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吐く息は白く、しんしんと、大地は白い絨毯を敷き詰める。
ーー雪の降る季節になった。
最近は妙に昔のことを思い出しては現在と比べてしまう。
きっと、久しぶりにサントレイル国に行き、ジルクに会ったせいだろう。そして、リーネ。
リーネは当然ヒロのことを覚えていない。小さな頃だったし、関わりなんて、あの一度だけなのだから。
しかし、ヒロからしたら、当然リーネは印象に残っていた。
「今年もよく降ってるわねぇ」
波瑠が「寒くてもう歩けない!」と言い、とあるギルドの帰りに寄った喫茶店。
彼女は窓の外を見て言った。
「そうだね、波瑠さん」
それにシハルが答え、
「早いな。もうすぐ雪祭りか」
ヒロが続ける。
【雪祭り】ーー別に雪で何かするわけでもないが、雪の降る季節。
毎年、中頃から終わりにかけてを【雪祭り】と言う。
店には少しお高い料理が並んだり、街中では様々な出店が並んだり、恋人達の為にパーティーが開かれたり‥‥
今年も自分には関係のない話だと、ヒロは息を吐き、
「まあ、今年も波瑠とシハルで出掛けて来なよ」
去年、波瑠とシハルはこの時期、言うなればデートに出掛けた。
もちろんヒロも誘われたが‥‥十五歳ながらにさすがに空気を読んだ。
去年ヒロは、カイアの作ったいつもより少しだけ奮発した料理を教会で異端者達と食べたことを思い出す。
だが、今年は十六歳。ギルドの依頼も一人で受けれるのだ。
それならば仕事に明け暮れて、今年は去年よりもっと豪華な食卓にするのもいいなとヒロは考える。
「そうだヒロさん。ジルク様を雪祭りを口実に誘ってみたら?」
いきなりシハルに言われて、
「はあ?バカ言わないでよ。相手は王様だぞ、そんな暇ないし、一般人のオレが簡単に近付けるわけないだろ。昔とは違うの。いいから、しばらく世間は祭り騒ぎで大した依頼はないだろうし、雪祭りの期間中にデートでもしてきたら?オレはギルドで稼いでカイア達と美味いもん食っとくからさ。今年はラサさんも居るし」
そんなヒロを見て、シハルと波瑠は顔を見合わせて苦笑いをした。
ーーラサ。
先日助けた、異端者の子を産んだ母。
今では教会で共に暮らし、まだ心の傷は癒えていないだろうが、少しずつ馴染んできてはいる。
そう。その子供の名前もちゃんと決まった。
ヒロ達がギルドに行っている間にカイアとラサが考えたそうで。
ヒロが、それを茶化してみたら、カイアは泣きそうな顔をしていた。その理由に気付かないのは当のヒロだけ。
ーーそうして数日後。
別にシハルと波瑠に言われたからというわけでもないが、ヒロは一人、サントレイル国に赴いていた。
(まあ、城に入れるわけでもないし‥‥会えるわけもないけどさ)
そう、ヒロは苦笑する。
街中は出店がたくさん並び、賑わっていた。
ギルドの依頼で出店周りの警備があり、ヒロはそれを引き受け、周囲を気に掛けながら出店を回ってみる。
自分と歳の近い子達もわいわい楽しそうにしていて‥‥
(‥‥はは、ちょっと空しくなってくるな。‥‥あ、かわいい)
目を引いたのは大きなクマのぬいぐるみ。的あてゲームの特賞の景品だ。
(依頼が終わったらやってみようかな。あー、でも無くなってそうだなー)
そんなことを考えていると、少し離れた場所でざわめきが聞こえて、ヒロは慌てて声の方に振り向く。
(出店荒しか?それとも異端者‥‥あれ!?)
振り向いた時に見た光景。それはそのどちらとも違って、ヒロは驚いて目を見開かせる。
街の中央にある噴水広場。
そこには、サントレイル国の王ーージルクの姿があった。
彼は、民達にヒラヒラと手を振っていて‥‥
(なんで、ジルク様が!?)
