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シハルがギルドで依頼を請け負いながら稼ぎ、その間ヒロはサラの面倒を見つつ、廃墟の教会を少しずつ掃除したり家具を移動したりと、住める環境に整えていった。
シハルではないが、なんだか本当に夫婦か家族みたいだなと、ヒロは思う。
ただ、シハルがどんな依頼をこなしているのかは知らない。もしかしたら、異端者の回収依頼のようなものもしているのかもしれない。
でも、ヒロはシハルに世話になっているのだ。もしそうでも、それに意見する権利はなかった。
そんな日々が続いて一ヶ月余り‥‥
「ヒロさん、俺は今日は依頼を受けてないからさ、たまには外に出てきたら?」
と、シハルが言う。
シハルがギルドの依頼で出払っている間、ヒロはサラを置いて何処にも行けない為、この一ヶ月間、ずっと教会に籠っていた。
気を遣ってか、シハルがそう提案する。
「いいの?」
「ああ、いいよ。でも、暗くならない内に帰っておいでよ?」
「小さい子供じゃあるまいし、大丈夫だよ」
「俺から見たらヒロさんは小さい子供だから言ってるんだよ」
「七歳しか変わらないじゃん!」
「七歳‘も’変わるの」
「かーわーらーなーい!」
「そういうムキになるとこだよ。それとも大人扱いしてほしい?」
なんて言って顎を持ち上げられて、
「わー!?シハルの冗談は冗談に思えないよ!」
と、ヒロは顔を真っ赤にして叫んだ。シハルはおかしそうに笑いながら手を離し、
「ふふ。息抜きでもしておいで。ヒロさん、毎日元気そうにしてるけど、友人を失って、まだ日はそんなに経ってないんだから」
「‥‥ありがと」
タカサとソラが自分を庇って死んで、左腕を失って、サントレイル国から出てジルクと別れてからまだ、たった一ヶ月余りだ。
ヒロは自分のこれからのことを考えなければいけないが、一番気掛かりなのは‥‥
(ジルク様‥‥どうしてるかしら。国のこと、大変だろうな‥‥)
だからと言って、ヒロが一国の王に何かしてやれる力もなく、離れてただ、無事を願うしかできない。
◆◆◆◆◆
一ヶ月振りに教会の外に出たヒロは、教会から離れた場所にある小さな村に立ち寄った。おいしい飲食店がある村だと言って、道はシハルが教えてくれた為、難なく辿り着く。
(さすがにサントレイル国を出てまだ一ヶ月だからすぐに戻るのもアレだし。今日はこの村を満喫しよう)
そうヒロは思った。
「なんなのよぉ、何がいけないのよ!」
「この女、頭オカシイんじゃねぇか!?」
何か揉め事だろうか。怒鳴るような声が聞こえてきて、ヒロは声の方を見る。
「そいつは異端者だぞ!助けるたぁ、重罪だぞ!」
村人であろう男がそう叫んで、
「重罪って何よぉ重罪って」
反論するのは、和装を身に纏い、茶の髪を一つに束ねた女性だった。
女性の背後には小さな男の子が居る。
(なっ、なんだろ?あの男の子が異端者ってこと?あの女の人は異端者を助けてるってこと?)
