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「はぁー。ようやく物資も無事に届けれたし、ニルハガイ国に戻って報告しなきゃね!」
と、ヒロは嬉しそうに言う。
早速この村で依頼の物資を渡し、あとは依頼を請け負った国のギルドに戻り報酬を受け取るだけだ。
たったこれだけの仕事なのに、今回は長かったように思える。
「じゃあ、ディンさんの所に戻ってサントレイルまで送ってもらおうか」
と、シハルが言った。
「そうねぇ‥‥んー‥‥」
「どうしたの波瑠さん?」
何か悩ましげな表情をしている波瑠にシハルが聞けば、
「‥‥あそこ」
と、波瑠は自身の視線の先を指差す。
「あれって‥‥」
光景に、ヒロは険しい表情をした。
ーー不気味な光景である。
急に、村の大人や子供数人が一ヵ所にぞろぞろ集まり出した。まるで何かを取り囲むように。
その中心には、一人の女性。
赤ん坊を抱いた、二十代前半ぐらいの女性だ。
「やっ、やめて‥‥この子は、この子は‥‥」
その女性は涙を流し、力強く赤ん坊を抱き締めながら震えている。
ギルドの仕事の最中、様々な国や村にヒロ達は赴いていて、これは、よく見る光景だった。【ありきたり】なのだ。
「あの赤ん坊、異端者なんだね‥‥」
シハルが悲し気に言えば、
「でも、あのお母さん、赤ん坊を守ろうとしてるね。酷い時は、親でさえ異端者の赤ん坊を軽蔑の眼差しで見ている光景もあったけど‥‥」
ヒロはそれを思い出して目を伏せる。
「さあ渡せその異端者を!そんな奴がこの村に居れば村に災いが降りかかる!」
「そんな、こと‥‥」
赤ん坊が産まれるまでは、きっと村人達は優しかったのだろう。
「もうすぐ産まれるね」「おめでとう」「楽しみね」
ーーそんな言葉を、投げ掛けていたのだろう。それがわかるほど、女性の眼差しは絶望を物語っていて‥‥酷な、裏切りだ。
所詮、愛情も労りも何もかもが偽善な世の中なんだと言わんばかりの‥‥そんな、光景。
「あー、あのー」
と、そこでヒロが村人に声を掛けた。
「ん?あんたは物資を届けに来た‥‥」
村人の一人が険しい表情のまま振り向けば、
「あのですね。オレ達このままサントレイル国に戻るんですが、よろしければその異端者の赤ん坊と母親をあなた方の代わりに国に突き出して来ましょうか?国に戻るついでに、ですが」
なんて提案を村人にすれば、異端者の赤ん坊を抱いた母親がキッ!と、ヒロを睨み付ける。
「あー‥‥まあそうしてくれりゃ助かるな。こんな奴等に構えば構うほど、俺らが呪われそうだわ」
一人の村人の男のその言葉に、
「あっ‥‥あなた、この子はあなたの子でしょう‥‥?なぜ、どうしてそんな」
その男は、どうやら異端者の赤ん坊の父親のようだった。しかし、男は冷めた目で二人を見下ろして、
「そんなの知らねぇよ」
と、ただ一言だけを言う。その言葉に、母親は怒りに震えた。
「‥‥さ、とにかく一緒に行きましょう」
ヒロが母親に言えば、
「誰が‥‥誰があんた達みたいな‥‥ッ!?」
母親は憎しみを込めて怒鳴ったが、途中でその表情は驚きに変わる。
ヒロは彼女に声を掛けつつも、彼女のことも異端者の赤ん坊のことも見ていなかった。
ーー村人を、見ていた。
まるで汚物を見るような‥‥
村人達が異端者に向けていた軽蔑の眼差しで、ヒロは村人達を見ていたーー。彼らは気付いていないが。
「さ、行きましょう。お母さん」
もう一度ヒロが言えば、女性は赤ん坊を抱いたまま、静かに立ち上がった。
村人達は何か叫んでいる。大方、「早く出て行け」などと言う言葉だろう。
震えて涙を流し、俯いたままの女性に、
「大丈夫。あなたとその子はきっと幸せになれる。奴等には‥‥いつか報いが来ますよ‥‥」
ぼそりと、ヒロは女性に言った。
◆◆◆◆◆
「ディンさん、この二人‥‥」
馬車に戻った際、シハルが申し訳なさそうに彼に言えば、
「ん。わかってますよ。さあ、お二人共、中で休んで下さい」
そう、疲れ切った表情をしている、赤ん坊を抱いた女性にディンは言い、馬車の中へと促した。
