1
まだ雪の季節は終わらず、寒い日々が続いた。
本日のギルドの依頼を終え、シハルと波瑠と色々話をしながらカイア達が待つ教会へ帰る。
そんな、いつもと変わらぬ光景にヒロは思った。
(本当に、いつまでもこのままでいいのだろうか)
シハルの記憶は一向に戻らず、最近では皆、それでも構わないと思い始めている。
ーーそれは、ヒロも例外ではない。
だが、日が過ぎて行くにつれ、いつまでもこのままの生活ではいけないとヒロは思った。
異端者達を助け、一緒に暮らす。
三年前のヒロの、子供の屁理屈であり、我が儘みたいなものから始まって、シハルが協力してくれて、
いつしかそれに、カイア、波瑠、ラサ‥‥段々と協力者が増えてきた。
本当に、有難いことだし、助かる。
けれども、いつまでもこのままではいられない。
でも、このままの生活が続いてほしいーーそう、思ってしまって。
(はぁ。結局、私は皆に頼りっきりで、甘えてるのかなぁ‥‥三年前と、何も変わってないなぁ‥‥ん?)
すると、ヒロは何かに気付いて立ち止まるので、それに気付いたシハルと波瑠が「どうしたの?」と、尋ねた。
「あ、いや‥‥何か雑音みたいな‥‥これは、連絡魔法?」
誰かから連絡魔法が届いているのだが、うまく聞こえない。
「連絡魔法?俺と波瑠さんには届いてないから、カイアではないね」
シハルが言った。
「うーん‥‥よく聞こえない。誰‥‥」
『ヒロ‥‥』
「!」
ようやく聞き取れた声は自分の名を呼んでいて、それはよく知っている声で‥‥
「じっ、ジルク様!?」
彼の声であった。
それにシハルと波瑠は顔を見合わせる。
『ヒロ‥‥ごめんね、ちょっと隠れて魔法‥‥送ってて。聞き取りに‥‥いかも。‥‥今からサン‥‥レイルに来れる?』
所々、まるで電波が悪いみたいに途切れていて、なんとかヒロは聞き取り、
(隠れて連絡魔法を?今からサントレイル国に?)
少し疑問には思ったが、
「わかりました。ジルク様の頼みとあらば」
そう答えれば、
『ありが‥‥う。待っ‥‥るから』
ーープツン‥‥
そこで連絡魔法は途切れた。
「‥‥」
深刻な表情をしているヒロに、
「なんだったのぉ?」
と、波瑠が聞けば、
「ジルク様が、今からサントレイル国に来てくれって」
「あら。デートのお誘い?」
茶化す波瑠を無視して、
「とりあえず、行ってくるよ。暗くなるまでには帰るから」
そう言って、ヒロは帰路にくるりと背を向けて、サントレイル国の方へ走った。
深刻な表情をしていたヒロの様子に、シハルと波瑠は再び顔を見合わせて首を傾げる。
◆◆◆◆◆
胸騒ぎがして、急いでサントレイル国に辿り着いたヒロは息を整えていた。
(来たはいいけど‥‥ジルク様は何処に?まさか城まで来い‥‥なんてこと、ないよね?)
キョロキョロと街中を見回して、また連絡魔法が届くかもしれない‥‥そう思い、ヒロは懐かしむように学院の方に足を向けていた。
今日は休日であり、門は閉まっている。
裏側に細い抜け道があって、それは学院の裏庭へ続いている。
そこでソラ、タカサ、ジルクと夜に落ち合っていた。
「あ、まだ抜け道残ってるんだ。誰も居ないし、入ってみよう」
三年前のことだと言うのに、とても懐かしく感じてしまう。
変わらない裏庭に辿り着いて‥‥そこには、
「あ、ヒロ。よくここだってわかったね‥‥」
「ジルク様‥‥」
ジルクが校舎の壁に凭れ掛かり、立って居た。
彼がここに居たことに、ヒロはあまり驚かなかった。それよりもジルクがここに居ることで、益々、三年前を思い出してしまったから。
まるで幻影のように、あの日の友人の姿が頭の中を駆ける。ヒロは首を横に振り、
「いいえ。わかったわけじゃないです。偶然ここに立ち寄って‥‥」
「‥‥でも、見つけてくれた」
「‥‥?」
どこか様子のおかしいジルクを、ヒロは不安気に見つめた。
「ジルク様、急にどうしたんですか?私に急用でも?」
「うん‥‥」
俯いたままのジルクは、こちらを見ようとはしない。
「‥‥どうしても、君に会いたくなって」
「え!?」
そんなことを言われて、ヒロは思わずドキッとしてしまう。しかし、
「最近、あまり異端者を見掛けないだろう?」
「え‥‥」
その言葉に、ヒロは深刻な表情をした。
「‥‥はい。ギルドの依頼にも異端者関連のものは全くないし、不思議に思っていたんです。ジルク様は何かご存知で‥‥?」
「うん‥‥実は、城で保護してるんだ」
それにヒロは目を丸くして、
「それは‥‥私達と同じですね!」
ぱあっと顔を輝かせ、嬉しそうに言う。
やっぱり、サントレイル国は‥‥いや、ジルクは、異端者を受け入れる体勢を作ろうとしてくれているんだ!ーーそう思い、ヒロは今のジルクの言葉がとても嬉しかった。
(それじゃ、ディンさんも保護された一人ってことだよね?)
