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「‥‥そろそろ帰りましょうか。ディンさんは早く帰ってリーネと仲直りした方がいいですよ。あ、オレと会ったなんて言わないで下さいよ!彼女はなんか、あまりオレのことよく思ってないみたいだし」
本当はもっと色々と聞きたかったが‥‥
たとえば、リーネが施設から出た後の経緯など‥‥でも、今日はやめておくことにした。
「そうですね。遅くなったらシハルさん達も心配しますね」
「ええ。と、とりあえず着替えて帰らないと」
そう言って、着なれないスカートの裾をヒラリと掴んでいるヒロに、
「何故です?」
「こっ、こんな格好で帰れませんよ。普段こんな格好なんてしないオレなんですよ?‥‥ディンさんだって、感想なかったし。こんなの着て帰っても笑い者ですよ」
ボソリと先刻を思い出して言う。
「感想?ああ、別に違和感なかったですから」
そうディンが言って、
「違和感がないってなん」
「凄く可愛らしいと思いますよ。その髪も隠さず今みたいに出している方が可愛いと思います」
「‥‥」
ヒロの言葉を遮り、素で言っているディンの言葉にヒロは固まった。
「ヒロさん?顔が赤いですけど」
「え、あっ、さっ、寒さでかな!?あっ、あの、本当に、着替えて来ますから!!」
慌てて顔を隠すようにして、逃げるようにヒロは先程の服屋に走る。
(可愛いとか、恥ずかしすぎる!いやいや!ディンさんはリーネが好きなんだから意味もないただのお世辞だろうけど‥‥なんかあの人と話してると、本当に調子狂うな‥‥)
頭の中で混乱しながらヒロは着替え、
(シハルは、こんな私のどこが好きだったんだろう。ジルク様の目から見たら、私はどんな女の子に映ってるんだろう。リーネは、どんな風に‥‥そういえば、ジルク様の方はリーネのこと、どう思ってるんだろう)
幸せを願うと思いながらも、こんなことを考えてしまう自分にヒロは苦笑いをした。
「あれ、ヒロさん」
元の服に着替え、先程の服は紙袋に下げて戻って来たヒロをディンは不思議そうに見て、
「髪の毛がメチャクチャですよ」
と言われる。
着替えながら色々と考えていて、鏡を見るのを忘れていた。
いつも赤いマフラーに入れ込んでいる髪が中途半端な形になっている。
「ほっ、本当だ‥‥」
言われて気付き、髪を整えようとしたところで、ふわり、と。
ディンの手がヒロの髪に伸びて、ばさっ‥‥と、中途半端にマフラーの中に入れていた髪を先ほどのように全部出された。
「なっ、何するんですか!」
「たまには女の子らしくしてもいいんじゃないですか?雪祭りは終わっていませんし」
なんてことを言われて。
ヒロは胃が痛くなってきた。
◆◆◆◆◆
帰りの馬車の中。
しんしんと、雪は降り続けている。
「ヒロさん、今日は無理に‥‥」
「今日はなんだかんだ楽しかったですね」
ディンの言葉の途中でヒロは言った。それに、ディンは少しだけ驚いた顔をして、
「雪祭り、ゆっくり来たのは初めてだし、教会で待ってる皆にお土産も買えましたし」
そう、ヒロは紙袋を指差す。
教会で暮らす異端者達用に、新しい冬用のマフラーや手袋を買ったのだ。
そんな彼女を見て、ディンは微笑み、
「あの教会には介入しないよう、サントレイルの兵達に言っておきましたから」
「え?」
「ジルク様の案とはいえ、あの教会に異端者が居ることを一部の兵は先日知ってしまった。うまいこと理由を作って、あの教会には手出ししないようにしておきました」
そう言ったディンにヒロは目を輝かせて、
「ディンさんがしてくれたんですか?!」
「ええ。僕はこれでも一応、サントレイル兵の中では位が高いんですよ」
それにヒロは心から感謝の言葉を述べた。
「ヒロさんは、本当に。いえ、シハルさん達も皆、異端者達に優しいですね」
そう、ディンが言って、
「優しいわけじゃないですよ。普通にしてるだけです、オレ達は。だって、彼らは、同じ人間ですから」
差別する理由なんて、見当たらない。
そんな顔で話すヒロに、ディンは微笑して見せて、少しだけ躊躇うようにしつつもこう言った。
「ヒロさん。僕は異端者なんです」
ーーと。
その言葉に、一瞬ヒロは目を丸くしたが、
「ああ、また冗談ですか?」
『もし僕が異端者だったら‥‥』ーー先程の話と同じく冗談かと思ってヒロは笑っていたが、
「異端者なんですよ、僕は」
再びそう言ったディンは、冗談ではなさげな表情をしていて‥‥
確かに最初から、ディンの言葉の数々は空虚に思えていた。でも、つい先刻からはそんなのは気にならなくなっていて‥‥
「い、異端者って‥‥だってディンさん。言葉も思考も普通に‥‥」
「貴方は知らないでしょうが‥‥こんな異端者も居るんです。サントレイル国には」
「‥‥え?」
ギギィ‥‥と、馬車が止まって、外を見ればいつの間にか教会に着いていた。
「ほら、ヒロさん。着きましたよ」
