歪な異端者

ーー八年前。

一体いつ産まれてきたのかもわからない。
幼い頃、どうやって生きていたのかわからない。

一番古い記憶は‥‥
と言うより、自分の始まりはサントレイル国の地下牢。

初めて、思考を動かした日。

目の前に立っていたのは、まるで生気が抜け切ったような表情をした四十代くらいの男で。
隣には幼い少年がぼんやりと立っている。

「‥‥やっと、君だけがやっと、成功したのか‥‥」

男は‥‥この国の王はそう言った。まるで安堵するかのように。

だが、初めて意識を持った自分の周りには、多くの人が倒れていた。
ーーいや‥‥それは死体だった。

「多くを試して、救えたのは君だけだった‥‥でも、これからは‥‥これからは、大丈夫」

男は自分に言い聞かすかのようにそう、掠れた声で言う。

「ジルクよ、よく見ておけ。いつかはお前も、こうして異端者を一人でも多く救う日が来るのだ」

男は隣にぼんやりと立ったままの幼い息子ーージルクの肩に力強く手を置いて言った。

今思えば歪で、奇怪な光景である。
幼い子供に、見せるべき場面ではなかったはずだ。


そうして。
歪に救われた一人の異端者は、普通の異端者とは違った。

考える思考がある。
話す言葉がある。

だが、歪故に、心が抜けていた。
人の気持ちがわからない。
自分の気持ちがわからない。

数々の実験を経て、偶然生き残り、異端者よりは人間に近くなった異端者。

だが偶然なのだ。
地下牢で見た死体の数々。
成功するか、失敗するかなんて、偶然でしかないのだ‥‥

それから歪な異端者は、サントレイル国の騎士として、王に育てられた。

王は言っていた。

『一人でも多くの異端者を、人間にしてやりたい。
だが、その為には犠牲も無数に出るのだ』

ーーと。
そして、自分が死ぬようなことがあれば、その続きは息子であるジルクに引き継がせると言う。


ただ、剣を教えられて。
ただ、魔術を教えられて。

そんな毎日が当たり前で‥‥

人間としての'何か'なんてものは何も教わらなかった。

そんな変わりない日々から4年ーー。

王は病に倒れ、亡くなった。
必然的に、まだ頼りなく、幼いジルクが王に祭り上げられる。

それから更に一年ーー。

新しい兵士が入って来て、それは珍しく、女性であった。

その子は繰り返し言う。
昔、この国に、サントレイル国に助けられたのだ、と。
ずっとずっと、下級の場所で訓練をしていたが、女である為、国の兵にとは認められず、雑用のようなものばかりをしていた、と。
だが、この度ジルクが王になり、彼に頼み込んでようやくサントレイルの騎士として認めてもらえたーーと。

だから、サントレイルにも、ジルクにもとても感謝しているのだ、と。

少女は、リーネは同じ勤務中に何度も何度も繰り返し話すのだ。

それをなんとも思わず聞いていて、ただ相槌を返していて‥‥

だが、いつの間にかこれも当たり前の日々になっていた。
少女が、リーネが隣に居るのは当たり前で。
家族というものを幼い時に亡くしたというリーネは、いつしか同じく家族を持たない自分を兄と慕っていた。

そんなリーネに、少なからず好感を‥‥持っていたのだと思う。


ジルクは今も、亡き父の遺志を継ぎ、国の地下牢では異端者達がある意味で'飼われ'、繰り返し実験を受け‥‥失敗作ばかりの日々。
成功したのは今のところ自分と数人。
でも、その数人は寿命が早く、せっかく成功してもすぐに死んでしまった。

自分はあれから八年も生きているが、いつどうなるかはわからない。
でも、何も思わない。
それが'当たり前'ならば、'当たり前'として過ぎていくのだから。


ーーそんなある日、異端者を差別していない人間を見た。


『感情が無いだけで、異端者は別に害を与える存在ではない。それに‥‥オレ達は、同じ世界に生きて、同じ地に足をつけて歩いてる、同じ、人間だと思います。それに‥‥感情がひとつも無いとは思わない。彼らは、オレ達となんの変わりもないはず‥‥そう、思いませんか?』

そう言った人間の言葉は、亡き王と似ている様で、どこか違う気もした。

実験など何もなく、ただ、ありのままの異端者達を救い、共に暮らしていた。


『自分は異端者だ』

そう言ったら、この人間はどんな反応を返してくれるのだろうか?

思えばその日から、視野が変わっていたのかもしれない。

そして、打ち明けた時、その人間は、

『ディンさんはディンさん』

そう、何も変わらないと、言ってくれた。
異端者と普通に接してくれる人間だからこそ‥‥彼女のその言葉を信じていこうと思えた。
この先も、ずっと。


ー26ー

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