「あれのせいか…」

ミルダは魔族と天使を一切寄せ付けないリョウタロウの剣を見る。
剣から溢れ出る光はますます強さを増していた。

「…もう、成す術もない、か」

掠れた声でレディルは言う。
傍らでヤクヤもなんとか立ってはいるが、立つことだけで精一杯だった。

「世界は…どうなるんだ?」
「この大地には人間だけが残る。この剣によって、魔界と天界はこの大地から切り離される設定のようだからな」

ネヴェルの問いにリョウタロウはそう答え、

「設定…?まるで君は人形みたいね。ここ最近のほとんどは君がやらかしたのに、君はずっと、自分は関係ないという顔をしている」

フェルサはそう言い、リョウタロウを睨み付ける。
リョウタロウは何も答えずに、静かに目を閉じた。
なぜなら、世界はもう壊れる寸前なのだから。

「…皆!」

そこで、一人の少女の声が凛と響いた。

「メノア…来ては、駄目だ」

息を切らしながら、ネヴェルは弱々しく彼女の方に振り向く。

「…ねえ、私の…私達の祈りは届かなかったの?争いを望まない人の声は、誰にも届かないの?」

リョウタロウの持つ剣の光の影響により、メノアはその場に膝をつきながらも彼に問い掛けた。

「今までは魔族と天使の争いで、人間は隠れて行動していたわ。でも、たった一人、最後の最後に、あなたが現れた。でも、あなただけだった」

メノアの紡ぐ言葉を、ネヴェル達は理解できずにただ、傷付いた自身の体と意識をなんとか保ちながら聞いている。

「…ねえ、教えて?あなたの意思は、どこにあるの?あなたの本心を聞かせて。そうしたら、皆のこの憎しみは……これ以上、酷いものにならない!あなたも、苦しまずに済むわ」
「……」

リョウタロウは目を細めてメノアをじっと見た。
しかし、彼は静かに首を横に振る。

「…あなたは……」

メノアは何かを理解したかのように、一筋の涙を溢した。
けれど、やはりメノアとリョウタロウのこの時のやり取りの意味を、この場に居る一同はこの瞬間、理解できない。

怒りが、憎しみが、喪失感が勝っていたから…

長い長い沈黙が続き、もう、誰も動きはしなかった。
まるで、リョウタロウの剣に力を奪われたみたいに、体が動かない。

ネヴェルは薄れそうな意識の中、魔族と天使と、少しの人間の屍の山に視線を向けた。

そして、僅かに残った力で拳を握り、

「…お前みたいな奴が存在するのなら…何故、もっと早くに終わらせなかった?何故、こんな犠牲が出る前に…」

呆気なく終わってしまった争いの中、ネヴェルはリョウタロウを睨み、屍の上で嘆くように恨みの言葉を吐く。

それに対して、リョウタロウの口が少しだけ開いたような気がした。
しかし……彼は何か言おうとして…
だが、口を結ぶ。

――争いの中、誰しもが他人を思い遣ることを忘れていた。
争いを望まない者だけが、視野が広かった。


「な…んだ……これ」

カーラは自分の体が浮いていることに気付く。
翼を出しているわけでもないのに、カーラとミルダ、フェルサの体は空中に浮き上がり、遠くに居た天使達の体も、パックリと切断された天界の大地ごと浮いていた。

「……?!こっちは、沈んで行く…?!」

ぼんやりと光景を見ていたが、ヤクヤは自分の状況に気付く。

ネヴェルとヤクヤ、レディル、メノア。
そして他の魔族達は、パックリと切断された魔界の大地ごと、下へ下へと沈んで行く。

元の大地には、剣を天に掲げたままのリョウタロウと、人間達だけが残された。


「フェルサちゃん…!ミルダさん…!カーラさん…!」

沈んでいく大地の上で、メノアだけは友人達の名を叫び続ける。
それに返事はなく、賛同する者もなく…
それでもメノアは叫び続けた。

別れを惜しむわけではない。
こんな結末は辛すぎるのだと、叫んでいたのだ…

ネヴェルにはわからなかった。
メノアは愛する女性だというのに、人間への、天使への憎しみという感情が勝ってしまっている為、メノアの優しさという感情に共感できなくなってしまっていた。

そのはずなのに……

「……ネヴェル…」

メノアは立ち尽くす彼の姿を見つめ、ぽつりとその名を紡ぐ。

ネヴェルは天を見上げ、無意識の内に、涙を流していた…

この日、世界の理が変わる。

天界は空へ。
魔界は地底へ。
人間界はそのままで。

魔族と天使に憎しみの感情を植え付け、世界は分断された。


ー106/138ー

*prev戻るnext#

しおり



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -