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ふと、朝の日差しに目を開けた。
「あ、おはようございます」
「‥‥」
自分は寝惚けているのかと思い、ヒロはしばらく横になったまま固まる。
それから、抱いたままのぬいぐるみをモフッと触り、この感触は夢じゃないーーそう確信して、
「きゃぁあぁあーーーっ!!?」
と、甲高い声で叫んだ。
「わっ!何でそんなに叫ぶんですか」
「だだだだだだって!?」
ヒロは慌ててベッドから飛び起きて、ガタガタと震えながら声の主を指差す。
「不法侵入!?寝てる女の子の部屋に入るなんて何考えてるんですか?!ってかなんでディンさんがここに居るんですかーーー!?」
わけがわからず叫ぶしかなくて。
ベッドから少し離れた場所に置いてある椅子に、ディンが腰掛けていた。
「へぇ。ヒロさんって女の子だったんですか、髪も長い。ああ、なるほど。色々と辻褄が合った。そのぬいぐるみも気に入ってくれてるんですね」
いつも赤いマフラーの中に入れ込んでいる腰の辺りまである髪を指差される。
「男と思ってたんですか?!そうか、それでオレがリーネのこと好きみたいに言ってたんですか昨日!」
「そう。そのリーネがあれからずっと怒って口を利いてくれなくて。ほら、僕がヒロさんとジルク様の空間を作ってあげたでしょう?あれが気に食わなかったみたいで‥‥居場所が無くてここに愚痴を言いに来たんです」
悪びれる様子もなく淡々と言うディンに、まだ頭の中がパニックなヒロは、
「とっ、とにかく!出てって下さい!こんな格好だし、すぐ着替えとかしますから、部屋から出てて下さいー!」
すると、
ーーガチャッ‥‥、とドアが開いて、
「どうしたんですか?!」
ヒロの叫び声を聞き付けたカイアが慌ててやって来た。
「ヒロさ‥‥って、うわぁーーー!?その人誰ですか!!」
カイアはディンを指差す。彼は唯一、ディンと面識がなかった。
それからヒョコッとシハルも顔を出して、
「あれ?ディンさんだ」
「あらぁ、本当」
続いて波瑠も言った。
「いっ‥‥いいから全員出て行って!!」
朝からヒロは怒鳴りっぱなしである。
◆◆◆◆◆
「いやぁ、ビックリしました。サントレイルの兵士さんなんですね」
と、カイアがテーブルに朝食を並べながら笑って、
「笑い事じゃない!オレの部屋に不法侵入してたんだぞ!?それに、ちゃっかり朝食まで食べて行くんですか?!」
立腹したままのヒロに、
「僕は何かとヒロさんに貸しがあると思いますよ?この間の馬車を出した件や、昨日の件‥‥」
「うぐっ‥‥」
それを言われたら何も言い返せなくなって、ヒロは項垂れる。
「でも、本当に異端者達と暮らしてるんですね」
ディンは朝食を黙々と食べている異端者を見回して言い、
「彼女も、とても元気になられて」
次にラサを見た。
「ええ、まあお陰様で。そういえば、その馬車の件で、あたしもこの子も世話になったね」
そうラサは言い、抱いている自分の子に笑いかける。
「そっ、それで?リーネはオレのことも怒ってるんですか?」
ヒロが聞けば、ディンは頷き、
「ええ、まあ」
「はぁー。ディンさんも大変ですよね。あの子、気が強いでしょ」
あの施設でもリーネはそうだった。
気が強くて、誰のことも頼らなくて。でも本当は心が弱いのであろう、結局、魔術を暴走させて‥‥
「今日は一つ、直々にヒロさんに依頼があって来たんです」
「オレに?まさか、リーネのご機嫌取りとか‥‥」
嫌な顔をするヒロにディンは首を横に振って、次にシハル達の方を見て、
「今日一日、ヒロさんをお借りしてもいいですか?」
そんなことを言って、
「ヒロを?まあ、いいけどぉ」
「ちょっと波瑠さん!理由も聞かずに軽い!」
シハルが慌てて言う。
「え、あの、一体なぜ?」
カイアがそわそわして聞けば、
「強いて言えば、ジルク様の件で」
「!」
と、ディンが言った為、ヒロは昨日のジルクの様子を思い出した。
「なるほど?ヒロにしか話せない感じなのかい?」
ラサが聞くと、
「たぶん、その方がいいかと思って」
そのディンの言葉に、
(やっぱり、昨日のジルク様の様子が変だったことについてかもしれない)
そうヒロは思う。
シハル達も、ジルクのことなら仕方がないかと納得した。
「わかりました。いいですよ。一日、ディンさんの依頼を請けましょう」
それにヒロも、ジルクやリーネのことを聞ける良い機会だと思ったから。
◆◆◆◆◆
それから、サントレイル国へ向かうのかと思ったら、ディンは馬車を手配していて、着いた先はニルハガイ国だった。
この国も、今は雪祭り真っ只中で賑わっている。
「なぜわざわざこの国まで?」
「僕もたまには息抜きしたいなと思って。サントレイルだったら僕にとってはいつもと変わりませんからね」
「はぁ。それで、一体どのような話を‥‥」
ヒロが本題に入ろうとすれば、
「まあ、堅苦しい話は後にして、とりあえずこの国の雪祭りでも楽しみましょう」
「え?」
気付いたら左腕をぐいぐい引かれていて、
(こっちの腕、義手なんだけど‥‥バレないかな。ってか、なんなわけ?)
