わかり合えなかった者

目を開けたら、一面の緑が目に入った。
それは先刻の、鬱蒼とした森の…木々たちの景色で。

「…一体」

と、ハルミナは朦朧とした意識の中で言う。
自分は今、一本の大きな樹に凭れて眠っていたようだ。

「や。ハルミナ。目が覚めたかい?」
「!」

そう声を掛けられて、ハルミナは隣を見る。
ぼうっとしていて気付かなかったが、隣にはカーラが座っていた。

「でも、疲れてるだろ?もうちょっと休んでてもいーよ」

と、カーラはヘラっと笑いながら言う。
しかし、ハルミナは目を細め、

「私はなぜ、眠って?他の皆さんは…?それに、フェル…」
「いやー、それにしても、凄いよね、ここ。どこをどう見渡しても緑ばかりなんだから」

疑問を口にしていたハルミナの言葉を遮るように、カーラはどこまでも明るく言葉を発した。
ハルミナはそんな彼の態度に疑問しか浮かばない。
いや、今までもカーラはずっと飄々としていたが…
再会してからの彼は、どこか飄々さを潜めていた。
なのに、今は以前のように明るさを纏っていて…

「フェルサさんとミルダさんに…何かあったんですね」

と、ハルミナは小さく言う。
それを聞いたカーラは一瞬ハッとした顔をしたが、すぐにヘラりと笑い、

「ん?いやー……うん、まあ、ね」

そう、言葉を濁した。

「気遣いは必要ないですから……何があったのか、教えて下さい」

先程まで、森の中の施設に居たはずで、フェルサ達と対峙して…
マシュリがマグロを刺し、マグロがマシュリを刺し、それをウェルが治癒している途中で…
そしてミルダはフェルサを刺した。
ハルミナはミルダと話をしようとした。
そして……フェルサを抱いたままのミルダに引き寄せられて――…

ハルミナが覚えているのはそこまでだった。

カーラは表情を崩すことなく、静かに目を閉じる。
そして、

「施設は崩壊したよ。中に、巨大な影と、マシュリとミルダ、そして…フェルサを残してね」

そう言った。
そして、ハルミナがミルダによって気絶させられた後の話をカーラはする。
聞かされたハルミナは、

「……そう、ですか」

小さな声で言い、俯いた。
巨大な黒い影を道連れにし、施設は崩れた、三人の安否はわからない。
だが、助かる可能性は低いだろう。

カーラに促され、崩壊した施設を…瓦礫の山を見て、ハルミナはそう感じた。

「…」

光景を目にしながら、ギュッと手に力を入れ、歯を食い縛る。
しかし、体の震えと涙を止めることは叶わなかった。
そんなハルミナをカーラは困ったように見て、

「ちょっ…ハルミナ、なんで君が泣くのさ。君があんな奴らの為に泣く必要なんてないんだよ」

そう言われ、ハルミナは首を横に振る。

「でも、あの二人は……私の両親だったんですよね。悔しいんです、結局……何一つ、まともな会話すら出来なかったことが…。マグロさんも、マシュリさんとわかり合えなかったんですね…」

ごしごしと涙を拭いながらハルミナはカーラを見て、

「私が気を失っている間に、フェルサさんに長年の思いを伝えることが出来ましたか?」

そう聞けば、カーラは苦笑して、

「いや。僕も結局…何も話せなかったなぁ。フェルサを前にしてみっともなく喚くことしか出来なかった。それに比べ、ミルダ…先輩はほんっと、大人だったよ」

ミルダはあの状況下で冷静だった。
恐らく彼は、最初からあの結末を選ぶつもりだったのだろう。
フェルサを刺したミルダの目に、迷いなどなかったから…
そして、冷静さを欠いたカーラに対しても、ミルダはどこまでも冷静に話をした。
どこまでも――フェルサを想っていた。