「説明もしてないのに、ずいぶん対応がはやいわねぇ」
波瑠が言えば、
「ええ。その赤ん坊、異端者なんでしょう?貴方達が二人を助ける光景を見てましたからね」
「‥‥はは、やっぱ悪趣味ー」
と、ヒロは感謝しつつもディンに言う。
それから一行は馬車に乗り、サントレイル国へと向かった。
いきなり起きた悲劇からか、疲れていたのであろう。女性と異端者の子供は眠っている。
ヒロ達は二人を拠点地である教会に住まわそうと考えていた。
「ところで、ディンさんはその、異端者を忌み嫌ってはないんですか?サントレイル国の兵士は教会での一件を見る限り、異端者を忌み嫌ってる様子でしたが‥‥」
ヒロのその質問に、
「僕はその場のノリに合わせるタイプなんですよ」
と、軽く受け流すように彼は答え、
「じゃあ、私達が二人を見捨ててたら、あなたもそのまま何もしなかったー‥‥ってことぉ?」
「まあそうなりますかね」
波瑠の言葉にディンは頷く。
「それはそれは‥‥正直者すぎて、なんとも言いにくい質ねぇ」
と、波瑠は苦笑いをした。それにディンは微笑み、
「まあ、今回はヒロさんのやり方が気に入ったからですね」
「オレの?」
「サントレイルでの一件では、貴方達は異端者を差別する人間を容赦なく叩きのめしたでしょう?でも今回は演技で人間側に立った。一部の兵は貴方達が先程ジルク様と謁見したことを知ってますから、貴方達がまた騒ぎを起こせばジルク様にも迷惑が掛かる。それを踏まえての行動ですよね?だからこそ、サントレイルの一兵として、先程の貴方達の行動に感謝します」
そうディンが言った。
見透かされるようなそれに三人は苦笑する。それから、
「勿論それもあるけど、一番は‥‥母親である女性の為ですよ。騒ぎ立てて、これ以上、苦しめるわけにもいかない。‥‥本当はさっき、とてもムカついてた。殴ってやりたかったですよ‥‥特に、赤ん坊の父親を」
と、ヒロは目を閉じて、ため息を吐くように言った。
◆◆◆◆◆
数分して、ヒロ達は無事サントレイル国に戻り、
「ディンさん、ありがとうございました」
馬車を降りてシハルは礼を言う。
「このまま馬車で送っていければいいんですが、あいにく馬車の運転手は異端者が嫌いな輩でして。もしその子が異端者だとバレたりしてもマズイですからね。まあ歩くなりなんなり、道中、その赤ん坊が道行く人々に異端者だと気付かれないよう、気を付けて下さいね」
と、ディンが言って、
「ええ、気を付けます。ディンさんもお気をつけて。オレ達一般人には関係ないわけじゃありませんが、戦争のある世の中。王族や兵士は毎日が大変ですよね」
ヒロが言えば、
「そうねぇ、私達はこうして好き放題生きてるけど、世界の裏側では、会議だの戦争だの大変なのよねぇ、きっと」
波瑠が続けた。
「今は各国に大きな動きはありませんし、戦争は今のところ起きないと思いますよ。まあ、それを起こさない為に、各国との交流で忙しいと言うのはありますがね」
ディンはそう言った後にヒロを見て、
「それじゃ、僕ももう戻りますね。何か、ジルク様に伝言でもあります?」
「今度お茶でもしましょー、とかどうかしらぁ?」
「いや、ここは単刀直入に気持ちを‥‥」
「いえ、特にないですからお気遣いなく」
勝手に盛り上がる波瑠とシハルを無視してヒロは言った。
「わかりました。では、また縁がありましたらお会いしましょう」
ディンはそれだけ言って踵を返し、城の方へと進んで行く。
それをしばらく見送り、
「さて、じゃあオレ達は彼女と赤ん坊を教会まで連れて行って、それからギルドに依頼完了報告をしに行こうか」
ヒロが言い、離れた場所に立つ女性と赤ん坊に振り向いた。
「行きましょうか、俺達に着いて来てください」
シハルが女性に言えば、
「あんた達‥‥本当に信用できるの?」
裏切りにあったばかりだ、無理はない。女性は疑いの眼差しを三人に向けて聞いてくる。
「ちょっとぉ、ここまで来てなんなのそれぇ‥‥」
波瑠が目を細めて言えば、
「あんた達はギルドの仕事をしてるんでしょう?この子を突き出して金に変える気なの?それとも‥‥あんた達はただ異端者を助けて善良振りたいだけなんじゃないの?」