「え‥‥あ、まっ‥‥」
話の途中、外に出るよう促されてヒロは戸惑ったが、馬車の運転手に怪しまれるかもしれないと思い渋々降りる。
ディンも一緒に降りて、馬車の運転手に先に戻るよう言っていた。
「えっ、あれ!?ディンさん、馬車、いいんですか?」
「ええ。サントレイル国まではリーネになんて言おうかなぁ、と考えながら、頭を冷やしながらゆっくり帰りますよ」
そう、降ってくる雪を見上げながら言う。
「えっと、あの、ディンさんが異端者って‥‥?」
「詳しい話は出来ません。これは国の情報に関わりますから。でも僕は異端者。それは嘘ではないんです」
ヒロは訳がわからなくて、彼は、自分が見てきた異端者達と何もかもが違い過ぎて。
ただ、確かにディンはわからないと言っていた。
人の気持ちも、自分の気持ちも‥‥
「軽蔑しましたか?」
そう問われて、ヒロは困った顔を慌てて笑顔に戻し、
「そんなことしません。ディンさんはディンさん。詳しい話も要りませんよ。オレは一般市民‥‥そこら中にたくさん居る、ギルドで稼ぐ人間の一人だから。だから、国のことにとやかく首は突っ込みません」
そう言った。
「‥‥ありがとう」
ヒロよりも背の高いディンは急にその場に屈んで膝をつき、ヒロの右手を握って軽く持ち上げ、手の甲に一つ唇を落とす。
「ーーーー!!?」
思いも寄らないディンの行動に、ヒロはカァッと、一気に顔が火照った。しかも偶然、義手ではない方の手の為、唇の感触と熱が伝わってきて‥‥
「あぁぁあああのっ!?」
「僕のことを、異端者を差別しないヒロさんを初めて見た時から、話しておきたかった。だから今日、貴方と話して素敵な雪祭りになりました。ありがとう」
そう、屈んだままのディンがヒロの顔を見上げてきて、ヒロは慌てて左手で顔を隠し、
「いっ、いえ!?こっちこそ‥‥本当はリーネと行く予定だったのに、すみません!そんっなことより!手っ、手をっ、放してくれませんかっ!?」
うまく舌が回らなくて、切れ切れの言葉になった。
「ああ。すみません。雪祭りの後には一応キスをするって言う話じゃないですか。恋人限定ですけど‥‥僕も誰かと来るのは初めてなので、つい」
「別にこれ、デートじゃ、ないですし‥‥」
「だから手にしたんです。形だけでも」
それにヒロは(こだわるなぁ‥‥)そう思う。
「あ!じゃあ今日、リーネと来てたらリーネにするつもりだったんですか!?」
「え?あー、うーん。考えてなかったです」
ディンは立ち上がり、膝についた雪を払いながら、
「でも、ヒロさんのお陰で、僕がリーネをどう思ってるかとか‥‥わかった気がします。異端者と長い時間過ごすヒロさんが言うんだから、貴方が僕に向ける言葉は正しいんじゃないかって思えるんです」
ディンはそう言った。
ディンが本当に異端者だとして‥‥しかし、彼の内心がどうなのかは実際ヒロにはわからない。
「それじゃあヒロさん。またいずれ‥‥」
「あ、ああ、はい。リーネと仲直り、頑張って下さい」
それにディンはニコリと笑って頷いて、それから思い出すように、
「ああ、そうだ。依頼完了金だ」
「え、あれ?そっ、そっか、今日のこれ、一応、依頼‥‥ギルドの依頼じゃないですし、オレはただ話を聞いただけだからいいですよそんなの!むしろ重要な話聞いちゃったし‥‥それに、服が依頼金替わりって言ってたじゃないですか、馬車代も出してもらったし、依頼完了金以上ですよ」
そう笑って言うヒロに、
「貴方みたいな人に好きになってもらえたら‥‥異端者は本当に、幸せなんでしょうね」
ぽつりとディンが言って「え?」と、ヒロが疑問を口にしようとした時には唇が重ねられていた。
何が起きたのかわからないまま突っ立ったヒロをそのままに、
「依頼完了金の替わりです」
と、それだけ言って、ディンはサントレイル国の方へと歩いて行った。
「‥‥。ーーーーっっ!!?」
しばらくしてようやくヒロは意識をその場に戻し、唇を手で押さえ、声にならない声を出す。
(なにっ?なに今の!!?なに!!!!!?今のがわたっ、私のファーストキス!!!!?)
ヒロは一人動揺し、
(ほっ、本当に調子狂う!!でもディンさんはリーネが好きだし、異端者って言うんならきっと今のも意味の無い‥‥!?でも私のファーストキスが!!ディンさん、本当にリーネのこと好きなのかな?本当に、ディンさんは異端者?異端者って、一体?)
感情が無いのが異端者。
三年前、シハルからそう教わり、人々も異端者をそう言うのに‥‥
(でっ、でもまあとにかく、ディンさんの言動は見た感じ全部、深い意味のない素だから‥‥っていうか私のファーストキスがこんな形で‥‥いや、する相手も居ないけどさ)
妙な気分になりながらもため息を吐き、
(リーネには言ってなさそうだけど、ジルク様はディンさんが異端者って知っているのかな?ジルク様は‥‥一体どれだけ抱え込んでいるんだろう)
そう考えて、ここからは見えないサントレイル国の方角に目を向けた。