ーーシハルの言ったように、依頼の異端者は死んだことになった。
だが、無事に報酬も手に入れた。

それはつい先刻のことであるが、ヒロはまだ呆気にとられたままである。

「‥‥」

ヒロの隣にはフード付きの衣類を着て、顔を覆い隠すようにそのフードをすっぽりと被った、『死んだことになった』異端者の少女が居た。

依頼内容は異端者の回収であったが、シハルが言うには、異端者の生死は問われないらしい。
ただ、逃がしてはダメだと言う。その際は当然報酬は貰えない。
実際に、依頼を請け負った者が異端者が死んだ場面を目にしていたら構わないらしい。
ーー死体があれば確実だが、シハルはこの国では名の知れたギルドの請負人らしく、支配人もシハルの話を素直に信じていた。

(死んでても構わないってことは、ギルドに引き渡しても、異端者はどのみち殺されてしまう?)

そう理解するしかない。

(人間にとって、異端者は物語の中に居る魔物とかそんな存在?世界から排除してしまうべき存在?サントレイル国は‥‥ジルク様も、そんな考えなのだろうか?)

ヒロは思考を巡らせて、

「ヒロさん、結果的にこうなったけれど、その子はどうするんだい?」

シハルにそう問われた。

「シハルさんはなぜ、この子を助けてくれたんです?」
「俺が助けたわけじゃないよ。ヒロさんが助けたそうだったから、手伝っただけさ」
「そんな軽い理由で?」

信じられない、と眉を潜めてシハルを見れば、

「ああ、軽い理由だよ。君は‥‥異端者を知らなかったからだろうけど、見たことないタイプの人間だ。異端者を差別しない人間なんて珍しい。俺だって、異端者を仕事の獲物だとかぐらいにしか考えてないんだから」

その発言にヒロが怪訝そうな顔をすれば、

「忠告するよ。君はとても危うい場所に立ってる。異端者を嫌わず、人間を疑問に思う人間。まあ、君はまだ幼いから仕方ないのかもしれないけれど‥‥大人になったらきっと、君も周りに合わせて生きて、他の人と同じになるだろう」
「‥‥私、そんな人間にはなりたくない」
「なりたくなくても、世間は、常識はきっと許してくれない」

まるで、子供を諭すようにシハルは言った。

「だったら私、この子と暮らします。世間とか、常識とかない場所でひっそりと。子供染みた考えだというのはわかってます、自分でも、言ってることメチャクチャだし‥‥でも、こんな小さな子供を信用出来ない人間に渡すのは、可哀想‥‥」
「そっか、じゃあ逃げようか」
「はい‥‥」
「どこに逃げようかな?誰も居ない、人の少ない場所がいいよね」
「はい‥‥、‥‥。って、あれ?」

何やら会話の流れがおかしいことに、ヒロはようやく気づいた。

「あの、シハルさん?どういう‥‥」
「ん?俺もこの国から逃げ出そうかなー、と思って。だから、ヒロさんと行くよ」
「え、えぇ?」

わけがわからず、ヒロは疑問を口にした。

「それに、保護者が居た方がいいだろう?君が十六になって、ギルドを一人で受けれる歳になるまで。悪い話じゃないだろ?事情は知らないけど、君みたいな子は仕事に就ける歳じゃないし、ギルドをしてしか稼げない」
「それはーー‥‥」

いまいち、シハルが信用できる人物かどうかがわからなくて、ヒロは口ごもるしかない。
同時に、食えない男だと感じる。

「ギルドで依頼を受ける女性は少ないんだ。ほとんどが男。だからあの支配人もヒロさんは子供で、ましてや女の子だったから舐めてたろ?ヒロさんはまだ子供だから見た目はちょっと男の子っぽいし、ギルドを続けるんなら、男の子の言動をして、強気でいた方がいい」
「えぇ‥‥?言動‥‥強気に‥‥」