なんてことを次々に言ってきて、それに波瑠がますますキレそうになったが、
「波瑠。仕方がないよ、わかるでしょ?あんなことがあったんだ。彼女は今、人間不信に陥ってる。それをどうこうすることは出来ない‥‥今までだってそうだったんだ、わかるよね?」
ヒロは波瑠の肩を軽く掴み、諭すように言った。
「とにかく、俺達に着いて来てください。それから、見極めて下さい」
シハルはもう一度、女性にそう言う。
◆◆◆◆◆
ーーいつの間にか、時刻は夕暮れ時。
「なぁーんか、この繰り返しねぇ。サントレイル国へ行って、教会に戻って、サントレイル国に行って、教会に戻って‥‥はぁー、もぉ、歩いて二時間とか勘弁してほしいわぁ」
波瑠は脱力するように言い、
「でもギルドの期間も迫ってるんだ、その後すぐにニルハガイ国に向かって依頼完了報告に行かないと!お金の為だよ!」
ヒロが両手でガッツポーズを作りながら言って、
「多忙すぎるわぁー」
波瑠はガクリと肩を落とす。それから、ちらっと後ろを振り向けば‥‥
「それに‥‥シハルさんったらずっとあの女に付きっきり!」
と、頬を膨らませながら言った。
シハルは、無言でヒロ達の後ろを歩く女性と赤ん坊を気遣い、ずっと彼女達に寄り添い歩いている。
その光景に、ヒロは「仕方がないよね‥‥」と、小さく呟き、
「まあまあ。シハルは優しいからね。嫉妬しない、嫉妬しなーい」
明るく茶化すようにヒロが言えば、
「アンタもムカつくー!」
キーッと、波瑠は叫んだ。
ーー道中、休憩しながらなんとか体力を保ち、やはり二時間後‥‥
一行はようやく教会に着いた。
事前に連絡魔法でカイアに事情を説明していた為、すぐにカイアが出迎えてくれて、
「部屋の準備も万端です」
と、微笑んでカイアは言う。
「ここにはその子と同じ異端者が沢山いますから、安心して下さい」
シハルは優しく女性に言い、それに女性は、
「‥‥どういうこと?」
と、疑問げに聞いた。
「今のあなたには、説明してもきっとわかってもらえないと思います。ただ、一つ言えるのは‥‥ここは安心できる場所、と言うことだけです。あなたにとっても、その子にとっても」
緩やかに、静かに、説得するかのように、シハルは優しい声音で続ける。
その様子を見ながら、
「と言うことで、またまた悪いね、カイア。あの女性のことも頼むよ。あんまり、オレ達のことをよく思ってないから色々難しいかもしれないけど‥‥」
「わかりました。なんとか頑張ってみます」
こそっとヒロに言われ、カイアは頷きながら承諾した。
「じゃあ、慌ただしくてすまないけど、オレ達はギルドに顔出してくるね。完了金を受け取って戻って来るよ」
「‥‥いつもすみません」
「こっちの台詞だよ。オレ達は働くだけだけど、その間、ここのことはカイア一人に任せっきりにしちゃってる」
そんな会話をヒロとカイアがしている間に、シハルと女性の会話も区切りがついたようで、
「じゃあ、行きましょうかねぇ」
波瑠が言い、
「お気をつけて」
カイアはいつものように三人を見送りながら、
「さあ、あなたもどうぞ中に‥‥」
と、女性を教会の中に招き入れようとしたが、
「‥‥あんた達」
女性は三人を呼び止める。
「‥‥名前を、聞いてなかった」
女性は三人から目を逸らし、ギュッと赤ん坊を抱いたまま、小さな声で言って。
そんな彼女を見て、三人は呆然としていたが、
「‥‥あ、名前、名前ね。オレは、ヒロって言います」
「波瑠よぉー」
「俺はシハルです。それから、そっちがカイア。‥‥失礼ですが、俺たちもあなたとその子の名前を知らない。良かったら教えてもらっても?」
三人は名乗り、シハルが彼女にそう促せば、
「‥‥あたしはラサ。この子は‥‥まだ名前を決めてない。産まれてから決めようと、あの人と約束してた。でも‥‥」
また、震えて泣き出してしまった女性ーーラサに、
「今からでも、ゆっくり考えましょう。ヒロさん達がニルハガイから帰ってくるまでの間に」
カイアはそう言って、
「それはーー‥‥帰るのが、とても楽しみだね」
と、ヒロ達は笑った。