ヒロはその場に突っ立って呆然としてしまう。
すると、ジルクと目が合った。
(まっ‥‥マズイ!この前だって一部の兵には私がジルク様と謁見したこと知られてるんだ!こんな街中で私みたいな何の取り柄もないたかが小娘とジルク様が知り合いなんて絶対バレたらっ)
パニックになってしまい、頭の中が真っ白になってしまった頃ーーいつの間にかジルクが目の前まで来ていて‥‥
「ギルドの依頼を受けた者か。まだ年若いのに、御苦労だね」
ーーと。
ジルクはヒロに労いの言葉を掛けた。
一人パニックになっていたヒロは、一瞬のうちに冷静になり、
(‥‥あ。そっ、そうだ!ジルク様は王様なんだから、そこんとこは私なんかよりよくわかってるよね!うわぁ、無駄な心配して冷や汗が‥‥)
ヒロは思考を整え、目の前の王に微笑みを返し、
「‥‥、勿体無いお言葉です」
そう返す。それにジルクも微笑みを返しながら、
「もうすぐ依頼の時間も終わりだよね?もし良かったら後で‥‥遊ぼうよ、昔みたいに」
ーーなんて、ジルクは通りすぎ様、ヒロにそう耳打ちをしていった。
「坊主、王様に声掛けられて縁起がいいなぁ!」
「羨ましい!」
なんて、気の良いおじさんやおばさんが色んなことを言っていて‥‥
自分は坊主でもないし、縁起もんかどうかは知らないけど‥‥
(じ、ジルク様から、お誘いが!!?)
ヒロはそのことだけが頭の中を巡っていた。
だから、ジルクの隣にリーネが居たことなんて全く気付いていなかった‥‥と言うより見えていなかった。
リーネが物凄い顔をしてヒロを睨んでいたことなんて、ヒロは知りもしない。
◆◆◆◆◆
特に厄介事もないまま依頼は終わり、依頼完了金を受け取り、ヒロはジルクの元へ向かおうとした。
(って‥‥ジルク様、何処に居るんだろう?なぜ街中に居たんだ?雪祭りだから、視察みたいな?)
そんなことを考えていたら、
「あ、ヒロさん」
後ろから声を掛けられてヒロは振り向き、
「あなたは‥‥ディンさん!先日振りですね」
ジルクの部下で、リーネの兄だという長身の男がそこにはいて、
「ちょうど良かった。ジルク様が今何処に居るか知ってますか?その、ちょっと誘われて」
「ジルク様はこの先に居るんですが、実はその事で、もうしばらく待っ‥‥」
「あ、船着き場ですね!ありがとうございます!」
ヒロはディンの話を最後まで聞かないまま行ってしまって「あー、どうしようか」と、彼は困ったように言う。
ヒロが船着き場の方へ向かえばジルクの後ろ姿が見えて、
「ジ‥‥」
そう、名前を呼ぼうとしたが、言葉を止めて、思わず物陰に隠れた。
ジルクの後ろにはリーネが居たのだ。
(なっ、なんで隠れてしまったんだ)
自分で隠れながらヒロは困惑する。
悪いと思いつつ、チラリと二人の様子を盗み見した。
「先日から‥‥あの赤マフラー男は一体なんなんですか!ジルク様は一国の王としてあんなただのギルドに属した人間と‥‥」
リーネがそう叱るように言っていて、
「赤マフラー男ってヒロのこと?ヒロは、彼女は女の子だけど‥‥」
「お、女の子!?あれが!?ますますダメです不潔です!」
物陰から盗み見しているヒロは、自分が酷い言われようをされていることに若干落胆する。
「なぜ、そんなにヒロを毛嫌いするんだい?彼女は‥‥」
「こっ、これでも!私はジルク様の婚約者なのですよ!?嫉妬ぐらい、します!相手が男だろうが女だろうが‥‥」
リーネのその言葉に、
(え)
と、ヒロは固まった。
(婚約者って、こんやく‥‥えっ、ええぇええええ!!?)
固まった後で、心の中で絶叫した。
「リーネ。そんなのは周りが勝手に決めた‥‥」
ヒロはもはや、二人の会話なんて聞いてはいない。
「こっ、婚約者って、婚約者、だよな?」
三年前、リーネがジルクの側に居るんだと知ってからずっと思っていた。
二人が並ぶと違和感はないし、リーネはヒロと違って本当に美人だ。
(‥‥そっか。そう、なるよなー‥‥はは、雪祭りに失恋、かぁ。いやいや、そもそもこの気持ちが恋なのか‥‥ジルク様は王様だから、憧れるのは当たり前だし‥‥そんなことよりも私にはやることがあるんだ。こんなのはほんの一部に過ぎないじゃないか‥‥)
そう思いつつ、
(あの日、ジルク様の手を取っていたら‥‥何か、違ったのかな。‥‥シハルを巻き込むことも、カナタが死ぬことも、サラが‥‥)
あの日、失った左腕を、義手を静かに見つめた。