詳しい状況はまだわからず、ヒロはもうしばらく様子を見ることにした。
「このイカれた女共々、廃屋にでもぶちこんで、とっとと国に連絡しようぜ!異端者助けるなんてマジでイカれてやがる!」
男が言い、
「イカれたって何よぉ、イカれたって!!」
和装の女性が言えば、村人数人が女性と男の子を捕らえようとしてーー‥‥
「まっ、待って下さい!」
とっさにヒロはそう声を出してしまう。
「あぁん?なんだ坊主。よそ者かぁ?」
「‥‥え、ええ。確かにオレはよそ者ですが、ギルドの依頼を受けて来ました」
「依頼?」
村人は首を傾げた。
「はい、その異端者の男の子の回収に」
そうヒロは嘘を言い、
「依頼なんて誰か出してたか?」
「‥‥。ええ、この村の住人ではないらしいですが、先日偶然この村に来てその異端者を見たらしく、ギルドに依頼を出していったみたいなんです」
ヒロは必死に頭を回転させて言葉を紡ぐ。
「だがあんた、子供‥‥」
「ええ!確かにオレは子供ですが、ちゃんと保護者付きです。ねぇ、お姉さん」
‥‥と。
和装の女性に話を振った。
「はあ?」
女性は当然眉を潜めたが、
「その女も依頼を受けてたのか?」
「はい。お姉さんはちょっと気が荒くて‥‥ただその子を回収に来ただけが誤解させてしまったようで、すみませんでした」
ヒロは村人に頭を下げる。
「あー、いや。ま、回収してくれるんなら助かるな」
先程までいきり立っていた村人の態度が少し軟化した。
「さあさ!お姉さん、行きますよ!次の依頼もあるんだから!」
と、ヒロは和装の女性と異端者の男の子を急いで手招きする。
女性は何も言わず、疑うようにヒロを見たが、とりあえず共に村の外に出た。
「はぁ‥‥う、うまくいった‥‥?きっ、緊張した‥‥」
村の外に出てからヒロはガクリと肩を落とし、冷や汗を拭いながら言う。
「ちょっとアンタ。なんなのぉ?本当にギルドの依頼なの?」
それまで黙っていた和装の女性に聞かれ、
「あっ、あの、依頼ってのは嘘で‥‥」
「でしょうね。私とこの子を助けたつもり?」
「え、えっと」
和装の女性がヒロから視線を放さないまま聞いてくるものだから、ヒロは視線を泳がす。
「助けてどうするのぉ?助けたんなら、行き場でもあるのぉ?」
「あっ、あります‥‥よ」
「ふーん。アンタ、名前は?」
「ヒロ、です」
「私は波瑠」
波瑠と名乗った女性はじろじろとヒロを見て、それから、
「なんで助けたの?この子を」
波瑠は異端者の男の子に視線を落とし、ヒロに聞いた。質問にヒロが答えようとすると、
「異端者を差別するのはオカシイから〜‥‥って理由?」
ヒロが言う前に波瑠に言い当てられてヒロは肩を揺らした。
「図星なのねぇ?ふーん。下らないわねぇ。アンタ、ただ偽善振ってるだけの人間ね」
「え!?」
「差別なんてオカシイから助ける〜、なんて、偽善の言葉じゃない」
波瑠に鼻で笑うように言われて、
「っ‥‥じゃあ、あなたはなんでその子を助けようとしたんです?!」
ヒロが困惑した面持ちで聞けば、
「大した理由なんてないわ。大人が子供を苛めてたからよ。アンタの場合は異端者と人間で区別してるだけでしょ?それは偽善でしょ?」
波瑠はそう言う。
「ぎっ、偽善なんかじゃない!」
それにヒロは言い返した。
「確かにオレはそう区別してるけど!人間と異端者に違いなんてないと思ってる!自分がいい人間になりたいから助けようとしてるわけじゃないよ!」
「どうかしらねぇ」
波瑠はまた鼻で笑って、
「まぁ。アンタが助けれるって言うんなら、この子はアンタに任せるわ」
そう言って、波瑠は異端者の男の子の手をヒロの手に握らせる。
「まあ、子供の内だけだろうけど。軽い気持ちで異端者を助け続けたら、アンタ、いつか痛い目見るわよぉ。気を付けなさい」
それだけ言って、波瑠はヒロとは別方向の道を歩いて行った。残されたヒロは俯き、
(シハルみたいなことを言う人だ。今は、私が子供だから?‥‥異端者を助けることが偽善だなんて。じゃあ、見て見ぬふりをしろってこと?モヤモヤするのは、やっぱり私が子供だから?大人になると、私も他の大人達みたいになるのかな‥‥)
頭を埋め尽くす不安を振り払うように首を振り、手を繋いだままの異端者の男の子を見つめた。