「だだいま」

教会の扉を開けてヒロは言い、

「あらぁ、お帰りぃ」

ソファーに座っている波瑠が言った。

「あれ?一緒だった‥‥えーっと、ディンさんは?」

名前を思い出しながらカイアが聞けば、

「ああ、帰ったよ」
「そうなんだ。寄ってったら良かったのにね。あれ?ヒロさん。髪の毛がマフラーから出てるよ?」

シハルに言われて、そのままにしていたことをヒロは思い出す。

「もぉー。だらしのない子ねぇ」

波瑠が言いながらヒロの髪の毛をマフラーの中にしまい込み、

「やっぱこの方が見慣れてるわぁ」

そう言った。

「あ、うん。そう、だよね‥‥うんうん!やっぱオレはこっちの方がいいよね!」

そう言って笑うヒロを、一同は不思議そうに見ていた。

(可愛いなんて、やっぱディンさんのお世辞だよ)

そうヒロはうんうんと頷く。

「それで、あの男の用件はなんだったんだい?」

赤ん坊を寝かし付けていたのだろうか。部屋から出て来たラサが言って、

「うん。まあ、大した話じゃなかったよ。そんなことより、皆にマフラーや手袋買って来たんだ!はいカイア!また時間のある時に手渡してあげてくれる?」
「え?お土産?しかもこれ、ニルハガイ国の袋?」

受け取ったカイアは首を傾げた。

「あはは、気にしないで。ちょっと疲れちゃったから、夕飯まで部屋で休むね」

そう言って部屋に行くヒロの背中を見て、

「‥‥本当に、大した用件じゃなかったんでしょうか。ディンさんはジルク様の件だと言っていたから‥‥ジルク様に何か?」

カイアが不安そうに言い、

「どうだろう。でも、重要なことであっても、ジルク様のことだとしたら、ヒロさんは話さない可能性が高いよね」
「そうですわねぇシハルさん。ディンさんはヒロにしか話せない風だったし、ヒロは自分の中にしまいこんじゃう可能性がありますわぁ」

シハルの言葉に波瑠が続く。

「恋なんかするもんじゃないってのにね」

ラサが言って、

「だから、ラサさんが言うと現実味がありすぎて怖いですから‥‥」

カイアは苦笑した。


ーー部屋に入ったヒロはベッドに腰かけて俯きながら考えこむ。

オルラド国の動き。
ジルクとリーネの命のこと。
ディンが見たこともない異端者だということ。

(そういえば、『サントレイル国にはこんな異端者が居る、国の情報に関わる』‥‥そんな風にディンさんは言っていた。それは、サントレイルの王であるジルク様に関係があるのだろうか?ジルク様‥‥あなたはもしかして今、私たち一般市民が知り得ない多くのことに苦しんでいるのでは‥‥)

ギュッと拳を握り、

(また、オルラド国が昔みたいに攻めて来たら‥‥また、また人が死ぬ。だからこそ、ジルク様とリーネは力を備えつつあるんだろうけど‥‥)

タカサとソラが自分を庇い、オルラド兵に殺された瞬間を思い出して震える。

「タカサ‥‥ソラ。どうかジルク様を見守っていて。私も二人との約束通り、なるべくジルク様を助けていくから‥‥」

祈るように呟いた。
二人に救われたこの命を、無駄にしないように。

こうして、友人達を思うだけで悲しくも、心があたたかくなる。
先日ジルクと再会してから、たくさんの記憶が浮かび上がってくる。
タカサがいて、ソラがいて、ジルクがいて。
きっと、一番幸せだった瞬間。
少年みたいに笑うジルクを、ずっと傍で見ていたいと感じた日々。
昨日の、あの苦しそうなジルクの顔を見て、苦しくなったこと。

(やっぱり。これは恋なのか)

