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一体いつまでこうしていたんだろう。
辺りはすっかり暗くなってしまった。
暗くなるまでには帰ると言ったのに‥‥
なのに、立ち上がる力が無くて、ヒロは座り込んで膝を抱えたままだった。
何度も何度も、シハルに波瑠、カイアから連絡魔法が届いたけれど、返事をする気になれなかった。
(きっと後で怒られるなぁ‥‥帰りづらいな)
地面には雪が積もっていて、冷たいし、夜の為、風も冷ややかで‥‥
(あんなこと言われるなんて、思いもしなかった。ジルク様‥‥)
いっそこのまま、雪の中に埋もれてしまいたい、なんて思うほど、絶望的な気持ちになる。
でも、さすがにそろそろ帰らないと‥‥そう思った時に、
「ヒロさん!?」
と、背後で名前を呼ばれて、ビクッと肩を揺らした。
「良かったヒロさん、皆さん心配してるんですよ!」
「え‥‥?なっ、なんで、ディンさんが?」
思いも寄らなかった人物に、ヒロは疑問の言葉を出す。
「シハルさんから連絡魔法が届いたんです。さすがにジルク様に連絡魔法は出来ないから僕に‥‥って。サントレイル国でジルク様に呼ばれたらしく、それからヒロさんが帰って来ないって‥‥」
「シハルが‥‥」
ゆっくりとヒロは立ち上がり、
「街中を捜しても居ないから、とにかくサントレイル付近を捜してたらやっと見つけたんですよ」
そう言ったディンに「すみません‥‥」と、謝る。
「とりあえず、シハルさんに連絡しておきますね」
そうディンは手短に連絡魔法を済ませ、それから目を真っ赤にしたヒロを見て、
「‥‥何か、あったんですね」
と、聞かれ、
「いえ‥‥」
ヒロはちらりとディンを見る。
(ディンさんは異端者。でも、ジルク様は異端者を‥‥)
ヒロはまた、俯いてしまった。ディンは困ったように微笑み、
「とにかく、帰りましょう、ヒロさん。皆さん心配してますし‥‥もう暗いので、送って行きますから」
そう言って、差し出された手をヒロは申し訳なさそうに握り返した。
ーーそれに思う。
ディンは異端者だと言うけれど、よく、わからない。
「‥‥ディンさんは、ジルク様とは‥‥どんな関係なんですか?」
そんな質問をすれば、ディンが不思議そうに首を傾げるので、
「いや‥‥やっぱ、なんでもないです。気にしないで下さい」
そう言ったヒロに、
「ヒロさんはジルク様のことが好きなんですよね。何があったかは知りませんが‥‥」
ディンは言葉を詰まらせる。ヒロがごしごしと、溢れ出てくる涙を拭っているものだから。
「いいんです。ディンさん。オレは、大丈夫。もう、ジルク様に会うこともないでしょうから」
「‥‥とりあえず、行きましょうか。話は歩きながらでも」
ディンが言って、ヒロは疲れたように笑って頷く。
「ヒロさんはなぜ、ジルク様が好きなんですか?」
唐突に、歩きながら聞かれて、デリカシーがないなぁと思いつつ、ヒロは気まずそうな顔をした。
「好きと言うか、憧れ‥‥だったんでしょうか。自分とは違う立場の存在への。でも、接してみたら、ジルク様は普通の少年だった。だから、当時、勘違いしちゃってたんでしょうね、オレは。でも‥‥今の彼は‥‥」
そう言って、俯くヒロに、
「僕は、ヒロさんがジルク様に出会うよりも前に彼に出会っていて。彼は城での窮屈な生活しか知らなかったけれど、今思えば多分、ヒロさんのことだったのかな。三年ぐらい前からジルク様は変わったんですよ」
「変わった?」
それにヒロは、さっきのジルクも充分変わっていたが‥‥と思う。
「ええ。城での生活しか知らなかったジルク様が、城の外、即ち国自体に目を向けるようになった。大切な人達が暮らしている、私の国だーーそう、言っていた日があったんですよ」
「それは‥‥三年前、オルラド国が攻めて来る前ですか?」
ヒロが聞けば、ディンは頷いた。
「‥‥大切な、人達」
その時期だとしたら、それは、自分とタカサとソラ‥‥だろうか?
「だから、何があったかは知りませんが、ジルク様はヒロさんのことを大切に思っているはず。先日ジルク様とヒロさんが再会した日、ジルク様は久しぶりに‥‥少年みたいな顔をしていたから」
慰めか、なんなのか。
それはわからないが、ヒロは、
「ありがとう、ディンさん。気を遣ってくれて」
そう礼を言った。それから、
「ディンさんは異端者だって言うけど、やっぱり全然、そうは思えないですね。異端者って、一体なんなんでしょうか‥‥」
ジルクが言う、異端者は重荷だというのは一体どういう意味なのであろうか。なぜジルクはあんなにも‥‥
「近い内に、オルラド国が再び戦争を起こす可能性が高い。ジルク様も本格的に忙しくなるし、ヒロさんの言うように、ジルク様とヒロさんが会える時間はもう無いかもしれません」
その話に、ヒロは暗い表情をする。
「だからヒロさん。戦争が起きる前に、後悔しないようによく考えて下さい」
それは、ジルクとの関係のことを言っているのであろう。ディンは先程のヒロとジルクのやり取りを知らないが、ヒロの表情を見て、あまりよくないことだとはわかっていた。
このまま、何もわからない悪いまま、そのままにしておくのか。
それとももう一度、ちゃんと話をするべきか。
「ディンさんオレ‥‥ジルク様を好きだけど、そんなの関係なしに、ただ、彼が心配なんです。彼は‥‥きっと一人で何か抱え込んでいる。友達として、友達との約束を守る為、オレはこれからも陰ながらでも、ジルク様を支えていきたい」
さっきのジルクの全部が全部、真意なのかは定かではない。
だからヒロは思った。
ソラとタカサの為にも、自分の為にも、もう一度、機会があればちゃんとジルクと話がしたいと。