「…でも、やっと吹っ切れたよ。解放されたって感じだ」
「え?」
「フェルサから、さ」

カーラは大きく息を吸いながら伸びをする。

「あれは、お似合いの夫婦だ」

そう、カーラは笑い、

「それに、ミルダ先輩に言われたよ。'俺達'の娘の傍に居ろ…ってね」

それを聞き、ハルミナは大きく目を開けた。

「あの人が、ミルダさんが…そう、言ったんですか?…私を、娘と…」
「ああ。言ってたよ、ハッキリとね。全く。ミルダ先輩ってどこまでも真面目と言うかなんと言うか…いや、恥ずかしがり屋だったのかも?ハルミナにちゃーんと言ったらいいのにねー」
「……ほんと、ですよね」

茶化しながら言うカーラの言葉にハルミナは苦笑する。
ミルダが本当にそう言っていたのならば…
それを、その言葉を、意識がある内に、ハルミナは聞きたかった…

「……。さあ、色々と積もる話はあるけど、皆の所に戻ろうか。先に、森を抜けて待ってくれてるよ」
「…はい」

カーラとハルミナは最後にもう一度だけ瓦礫の山を見つめ、そして、仲間達が待つ方へと足を向ける。

(考える時間が必要な程、もう、子供じゃないか)

そう、カーラは思った。
カーラが現状を話している最中、ハルミナは強い眼差しを曇らせはしなかったから…

――そうして、誰も居なくなった鬱蒼とした森の中で…

「あはは。警戒心のない人達ばかりだなぁ」

そう、いつの間にか瓦礫の山の前にテンマは立っていた。

「そう思わないかい?フェルサ――と言っても、もう聞こえないかな?」

テンマは瓦礫の山の中に居るのであろう彼女に話す。

「さあ、君が仕上げてくれた黒い影は、僕がちゃんと使ってあげるから。そして…ヒトも世界も、全部飲み込んでようやく壊すことが出来る」

テンマはそう言いながら、瓦礫の山に触れた。
すると、瓦礫の隙間から蠢くように影が這い出して来て…

「復讐がようやく始まるのさ。魔族への、天使への、人間への、世界への!ふふ、ははは。この復讐こそが、僕から君達に贈る世界なんだ」

テンマは一人、興奮するように言った。ようやく、長年の憎しみから解放される道が開かれようとしているのだから。

――…
―――…

森を抜け、一つになった世界の天界の地域にカーラとハルミナは出た。
そこには、共に施設に赴いた仲間が…

「え!?」

思わず、ハルミナはそう驚きの声をあげる。

「おー、ハルミナ。もう大丈夫なのじゃな」

ヤクヤがそう言うが、ハルミナの視線は別のものを捉えた。

ラダンとトールとユウタの姿だ。
その三人は、ジロウ達と共に行ったのだから…
しかし、ジロウやネヴェル達の姿はなく…

すると、

「嬢ちゃんの聞きたいことはわかっとる。俺から説明するわ」

困惑するハルミナにラダンが言う。
よく見ると、ヤクヤもウェルもラザルもムルも、ハルミナやカーラと同じように疑問の表情をしていた。
恐らく、ラダン達は今さっき合流したのであろう。

