「広いけど、埃っぽいし、所々痛んでるね」

ギシ、ギシーー‥‥
歩く度に木造の床が崩れそうな音を出す。

ここは、先刻まで居たソードラント国から一時間余り、サントレイル国からは徒歩で二時間程であろう、大陸の外れにある教会だった。

シハルが言うには、ここはずっと無人らしく、ただの廃墟らしい。外れにある為か、この教会の存在はあまり知られてはいないそうだ。

「ここならしばらくは身を隠せそうだろう?」
「うん‥‥確かに」
「ギルドの仕事は俺がして稼ぐよ。ヒロさんはここでその子と居てあげないとね」
「あ!」

言われてヒロは気付く。
確かに、異端者の少女を一人残してギルドの依頼を受けれるわけがない。シハルかヒロのどちらかが一緒に居なければならないし、ヒロ一人ではギルドの依頼を受けれない為、シハルが請け負うしかない。

「ど、どうしよう」
「まあ、しばらくはそれで我慢してくれるかい?俺はずっとギルドの依頼をしてたから、別に普段通りだから負担はないし。まあ、俺が出てる間、ヒロさんはここを住みやすく掃除とかしてくれてたらいいし」

そう言われても‥‥と、ヒロは眉を潜め、

「‥‥オレも、ギルドの仕事がしてみたい」
「ほらほら我が儘言わない。とりあえず、近くの村で何か食べるものを買ってくるよ。今日はゆっくりしよう。それから、今後のことを話そうかーーお互いの素性のことも、ね」

そう言って、シハルは外に出て行き、

(素性か。私にはそんな大した話はないんだけどな)

ヒロは思った。

◆◆◆◆◆

シハルが買ってきた食事をヒロは「美味しい!」と喜びながら口に運び、異端者の少女は黙々とそれを口に運んでいる。

「さて。そろそろ聞かせてくれる?ヒロさんの話」

シハルに言われて、

「話って言われてもなぁ‥‥」

ヒロは何を話そうか考え、物心ついた時から六歳まで施設に居たこと、それから六年間、サントレイルの学院に通っていたこと。そして、先日の戦争のことを話した。

「なるほど、それで君は知識不足なわけか。それに、身寄りがない。学院や国に留まっていたら生活補助をそのまましてもらえただろうに。わざわざ国を出て、なぜ自分で稼ごうと?」
「あの国を統治するのはジルク様だから。これからジルク様もいろいろ大変だろうし、迷惑、掛けたくなくて‥‥」

俯いて言うヒロに、

「ああ、なるほどわかった。ヒロさんはサントレイル王が好きなんだね。素直に甘えたらいいのに。友達、だったんだろう?」
「ちっ、違うって!そんなんじゃなくって!ほっ‥‥ほら、オレの話は大した話じゃなかっただろう?シハルはどうなの?!」

顔を真っ赤にして言うヒロの反応にシハルは苦笑して、

「俺は生まれも育ちもソードラント国でね。結婚もして、子供も産まれるところだったんだ」
「え‥‥!?結婚してるの?!しかも子持ち?!シハルって何歳だっけ」
「二十歳」
「へ、へえ‥‥妻子持ちなのにこんなことしてていいの?」

困惑した面持ちでヒロが聞けば、

「いや、話には続きがあるんだ」

シハルは続ける。

「結婚したのも、子供が産まれるのも去年だった。妻は、君と同じだったんだ、ヒロさん」
「同じ?」
「君と同じで、妻は異端者に対する差別を疑問に思う人間だった。俺は‥‥そんなことは知らなかったんだ。あの日まで」

シハルは視線を落とし、

「妻はある日、人前で異端者の子供を助けてしまった。人々は妻を非難した。妻がまさか異端者を助けるとは思わなかった。驚いた俺は、何も言えず、何も出来ず‥‥その場から異端者を連れて逃げ出す妻をただただ見ていた。俺は‥‥妻を異端だと思ってしまったんだ。他の奴等と同じく、異端者を助けるなんておかしい‥‥と」

シハルは苦しい表情をして語った。
素性を話すとは言ったが、なぜ、ヒロにこんな‥‥ここまで話をするのか。
そう思いつつ、ヒロは黙って聞き続ける。

「行方を眩ました妻を捜したが見つからず‥‥数日後、見つかったのは妻と、妻が助けた異端者の子供の亡骸だった。‥‥青空の下、綺麗に透き通った、だが、激しく流れる川の中で‥‥異端者を連れて逃げたが、行き場が無かったのだろう。自殺だったようだ。そして、産まれてくるはずだった、妻のお腹の中に居た子供も‥‥」