そう、喜ぶヒロとは裏腹に、ジルクは暗い表情のままで、
「‥‥多分、君が思ってるような保護ではないよ」
「え?」
「いつまでも、君に嘘は吐けないと思った。だから、今日‥‥決心した」
それにようやくジルクはヒロの顔を見て、
「私は君みたいに異端者のことを見れない。私にとって彼等は重荷でしかないんだ‥‥」
「え‥‥あの、どういう‥‥」
ジルクの今の言葉に、ヒロは酷く動揺した。
「言ったままの意味だよ。現に私は、何人もの異端者の命を奪っている。でも、それに私は何も思わない。彼等を人として認識していないんだ」
ジルクは淡々と言う。
「‥‥話はそれだけだよ。私の本当の気持ちを、君に伝えたかった」
「え‥‥ちょっ‥‥ちょっと待って下さい!?全然、意味がわかりません!いっ‥‥命を奪うとか、冗談ですよね?だって、ジルク様は‥‥」
「優しい、とでも?違うよヒロ。私は優しくなんかない。だって、君に久しぶりに再会して、異端者を人として扱う君のことでさえ、私はーー‥‥疎ましいって、思ってしまったんだから」
そんなことを言われて、皮肉気に笑っているジルクの表情を見て‥‥
ヒロは今、目の前の光景や彼の言葉の意味が本当に理解できなくて‥‥
「そんな、そんなこと、ない。だって、だって、あなたは‥‥」
「‥‥信じられない?ああ、そうか。君は私のことが好きなんだよね?」
言われて、ヒロは顔を真っ赤にして、
「なっ、なんで‥‥」
「見てたらわかるよ。あんな、あからさまな好意」
「じっ‥‥じゃあ、知って‥‥」
「ああ。ずっと知ってて知らないフリしてた。だって私は王様で、君は一般市民。どうこうなる話でもないだろう?」
悪びれる様子なく言われて、とても恥ずかしかったし、とても‥‥
「そっ、そんなのわかってます!だから私っ‥‥言わなかったし、隠してた、つもりだし‥‥それに、そんなの、言われなくてもわかってます!」
とても悔しくて涙が出て、泣きながらも叫んでしまった。
「でも!私が大好きなジルク様は‥‥こんな人じゃない!」
「ごめんね、こんな人なんだよ、私は」
「うっ‥‥、うぅっ‥‥ジ、ジルク様の‥‥馬鹿!!馬鹿野郎っっ!!」
何を言っても届かなくて‥‥
そう泣きながら叫んで、堪らなくなって、ヒロは学院の裏庭から逃げ出すように走り去った。
(なんでなんでなんでーーっ?!あんなの、ジルク様じゃない‥‥!異端者のことも、どういうことなの?!)
走って走って、疑問しか浮かばない。
「ジルク様なんかっ!‥‥早くリーネと、結婚しちゃえばいいんだ‥‥」
走り続けて、気付いたら人気のないサントレイルの海辺まで来ていた。
ヒロはようやく立ち止まり、力無く言う。
水面に映る自分の顔を見て、
「こんな顔して、帰れない‥‥シハル達に、心配掛けれないよ‥‥」
ヘナヘナと、その場に座り込み、膝を抱えて顔を埋めた。