確かにあの支配人の態度はムカついたなと、ヒロは思い返していた。

「ま、お互いの事情は追々話すとして。まずはこの子を安全な場所に連れていこう」
「宛てがあるんですか?」
「まあ、なんとなくは」
「あの、シハルさん」
「シハルでいいよ」
「え、あ、はい。じゃあ私のこともヒロで‥‥」
「俺はあまり女性を呼び捨てにしたくないんで。あと男っぽい口調の練習もしないとね。いつ、ギルドで仕事を受けてもいいように」

ヒロは面倒な人だな、と思いつつ、

「はあ。わかりまし‥‥えーと、わかったよ、シハル。こんな感じ?一人称は?オレ?」
「いいんじゃないかな。それで、さっき何を言おうと?」
「ああ、いや‥‥もしかして、私‥‥じゃなくて。オレが十六になるまでついて来るつもりじゃないよね?」
「え?そのつもりだけど」

すぐさま返って来た言葉にヒロは目を丸くする。ヒロが十六になるまで、あと三年もあるのだ。
シハルの家庭事情は知らないが、三年もこんなことに費やしていいのだろうか?

「あ、もしかして‥‥。大丈夫!さすがにヒロさんみたいな子供に手を出す趣味はないから安心してよ」
「え!?いや、別にそんな心配をしてたんじゃなくて‥‥むしろオレだってお断りだよ!好きな人が‥‥いるし!」
「へえ、好きな人がいるんだ」
「あ!今のはどうでもいい情報だから忘れて!」

咄嗟に出た好きな人がいる発言。
サントレイル国を離れてまだ数日。

(私ってば、やっぱジルク様のことが好きなのかな)

◆◆◆◆◆

「お腹空いたね、君も空いたろ?」

道中、ヒロは異端者の少女に話し掛けていたが、少女からの返事は無くて、

「異端者って呼び方は嫌だけど、その‥‥異端者は言葉を話せないの?」
「さあ、どうだろう。感情が無いってだけで‥‥でも、何をされても悲鳴すら上げないから、話せないのかな?」

シハルもその辺りはあまり知らないようだった。

「食事やトイレとか、生活面は?」
「たぶん、そんなのは普通の人間と同じだと思うよ」
「そっか。じゃあ、お腹空いてるよね。オレも空いてきたし。どこか町で食事‥‥」

そう言おうとしたヒロに、

「そこが難関なんだよ、ヒロさん」

シハルが言って「難関?」と、ヒロが聞き返すと、

「異端者を連れて簡単に街中に入れないってこと」
「‥‥そんなに簡単にバレる?」
「ああ、すぐバレるよ。今みたいにフードをすっぽり被って隠してる時点でも充分怪しい。こういった街道ならいいけど、街は狭いからね」
「‥‥そっか」

残念そうに頷くヒロに、

「何度も言うけど、これがヒロさんの選んだことだからね。その子を守りたいんだったら、ちゃんとその子のことを考えて、後先のことも考えて行動していかないと駄目だよ」
「う‥‥うん、ごめんなさい」

シハルに言われて、ヒロは情けない気持ちになった。やっぱり、自分はまだまだ子供だな、と実感する。
落ち込む様子のヒロの頭をシハルは軽く撫でて、

「それに、宛てがないわけじゃないって俺は言ったよね?だから早くそこを目指そう」
「‥‥何処かは知らないけど、本当に向かう場所は安全なところ?本当にシハルはこの子をどうこうしたりしないよね?」
「へえ?俺、まだ信用されてないんだ?」

ヒロの頭から手を離し、シハルは苦笑して、

「大丈夫。子供を騙す程、出来てない大人じゃないよ、俺は」
「‥‥」

【大人】‥‥あの施設には、善い大人なんて居なかった。平気で子供を見捨てる大人ばかりだった。
タカサとソラ、サントレイルの人々を殺したのも、大人だった。

シハルを信用していないわけではない。かと言って、完璧に信用はしていない。

でも今、頼れるのはシハルしか居なくて‥‥

(一人でサントレイルを飛び出したのに‥‥私、情けないな)

ヒロは落ち込むばかりだった。


ー12ー

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