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先刻まで居たサントレイル国から徒歩で二時間余りの場所に、ヒロ達が拠点を置く場所、名も無い教会がある。
教会、と言うよりは廃墟なのかもしれないが‥‥
「皆さん、お帰りなさい」
そう、穏やかな笑みで迎えてくれたのは、銀髪の一人の青年であった。
「毎度のことだけど、お帰りと言われると、まるで我が家に帰ったみたいだよね」
ヒロが言い、
「確かに、ここはもう私達の家って感じよねぇ」
波瑠が続ける。
「何を当たり前のことを言ってるんですか、ここはもう僕らの‥‥あれ、その子はもしかして」
青年はシハルの背に背負われている少年を見つめた。
「うん、相変わらず、こういう言い方はあまりしたくないけど、異端者だよ」
シハルが言い、
「わかりました。すぐに部屋を用意しましょう。他の子達もきっと新しい友達が出来て喜ぶでしょうし」
青年はそう言い、教会内にいくつもある扉の内の一部屋に入っていった。
「そういえば二人共、まだオレについてくるの?」
ヒロが聞けば、
「そりゃそうだよ」
「決まってるでしょー」
と、シハルと波瑠は声を揃えて言うので、
「はぁ、早く結婚したら?」
ヒロは二人の息が合った様子を見て呆れるように言う。
すると、シハルと波瑠は笑顔で顔を見合わせて、
「ヒロさんに素敵な出会いがあった時に、ね、波瑠さん」
「ええ、その通りですわシハルさん!」
「‥‥」
そんな二人の甘いやり取りを見て、ヒロは項垂れた。
二人とは偶然知り合って、最初にシハルに出会った。しばらくしてから波瑠に。
色々あってシハルと波瑠は恋に落ちて‥‥
なのに結婚もせずヒロに着いて来るものだから頭を抱えるしかない。
出来るなら、二人には早く幸せになってほしい。
真面目にそう考えていると、
「ねえ波瑠さん。ヒロさんにはどんな人が似合うかな」
「ヒロは戦うしか脳が無いから、家事をこなしてくれる相手じゃなきゃダメですわ!」
「そうだね、ヒロさんにはー‥‥」
勝手に人の話を進める二人を見て、
(ああもう、このバカップルめ)
と、ヒロはますます頭を抱えるような思いになった。
恋愛に興味がない訳じゃない。ただ‥‥
ヒロには数年前から気になる人が居て、でもとてもじゃないが叶うような恋ではない。
以前、そんな話を二人に問い詰められてチラッとはしたが‥‥
諦めきっているヒロを見兼ねて二人は『ヒロに似合う相手を見つける!』なんて勝手な目標を掲げているのだ。
(はっきり言って迷惑なんだけどなぁー)
目の前でなんやかんや話を繰り広げて居る二人をそろそろ止めようかと思ったら、
「部屋が整いました」
と、先ほどの青年が一室から出て来た。
「ありがとう、カイア」
グッドタイミング!と思いながら、ヒロは青年ーーカイアに振り向く。
カイアと呼ばれた青年は優しく笑んで、
「さ、シハルさん。その子を部屋に。休ませてあげて下さい」
と、シハルの背に背負われ、意識を失ったままの少年を指して言った。
「他の子達は寝てるの?」
波瑠がカイアに聞けば、
「ええ。そりゃ、もう夜ですから」
カイアは頷く。
この教会は元は無人であった。いつから無人になったのかは知らないが‥‥
大陸の外れにある為、この教会の存在自体、あまり知られてはいない。
この教会で、ヒロ達は先程の少年のように助けた異端者達を匿っているのだ。
◆◆◆◆◆
「さ、どうぞ」
テーブルの上に次々とあたたかい食事が置かれていく。
「キャー!相変わらずカイアの手料理は素敵ねぇ」
波瑠が歓喜の声を上げた。
「本当に。男なのにこんなに家事が得意だなんて凄いよ」
感心しながらシハルが言う。
「もーう、カイアとヒロがくっついたらお似合いなのに!ヒロが働いて、カイアが家事をこなして‥‥ピッタリじゃない!」
なんて波瑠が言い、
「なっ、はっ、波瑠さん、またそんなことを!」
