まとまらない心
タイトは全てを話し終えた。
話し終えた最後に彼は、弟に言葉を向ける。
「だからユウタ。お前は本当はジロウの傍に居なければいけなかった」
…と。
それと同時に、黙って兄の話を聞いていたユウタは、歯を食い縛り、兄に目も向けず、仲間の間を走り抜けて行った。
(全部、お前のせいだ!!)
そう、兄に責任転嫁して…
「ユウタさん…!」
居ても立ってもいられず、ハルミナは思わずユウタの後を追った。
彼女もタイトの話を聞き終え、様々な不安に駆られている…
あとの者は、追うことなくその場に残った。
「いいのか?弟なのじゃろう?」
ヤクヤがタイトに聞けば、
「…あいつは俺を嫌っているからな。追うだけ無駄だ」
そう、タイトは表情一つ変えずに言う。
「それはお前の態度が無愛想過ぎてなんにも伝わっとらんだけじゃと思うが」
ヤクヤは言うが、タイトはそれ以上何も言わなかった。
「…話の途中で悪いけど、君の話が全て事実だとして。だとしたら、僕達に出来ることなんて、なんにもないってこと?」
そう、カーラは目を細めてタイトに聞く。
タイトは迷わずに頷き、
「正直に言えばそうなる」
と、答えた。
「いやいやいや!?どないすんねんこれ」
ラダンは額に手をあて、
「テンマの好きにさせるしかないってのか?」
ラザルが言い、ウェルとムルも不安げな表情を浮かべる。
「…だから、テンマを早めに仕留めておくべきだったんですぜ…」
トールは拳を握りしめた。
沈黙が走り、落胆していく者達を見て、タイトとヤクヤ、カーラは真剣な表情をして顔を見合わせる。
「…ようやく、世界が、一つになったんです。僕らはまだ、何も知らないじゃないですか…」
すると、今まで気を失い続けていたマグロが、その場に横たわりながらそう言葉を発した。
「マグロちゃん!」
「マグロ!」
ウェルとラダンは同時に彼の側に駆け寄る。
「ちょっと、途中からなんとなく話が聞こえてただけなんですが…。天使と、魔族、人間。オレ達は、まだ出会ったばかりですが…確かに昨日、あの場で、心を一つに出来た。わかり合えた…」
マグロはゆっくりと体を起こし、
「憎しみは、何も生まない。ジロウさんが昨日、言った通りです。憎しみは…何かを失う為の道です…だからこそ、マシュリ先輩は…何も得られなかった…」
マシュリと刺し違えたマグロ。
マシュリやミルダ、フェルサの結末を目にしないまま気を失っていたが、なんとなく、理解していた…
「オレは結局、マシュリ先輩に何もしてやれなかった、何も伝わらなかった……きっとジロウさんも、今のオレと似たような気持ちなんです。憎しみしか持たないテンマさんに何も伝わらなくて、だから、彼の気持ちは、なんとなくわかるんです…」
そのマグロの言葉に、
「いまいちわからないが…だから、なんだ?お前もテンマを憎むな、とか言うんですかい?」
トールが聞けば、
「出来れば…それを願いたいです。ジロウさんには、いえ、誰にもオレと同じ気持ちはさせたくない。せめて、ジロウさんとテンマさんはわかり合ってほしい…」
マグロは自身の胸に手をあて、
「でも、立ち向かおうと思うんです。もし、テンマさん…いえ、テンマが世界を壊そうとするのなら、オレ達は立ち向かうことぐらい出来る。一人じゃ無理だけど…皆で」
「なんだよそれ…結局、お前もジロウと同じ意見じゃないか!?もう、そういうのは聞き飽きた!」
トールが苛立つように言う。
「落ち着くんじゃ、トール」
そんな彼をヤクヤが諌め、
「お前の気持ちもわかる。お前は魔王と称したテンマに家族を奪われたようなものじゃからの……フリーダムの仲間達もじゃ。昨日、あの場の空気故、誰もがジロウの言葉に圧倒され……お前もその空気に影響を受けた」
そう言いながら、ヤクヤは首を横に振り、
