ーーそれは真夜中であった。
多くの足音が響いている。

「波瑠、起きて、波瑠」
「うーん‥‥?」

ベッドで眠る波瑠の肩をヒロは揺らした。

「どしたのぉ‥‥?」

と、眠たい目を擦りながら波瑠は身を起こし、

「外に何か居る。それも複数」

言いながらヒロは剣を携え、いつもの赤いマフラーを首に巻き、いつもの漆黒の衣服を纏って、まるで、

「まるで戦うみたいな準備ねぇ、こんな真夜中に」

波瑠が言って、

「呑気に言わないで、波瑠。波瑠も早く準備しなよ?オレは先に出てるから。たぶん、シハル達も気付いてるはず‥‥!」

言いながらヒロは小走りに部屋を出て行くので、

「え!?ちょっと待ってよ、もぉー‥‥まだ目が覚めてないわよぉ‥‥」

と、急いで準備を始めた。

ーー部屋を出ると案の定、シハルとカイア、それから眠っていたであろう何人かの異端者の子らが居て、

「ひっ、ヒロさん‥‥」

カイアは子供達を抱き締め、なぜか震えている。

「ヒロさん。兵士‥‥みたいな奴等が外を包囲してる」

シハルが言い、

「兵士?くそっ‥‥とうとう異端者達をここで匿っていることを嗅ぎ付けたかな?でも、なんでわかったのかな」
「もしかして、あの少年を助けた時に居た、ヒロさんが知ってるって言ってた騎士の女の子じゃないかな?」

シハルに言われ、

「彼女が?確かに、今日の今日だ、可能性はあるね」

ヒロはため息を吐いた。

「‥‥このままこうしててもダメだね。シハル、外に出よう。カイアは絶対に中に居て。何があっても出て来ないで、皆と一緒に居て」

そう言い、ヒロは異端者達を見る。
小さな子供から、ヒロとあまり歳の変わらない者も居るのだ。
でも彼らは表情ひとつ崩さずに、何も、何も言わないし、恐れもしない。
ただ、カイア一人が必死に彼らを守ろうと震えていて。

「でっ、でも、それじゃあ、ヒロさん達が‥‥」

カイアの心配も最もだ。
ヒロとシハルが外に出ても、どうなるかなんてこれっぽっちもわからない。

「‥‥なんとか頑張ってみる」

ヒロとシハルはそう言い、外への扉を開けた。

外に出れば、銀の鎧を纏った兵士達に教会が取り囲まれている。
やはり、サントレイル国の鎧であった。
ざっと見て二十人程だろうか。

「あのー、こんな真夜中に何かご用で?」

ヒロが聞けば、

「貴様ら、ここに異端者が居るであろう」

と、偉そうに一人の兵士が言って、

「なんのことでしょうか?」

シハルがきょとんとして言えば、

「ふん、そんな小芝居はいらん。中に入れ」

偉そうな男は部下達に命令し、命を受けた部下らが剣や槍を構え、扉を目掛けて来るものだから、

「ちょっと待って下さいよ、それって不法侵入じゃないですか」

ヒロが言うも当然、彼らは聞き入れず、

「ああもう、仕方がない」

ため息を吐きながらヒロとシハルは剣を構えた。

「なんだお前達、ははは、子供、ましてや素人風情が剣を握るとは‥‥滑稽だな。構わん、やれ!」

偉そうな男は大笑いした後で部下達にそう命じ、剣だの槍だのを一斉に構えてこちらに走ってくる。
だがそこで、

ーーガシャーン

と、まるでガラスが割れるような音。

「へ?」

と、兵士達の間抜けな声が一斉にした。

それから、ドンガラガッシャンーーっ!!という音が似合うように、兵士達は次々に地面に転がっていく。

「なっ‥‥な、にが、おき‥‥た」

先程まで偉そうだった男は、口をポカンと開けて固まっていた。
男が見た光景は、目の前の二人が剣を一振りする姿。
だが、その一振りと同時に眩い光が同時に放たれたのだ。