やっとこの気持ちが確信に変わり、涙が滲んだ。
ジルクの隣に相応しいのは、命を張ってジルクの傍に居るあの少女ーーリーネ。
自分は三年前、ジルクの手を取らなかったのだ。

「悔しいけど、応援、してあげたいなぁ」

昔々、施設育ちで幸せじゃなかった彼女を。

「でも、ディンさんはリーネが好きで、リーネはたぶんジルク様が好きで‥‥あれ?どう応援したらいいんだろう」

そうごちゃごちゃ下らないことを考えていると、先刻のディンの言動の数々をついでに思い返してしまって‥‥
とても恥ずかしい気持ちになった。

(本当に、彼は異端者なのだろうか?)

◆◆◆◆◆

教会からサントレイル国までは徒歩で二時間余り。

ディンはようやく城に戻って来た。
まず自室に戻って頭や肩に積もった雪をどうにかしなければと思っていたら、

「ディン兄さん!」

兄の姿を見付けたリーネがディンの方に駆けて来る。

「あれ?リーネ。朝は口も聞いてくれなかったのに、どうし‥‥」
「どうしたじゃないでしょ!兄さんが何処かへ行って心配してたのよ!?今日は‥‥一緒に雪祭りに行くって‥‥」

段々と威勢がなくなっていくリーネに、

「ええっと‥‥僕が悪いんですかね?」
「兄さんが悪い!‥‥でも、私も、悪い」

しゅんっ‥‥と、リーネは頭を下げた。その頭をディンは軽く撫でてやり、

「すまなかったね、リーネ」

そう、謝る。

「‥‥私、怒ってたのに。でも兄さんはなんだか楽しそう。一体どこに行っていたの?こんなに雪を積もらせて‥‥まさか、女!?兄さんモテるから‥‥」

困った顔をしていたかと思えば、ギロリとこちらを睨んでくるリーネを見てーー‥‥確か、ヒロとリーネは同じ歳ぐらいだな、と思う。
でも、見た目や性格は全然違う。

リーネは美しいと言う言葉が似合う見た目で、気が強くて素直に謝れない子だ。
ヒロは考え込みすぎる人間で、でも素直で‥‥可愛いと言う言葉が似合うな、そうディンは思う。

目の前の少女の美しい見た目と『兄さん』と呼び慕ってくる姿にいつしか心動かされていた、気がした。
ヒロに、リーネが好きなんじゃないかと言われて、そう考えるようになった。
そんなことを考えさせられたのは、やはり今日ヒロと話した所為。

「兄さん聞いてるの!?」

少し怒るように、だが、心配そうに聞いてくるリーネに、ディンは頷き、

「あれ?もしかして‥‥」

一息置いたディンの言葉の続きをリーネは不思議そうに待って、

「あれ?もしかして僕が好きなのは‥‥」

なんてことを言って、ディンは固まる。

人の仕草や自分の気持ちなんてものを細かく考えたことはないけれど、今日はなんだかそれを考えてしまっていた。
それは、ヒロの言葉の数々に、妙に説得力があったからであろうか。

あの少女を可愛い、だなんて思ってしまった。感情の変化を、仕草を見ているのが面白かった。

何気なく、意味もなくしてしまった口付けは、本当は自分の中で意味があったんだと今気付いた。

その後で、顔を真っ赤にして突っ立ち、固まっていた少女を、ヒロを置き去りにして帰って来てしまったことを、

(‥‥あれって、すまない、ことをしてしまったんですかね。ヒロさんはジルク様が好きなのに)

なんて、今さら思った。

「え!?ちょっ、ちょっと待ってよ兄さん!?な、何が好きなの?女?!本当に女なの!?違うわよね!今まで兄さん、色んな女性に声を掛けられても断って来たし‥‥!?」

掴みかかるような勢いで聞いてくるリーネに、

「いや、まあ、どうだろうね」

そうディンははぐらかした。

(それにまだ、不確かな感じですし‥‥)


ー25ー

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