そこまで言い終わると、暗い表情をしていたシハルは急にニコリと笑って、

「つまり、俺が言いたいのは」
「こうやって異端者を助けたり、深く関わったら、オレもそんな末路を辿る?」
「そういうこと」

ヒロは隣で黙々と食事を食べ続ける異端者の少女を見つめてしばらく考えた。

「シハルはどうなの?そんな形で大切な人を亡くして」
「‥‥異端者を、酷く憎んだよ。異端者さえ世界に存在しなければこんなことには‥‥って。でも、八つ当たりにしか過ぎないんだよな。彼女は異端者の子供を助けながら言っていた。『彼らをどうか、陽の当たる世界に』ってね」

シハルはあの瞬間、妻が異端者を助けた瞬間、愛したその人のことでさえ、軽蔑してしまった。軽蔑して、何もしてやれなかった。

「青空の下、綺麗に透き通った川の中、かぁ。シハルの奥さんはシハルに、いや、異端者を差別する人達にメッセージを残したんじゃないかな?異端者は陽の当たる世界に居られない、深い水の底‥‥暗い場所にしか居られない。そんな彼らを救ってあげて欲しいと‥‥じゃないと、彼らはこんな風にただ、死んでいくしかないんだよって。オレの勝手な想像だけどさ‥‥」

ヒロの言葉を聞き、「じゃあ彼女はそんなことの為に死んだって言うのか?」と言って、シハルは一度小さくため息を吐いた。

「‥‥彼女が死んでから今まで、何度か君と同じ思想を持つ人を見掛けては様子を見たり、声を掛けた。でも異端者に関わった人は皆‥‥彼女と同じ末路を辿るんだ。でも、君みたいな若い人間は初めてだ。大体が成人してる人ばかりだったから」
「そっか」

ヒロは短く答え、

「オレはこの子を道連れにして死のうなんて思わないよ。オレだってまだ死にたくない。友達に救われた命だから。‥‥シハルは、奥さんがどんな思いで異端者を見ていたかが知りたいんだね?それが今でもわからないんだね?だから、そうやって異端者を悪く思わない人間の側に居ようとするんだね?」

全部、オレの想像だけど、と、ヒロは付け足して笑う。

「理由はどうあれ、シハルはこうしてこの子を助けてくれた。オレも、他の異端者を差別しない人達も、シハルの奥さんの代わりにはなれないけど、オレは絶対、異端者を差別しないよ!これからも。シハルの奥さんとオレの考えは一緒か違うかはわからないけど、奥さんが何を思い、なぜ異端者を助けたのか‥‥いつかシハルにもわかるといいよね」

そう言葉を紡いでいくヒロに、シハルは諦めにも似た微笑を漏らす。
きっと、ヒロだっていつか絶望して、妻や今まで見てきた他の人間のように死んでしまうんだろう。
そして、妻がどんな思いで異端者を助けたのかが一生わからないままになってしまうのだろう。
皆、すぐに死んでしまったから。いつだって、理由も知れぬまま、異端者を助けて死んでしまうから。


「ね、シハル。この子に名前付けてあげようよ」
「‥‥は?」

ぼんやり考え事をしていたシハルは急にそんなことを言われて、不思議そうにヒロを見た。

「な・ま・え」

真顔で言うヒロに、

(異端者に、名前?)

シハルは妙な気分になった。目の前のこの少女は一体何を言っているんだ、と。

シハルの中では、異端者は大切な人を奪った存在であり、ギルドの依頼の対象であり、その名の通り異端な存在なだけだ。

「シハル、険しい顔してる。異端者に名前付けるなんて何考えてんだコイツ、とか思ってるんでしょ」

表情に出ていたようで、ヒロに見透かされてしまったが「違うよヒロさん。俺は、そんな出来てない大人じゃないから」と言ってシハルは苦笑する。

「でも、名前か‥‥そうだな。サラ、なんてどうかな」
「サラ。サラちゃんかぁ。可愛いね」

ヒロが笑えば、

「産まれてくるはずだった、俺の子供の名前なんだ」
「‥‥そ、それは‥‥なんだか重いなぁ。それでいいの?」
「ああ、いいんだ。せっかく考えてあった名前だしね」
「そっか‥‥君の名前はサラ。サラちゃんだって」

ヒロは異端者の少女にそう言ってやった。少女は無機質にヒロをじっと見る。
それを見ながらシハルはため息を吐き、

(妙なことになったな)

と、苦笑して、

「なんだか俺達、夫婦みたいだねー。このまま三人で夫婦ごっこでもして一生を過ごす?」

なんて冗談を言うものだから、

「あはは、それも楽しそうだね」

と、ヒロは笑って返した。


ー13ー

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