「もう、繰り返してはならん。憎しみは憎しみを生み、全てを壊してしまう。お前は魔界でそれを散々知っているはずじゃ」
「今の状況と魔界を比べたって、そんなの関係ないですぜ!」
ヤクヤの言葉にもトールは耳を塞ぐように叫んだ。
「いいや、関係ある。もしテンマを殺して…それで終わるかどうかもわからん。フェルサ達の実験がどれ程のものかもわからないのじゃから。ならば、無理でも無茶でも、奴を止めることが先決じゃ。なんとか奴の意思を…ジロウが変えてくれることに望みを託さねばならん。いや…」
ヤクヤは言葉を選ぶように何度も首を横に振り、
「俺ももう、仲間を失いたくはないのじゃ…。かつての時代で多くを失ったように、魔界で多くを失ったように。その為ならば、俺は自身の憎しみなぞ簡単に抑え込める」
「……」
その言葉に、自分より長い年月を生きた男の言葉の重みをトールは感じる。
「はは。僕も同感。さっきのマシュリやミルダ先輩……そしてフェルサのように、もう、知った顔を失うのはさすがに堪えるからねー」
軽口を叩くようにカーラは続け、
「とにかく、だ。今は我々が仲違いしている場合じゃないのは確かだ」
ムルはそう言ってタイトの方を見て、
「貴方は英雄に関わり、多くを知っているようだ。何か我々に出来ることはないのか?ジロウに全てを押し付けるしか…方法はないのか?」
そう尋ねた。
――…
―――…
「っ……はぁ、は。ど、どこだよ、ここ」
無我夢中に走り続けていたユウタはようやくその場で立ち止まる。
走って来た先はまだ天界の大地の為、まだまだ見知らぬ地であった。
ただの地面なのだが、大地はまるで雪のように、羽のように白い。
「…はあ」
ユウタは息を吐き、その白い大地に腰を落とした。
「ユウタさん!」
その瞬間、背後から誰かが走って来る音と声が聞こえ、
「ハルミナさん?」
と、ユウタは振り向く。
ハルミナは息を切らしながらユウタの方に歩み寄り、
「…えっと…ハルミナさん、天使だから飛べるんだよな?」
「は、はい。でも、私は下級天使で…あまり長くは飛べない翼ですから…それに、ユウタさん全然止まらないしで…」
そう、ハルミナは息を整えながら苦笑した。
一度、天長に上級天使の翼を与えられたが、あれは偽りのものであったから。
「そ、そうなんだ…なんか、ごめん。でも、ハルミナさんはなんでここに?」
ユウタが首を傾げて聞けば、
「…なんとなく、です」
そうハルミナは言い、
「さっきの方が、ユウタさんのお兄さんなんですね」
「……腹違いのな」
不服そうにユウタは答える。
「あの人の話が本当なら…私達はもう、ジロウさんに会えないのでしょうか…英雄リョウタロウ…そしてレーツさん。ジロウさんは…真実を知れないままなのでしょうか…そして…」
ハルミナは数秒黙り込みながら俯き、
「ジロウさんに、押し付けるしか…ないのでしょうか」
「…そんなの、間違ってるよ…」
二人は暗く、沈んだ表情をした。
それらは全て、先刻に遡る。
タイトが話した真実はこうだった。
――かつての時代が終わり、世界は分断され、それからも人間の英雄リョウタロウは老いることのない身体のまま、日々を重ねていて…
英雄の剣を銅鉱山に封印した後、彼はずっとその番をしてきた。
そんな彼は、かつての時代から数十年後、占術士の遺伝子を持つレーツと出会う。
その出会いこそが、ある意味で、今を繋ぐ架け橋となった。
それでいて、悲しい日々の始まりでもあった。
二人はそれを承知して、だが…
一人は耐え切れずに逃げ出した…
――今から約80年以上前…
「君は…もしや英雄ですか?」
その日、銅鉱山の奥底で。
墓標のある場へ墓参りに来た少女は偶然、リョウタロウの姿を見つけ、彼をそう呼んだ。