カイアは顔を真っ赤にして慌ててヒロの方を見た。
「もー。波瑠ってば。カイアが困ってるよ」
と、食事を口に運びながらヒロが言う。
「えっ、えっと、困ってるわけでは‥‥そのぉ」
するとカイアはますます顔を真っ赤にして口ごもっていった。
「ヒロ!!あ・ん・た・は!なんなのその態度ー!興味なさすぎでしょ!もうちょっと女の子らしくなさーい!」
ドンッと、波瑠はテーブルを叩き、カチャリと並べられた食器が揺れる。
「女の子らしくって言われても、仕事の為に‥‥ねえ?」
言いながらヒロは苦笑した。
背格好のため、十中八九、ヒロは男に見られる。
こうしているのは理由があるのだが、ヒロはれっきとした少女であった。
「まあまあ波瑠さん、とりあえず食事を済ませよう?」
と、シハルが波瑠の肩をぽんっと叩く。
「やれやれ。あれ、カイアどうしたの?顔が真っ赤」
「なななな、なんでもないです‥‥」
ヒロの問い掛けに、落胆するようにカイアは答えた。
◆◆◆◆◆
「ところで皆さん、今日はもうここで?」
カイアは食器を洗いながら三人に聞き、
「そうだね。もう遅いし、今日はここで休もうか?」
ヒロが二人に確認すれば、
「そうねぇ、私はもうくったくただからそうしてくれるとありがたいわぁ」
軽く伸びをしながら波瑠が言い、
「今日もよく働いたしね」
笑いながらシハルが言った。
「わかりました。じゃあ、部屋の準備をしてきますね」
食器を洗い終えたカイアはすぐに寝室の準備をしに行く。それを三人は見つめ、
「はぁー。本当にカイアはいい主夫よねぇ。ねえー、カイアじゃダメなの?」
波瑠がまたそんなことを言ってくるものだから、
「波瑠、いつもいつもカイアに失礼だぞ。オレ達は協力者であり、友人なんだからな?」
真面目な顔をしてヒロは言う。
「それ、カイアが聞いたらまた落ち込むだろうなぁ」
と、シハルはヒロに聞こえないように苦笑して言った。
見ての通りカイアはヒロに好意を抱いているが、当の本人のヒロは気付いていないどころか、カイアのことを恋愛対象としても考えていないようだから、波瑠とシハルはいつもいつもカイアを不憫に思っていた。
ーーしばらくして、部屋の準備が整ったとカイアに声を掛けられる。
「じゃあ私はヒロの部屋ねー」
波瑠が言うので、
「また?自分の部屋に行きなよ!それに、いっつも思うんだけど、シハルと一緒じゃなくていいの?」
そうヒロが聞けば、
「私とシハルさんは健全なお付き合いなのよ、ねぇシハルさん」
「その通りだよ波瑠さん」
うんざりするようにそんな光景を見て、
(バカバカバカップルめ)
ヒロは口に出さずに思う。
「さー、お風呂入って寝ましょー。おやすみなさい、シハルさんにカイア。ヒロも早く来なさいよー」
そう波瑠は言いながらヒロの部屋に向かい、シハルも自身の部屋に向かった。それから、
「あの、ヒロさん」
カイアが言い、
「ヒロさんは‥‥変わらないですね、あの日から」
「異端者を助けてること?」
「はい。これは、とても危険な行為なんですよ?」
言われてヒロは小さく笑み、
「カイアは、今はどう?異端者達のこと」
「‥‥僕は、ここで共に過ごしている異端者達が嫌いではありません。でも、ただ、嫌いではないってだけで‥‥」
誰も笑わない。
誰も泣かない。
怒らない、感情がないから。
ーーそれでも、
「ヒロさんが異端者を助けるから。僕はそれを見たあの日から、それを手伝いたいと思った。それから、彼らに感心を持つようになった。ただ、それだけなんです。やっぱり、ただの偽善なのかも‥‥」
「そっか」
それにヒロは短く答え、
「ありがとう、カイア。いつもとても助かってるし、カイアは変わったと思うよ!変わらないオレと違って、良い方にさ」
ヒロはそう言ってカイアの背を軽く叩き、自身の部屋へと入って行った。
その背を、カイアはただ静かに見送り、ヒロとシハルと出会った日を、静かに思う。