しばらくすると、ディンは立ち止まり、
「ほら、せっかくですし、形からって言いますしね」
「え?なんの話‥‥」
ヒロが前を見ると、それはとある店の前だった。
「ちょっ、ちょっと待って下さい!ここ、服屋?!え、なんっ‥‥」
「せっかくの祭りなんですから、たまには違う格好をしてみてもいいと思いますよ。いつ見ても真っ黒ですし」
「なっ!真っ黒って‥‥」
言い返そうとした時には、ドンッと背中を押され、店の中に入れられた。
「いらっしゃいませー」
と、自分の世界には不釣り合いなふわふわとした可愛らしい店員さんが言って、
「え、あ‥‥」
並んでいる服もとても可愛いらしい、ヒロには縁の無い場所すぎて、ヒロは戸惑う。
「あ‥‥あうっ‥‥かっ、帰ります!!」
そう、踵を返そうとするヒロに、
「この子に似合う服を選んでもらってもいいですか?こう見えて女の子なんですけど、普段からお洒落に興味のない子で‥‥」
なんて、親のような言い回しでディンに言われて、
「そうなんですかー」
店員さんはおっとりと言って‥‥
「ちょっ、ちょっとディンさん!いい加減に‥‥って、わっ!?」
否応なしにヒロは店員に試着室に連れ込まれた。
あれやこれやと、本当に普段着ない服を渡されて、色々と聞いてくるが何を言っているのかわからなくて、最終的にヒロの意見も聞かないまま服は決められる。
「これにしましょう!きっと似合いますよ。じゃあ早速‥‥」
「うわっ!わかりましたから、自分で着れますから!!」
顔を真っ赤にしながら、ヒロは試着室から店員を追い出した。
恥ずかしいのもあるが、着替えまで手伝われては、左腕の義手の繋ぎ目を見られてしまう。
「はぁー。‥‥ってか、なんなの一体」
渋々とヒロは着替えた。
ふわりとした、まるでドレスみたいなロングスカート。普段真っ黒な服に身を包んでいるのに、この服は黄緑を基調に、黄色といった明るい色ばかりで。
マフラーも外されてしまって、長い髪も腰まで降りたまま。
鏡を見たら、本当に普通の女の子だった。
(シハル達が見たら、ビックリするかな。絶対見せられない、うん。ってか、この服いくらするんだろう‥‥高そう)
値段を考えると胃が痛くなる。
ディンを長々待たせてしまったなと、シャッ、とカーテンを開けて試着室から出た。
「あ、決まったんですね」
と、店の入り口で待っていたディンが言い、
「はあ、後は支払うだけですが‥‥一体いくら‥‥」
「ああ、もう代金は払ったんで。じゃあ行きましょうか」
「え!!?いっ、いくら‥‥」
「今日の依頼金替わりとでも思って下さい」
それでディンは店から出て、ヒロも慌てて自分には窮屈すぎる店から出て‥‥
(どっ、どこに行くわけ!?って言うか、何もなし?!感想とか欲しいわけじゃないけど、せめて似合うとか似合わないとか感想ぐらい、あるんじゃ!?いや、別にいいんだけど‥‥)
折角こんな服に着替えてーーと言うより思い付きで着替えさせられたのに何の感想もなくて微妙な気分になった。