「まあ、俺もこっちの近況聞きたいんやけど…」

ラダンは木に凭れ掛かるように座り、眠っている…腹部に治癒の痕があるマグロの姿を横目に見つつ、

「先に俺らの話をせんとあかんわ」

そう、真剣な表情で言った。そんな彼とは対照的に、トールとユウタは複雑そうな表情をしている。

――…
―――…

「な…何でじゃトール!俺はお前にジロウを任せると言うたじゃろう!!」

全ての話を聞き終えたヤクヤはトールにそう怒鳴り掛かった。

「す、すみませんヤクヤさん!で、でも、やっぱりテンマを救うなんて、俺には理解できないですぜ!!」

珍しくトールはヤクヤに反論する。

「ネヴェルさんとカトウさんが……それに…今、ジロウさんの傍には、ナエラさんとエメラさん……あのネクロマンサーの方しか居ないんですか…?」

ハルミナは青い顔をしてユウタを見た。

「ああ、そうなる」

しかし、ユウタはそれだけしか言わなくて。

「取り敢えず、俺は近況伝えに来ただけやけど…そこの二人はまあ、意見の食い違いってとこやな。まあ、そっちも…そうか。ミルダ先輩とマシュリ…そう、なったんか…」

ラダンは言い、ハルミナ達の方の話を聞き、表情を曇らせる。

「と、とにかく、わたくし達もジロウちゃん達の元に合流すべきでは…」

ウェルが心配そうに言い、

「放っておけよ、あんな奴…」

ユウタが眉間に皺を寄せながら言うので、

「なんだよ人間。あいつのオトモダチなんじゃねえの?結局、友情だのなんだのそんなもんかよ」

と、ラザルが嘲るようにえば、

「あいつのこと何も知らない奴は黙ってろ!!」

珍しくユウタはそう声を荒げた。その為、一同は目を丸くする。

「あの馬鹿は…なんでもかんでも信用して、結局、本当に心配してる奴の気持ちなんか考えもしない…結局、今のあいつにはテンマなんて奴を助けることしか頭にないんだ」

そう、項垂れるようにユウタは言った。

「確かにそれは一利あるかもしれない」

ユウタの言葉にムルが頷き、しかし、

「でも、彼は自分で言っていたじゃないか。テンマを救う為に、己を擲つ覚悟があると……ユウタだったか、君はジロウを行かせたくないだけじゃないのか?苦難が待つ道に…」

静かにムルは問い掛ける。

「は?なんだよ、それ…」
「君が心から友人を心配しているのはよくわかる。ここに居る俺達は皆、ジロウと出会って間もない。だが君は、この中で一番ジロウと長い付き合いだ。だからこそ、そんな君がジロウを置いてこちらに来た理由なんて言うのは計り知れない。だが、なんとなくわかるのは…」

ムルは淡々と言葉を進め、真っ直ぐにユウタの目を捉え、

「君がジロウと共に行ったのは…本当はジロウを止めたかったんじゃないのか?君が本当に怒りを感じているのは、ジロウの決意を止めることが出来なかった自分自身ではないのか?」

そう言い放った。

「そうなんですか?ユウタさん…」

確かに、ユウタはいつだってジロウの心配をしていて…。
しかし、何も疑問を感じていなかったハルミナは、不安気にユウタを見た。
ユウタの本当の気持ちは一体…と。

「っ……そんなの知るかよ!俺はっ」
「ジロウがテンマを救う――その理性を崩すことは、誰にも無理だろう」
「?!」

言葉の途中、別の声が挟まれてユウタは大きく目を開けた。
そして声の方――背後に振り向く。

「お、お前…」

ユウタは驚くようにその場に固まった。
そんなユウタの代わりに、

「おー、タイト。何処に行っておったんじゃ」

ヤクヤがその名を呼ぶ。
そこには、ヤクヤ、トールと同じフリーダムであり、ユウタの腹違いの兄であるタイトが居たのだ。
この場で、ハルミナとカーラだけがタイトを初めて目にする。

「律儀に誰にも話さなかったんだな、おっさん」

少しばかり感心するようにタイトはヤクヤに言った。それから彼は一同を横目で見遣り、

「ここまで来たからには、俺ももう、リョウタロウさんとレーツさんの願いを…約束を破っても構わないだろう」

いきなり現れた彼は一人そんなことを言い、

「おい、お前…久々に現れて一体…」

なんの挨拶もなく、相変わらずわけのわからないまま自分の目に映る一応の兄をユウタは睨む。
しかし、

「挨拶は後だ、ユウタ。今は話を聞け」
「なっ」

そうタイトに言われ、ユウタは顔を真っ赤にして怒りみたいなものを堪えた。

他の一行は、英雄リョウタロウの名前がタイトの口から出た為、警戒しつつも黙っており、ヤクヤだけは昨日、タイトに呼び出された際、全ての話を聞いていた…

「さて、まずは…そうだな。お前達がよく知る……いや、お前達が知らない、ジロウが生まれた時代を話さねばならないな」

タイトはそう言った。


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