「あれ、どうしました?」

ヒロが不思議そうに言い、

「ほんとほんと。先程までの偉そうな態度はどちらへ?」

シハルが続け、

「ひっ‥‥ひっ、ヒィイイィイィ!!?」

と、悲鳴を上げて、気を失い倒れた部下らを置き去りにしたまま、偉そうな男は一目散にどこかに逃げてしまった。

しばらくヒロとシハルは平然とその場に立ち尽くしていたが、

「‥‥なっ、なんとかなったね、シハル」
「ほっ‥‥ほんとだね、ヒロさん」

二人は肩の力を抜き、安堵の息を吐く。

もし、戦いになった際、ヒロとシハルと波瑠の三人には決まり事があった。

どんな状況下でも『とにかく冷静に振る舞おう』ということ。
そうすれば、多少なりとも敵は自分達を軽んじて見ることはなくなり、勝利に繋がる可能性が上がるだろう、と。


「なるほど、魔術騙しですか」

ーーどこからか男の声がして、安堵していた二人は慌てて剣を握った。

「ああ、別に戦う気はないです本当に」
「?!‥‥えっとですね、誰ですか?さっきの方々の仲間でしょうか」

辺りを警戒しながら、声だけの主にヒロは問い、

「一つ質問していいですか?そしたら正体を明かします」

なんて言うので、ヒロとシハルは首を傾げる。

「答えれる質問だったら構いませんが」

ヒロは言い、

「ありがとうございます。簡単な質問です。何故、貴方は異端者を差別しないのですか?」
「‥‥は?」

そんな質問にヒロとシハルはますます首を傾げ、

「なんでそんな‥‥?」

シハルが聞けば、、

「答えれますか?答えれませんか?」

声だけの主が淡々と言ってきて、それにシハルは戸惑った。
そんなシハルを見兼ねて、その質問にはヒロが頷き、

「だって、感情が無いだけで、異端者は別に害を与える存在ではない。それに‥‥オレ達は、同じ世界に生きて、同じ地に足をつけて歩いてる、同じ、人間だと思います。それに‥‥感情がひとつも無いとは思わない。彼らは、オレ達となんの変わりもないはず‥‥そう、思いませんか?」

それがヒロが出した答えだった。

ーーしばらく待ったが、それに返事はない。

「あの、答えたんですから、正体明かすとか言ってたじゃないですか?あのー」

ヒロは言うが、返事はない。‥‥気配もない。

(‥‥言わすだけ言わせてなんだったんだ?!)

と、ヒロは顔をひきつらせた。

「‥‥うん、完璧に居ないっぽいね。なんだったんだろう?」

首を傾げながらシハルが言い、

「まあ、とにかく。なんでかこの場所のことが知られたんだ、今後のことを考えないと‥‥」

ため息混じりにヒロは言う。

◆◆◆◆◆

「と、言うわけで。サントレイル国に何故かこの場所がバレてしまったみたい」

ヒロとシハルは教会内に戻り、波瑠とカイアに手短に説明した。

「うーん。やっぱり、あの騎士の女の子の手回しかしらねぇ?」

波瑠が言い、

「わからない。でも、後を尾けられてた可能性はあるね。彼女自身は居なかったけど、さっきの人達を代わりに来させた‥‥とか」

ヒロは険しい表情をして言い、

「とにかく、ここはもう安全ではないんですね?」

カイアはまだ震えたまま、何人かの異端者をギュッと抱き締めて言う。

「‥‥」

それに、異端者の少女や少年らは何も言わない。ただ無表情のままーー‥‥

「‥‥異端者は忌み嫌われる存在だけどさ。さっきの奴等も、他の奴等も、異端者を捕らえて一体どうする気なんだろう?」

ふと、シハルが言えば、

「それは‥‥私も知らないですわぁ。でも、考えられることは、ね。シハルさん」

波瑠は目を伏せて言い、大体の憶測は皆できているのだ。想像でしかないが‥‥

それから波瑠は、

「カイアはどうしたいのぉ?」
「僕は‥‥下手に動くより、ここに居た方が‥‥」
「でも、また奴等が来たら‥‥」

シハルが言えば、

「この子達が、感情の無いこの子達が、感情が無いながらも暮らしてきた場所なんです。この子達は必要最低限の生活しかしないし、言葉も何一つ発しないけれど‥‥でも、ここは、この子達の家ですから‥‥」

彼の本心を聞いて、ヒロは先刻、カイアが言っていた‘偽善なのかも’と言う言葉を思い出す。でも全然、偽善なんかじゃない、と思い、

「カイアの言う通り、ここでなんとか頑張ってみたいね。おどかしたし、彼らも当分ここには来ないんじゃないかな?異端者達は別にここだけに居るわけじゃないし‥‥ここなんて、彼らにしてみれば大したことない場所だよ」

そうヒロが言えば、

「逆に奴等は、異端者を匿う俺達に目をつけてるのかもしれないね」

シハルが言い、

「‥‥かもしれないわねぇ」

頷きながら波瑠が言う。

「‥‥なるほど。じゃあ、しばらくオレは今まで通り働きながら動き回るよ。その間、シハルと波瑠はここでカイアと‥‥」

ヒロが言い切る前に、

「私達はあんたについていくって言ってるでしょぉ?」

波瑠が言って、それにカイアが微笑み、

「大丈夫ですよ、ヒロさん。ここは、なんとか僕が守ってみせます。頼りないけど、何かあったら連絡魔法で助けを求めますから。だから、皆さんは皆さんのやりたいことを続けて、それからまた、ここに帰って来て下さい」

そう、優しい声で言った。


ー4ー

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