十年前

戦争が当たり前の時代。
親の居ない子供が多数いるのは珍しいことではなかった。

歳が十以下の‥‥まだ、自立できる歳ではない子供達は施設に入れられる。
十歳になった頃には、そのまま学校に通わせてもらえるらしい。

実際、魔術を習うのは学校で十歳からであるが、戦争で身寄りをなくした子供達はその後充分な生活が出来ない可能性がある為、早くから魔術を身に付けさせられていた。
大人になった時に、しっかりと自立できるようにとの措置だ。

ヒロもまた、そんな何百と居る子供達の中の一人である。

『自立できるように』なんて聞こえはいいが、実際施設内の講師は適当な人間が多い。
子供に、ましてや初心者にいきなり上級魔術の本を投げ付けて『自分で学べ』なんて言うのだ。
それに子供達が文句を言えば、大人達は暴力を振りかざす。

実際に、何人かの子供が講師に文句を言って殴られていたのだ。
それを見たからこそ、恐怖を植え付けられた子供達は必死に、自力で魔術を学ぼうとするが‥‥
上級魔術なんて、一歩間違えれば自分にも害を及ぼす。

日に日に、施設内の子供達は減っていった。

なんの教えも受けていない子供達が独自に魔術を学び、それを制御できず、使い方を間違って暴発した魔術で自滅したり、巻き込まれたりーー‥‥

だからこそ、子供ながらにヒロはこの施設で友人や親しい人物なんて作らないと決めていた。
ーー巻き込まれて死ぬことへの恐怖心からだ。
だからこそ、自分で魔術を学ぶのも使うのも恐怖でしかない。

死にたくない、死にたくない。

実際、何度も火の魔術を失敗して、腕に火傷の痕がちらほらと出来た。

(いつまで、こんなことしなきゃいけないのかな)

ヒロは思うーーいや、ヒロ以外も皆、そう思っているのであろう。

だが、こんな施設の中で、一人だけ魔術を着々と我が物にしていく少女が居た。

火を灯し、水を操り、風を吹かせ、雷を降らせる'天才'が居たのだ。

(わたしと同じ歳ぐらいなのに‥‥あの子、いつもすごいなぁ)

ヒロはそう思い、ぼんやりと少女を見つめていたが‥‥

(あれ?)

質素な食事を運んでくる時ぐらいしか顔を出さない講師達数人が、いつの間にか少女の背後に立っていて、

「きゃあっ!?」

と、少女が叫ぶ。
少女の小さな腕を一人の女講師が乱暴に引っ張ったのだ。
いきなりのことでわけがわからず、ヒロは物陰に隠れて光景を盗み見していた。

微かに聞こえた話では、

『戦争の道具になる』とか『高く売れる』とか‥‥
これは物騒な話だと、よくない話だと、子供のヒロでさえわかる内容である。

どれだけ優秀であっても、彼女はか弱い子供だ。
腕を引っ張られたままの少女はえんえんと泣き続けている。
それから少女は、キッと講師達を睨み、先ほど練習にて繰り広げていた魔術を放とうとしたのだろうか。
口を動かして呪文を唱えようとしたがーー‥‥もう一人の講師に少女の口は塞がれてしまった。

そのまま少女はどこかへ連れて行かれて、【危険】だとわかりつつも、ヒロは無意識に後を尾けていく。

ーー少女は薄暗い倉庫の中に閉じ込められた。
講師達はすぐに去っていき、見張りも居ない。
閉じ込めたから、子供だから、と油断しているのだろうか?
ドアには鍵が掛けられているが、子供が抜け出せるぐらいの小さな窓がある。
窓鍵は中側にあるはずだから、そこから逃げ出せるかもしれない。

でも、少女は倉庫の中で座り込んだまま動かなくて。
ヒロが窓越しから少女を見ていたら、視線を感じたのだろうか‥‥少女はふと窓を見た。
ヒロは、綺麗なエメラルド色した少女の目と視線が合い、ドキッとする。

少女は立ち上がり、てくてくと窓の方に歩み寄ってきて、鍵をカチャリと開け、ガラッ‥‥と、窓を開けた。

「‥‥なに?」

その少女の声は無愛想で、

「ここから逃げないの?」

と、ヒロは単刀直入に聞く。

「逃げたって、どうもならないわ」

少女は言い、先程まではなかったはずの、自身の右腕に付けられた灰色の腕輪を見つめた。

「魔術も、使えないようにされてるの。この腕輪。魔術を使えなくする腕輪らしくて‥‥腕輪にカギが付いているみたいで外せないの。だから、逃げてもまたつかまるだけ」

それを聞き、ヒロは困った顔をして、

「君は、これからどうなるの?」
「しらない。大人達は、わたしが高く売れるって話ばかり。戦争の道具にされるだけじゃないかしら」

それは、幼い少女が言うような言葉ではなかった。

「ほら、もうすぐ大人達がまた来るわ。あとで来るって言ってたから。あっち行って」

と、ヒロに言う。
どうすることも出来なくて、ただヒロは頷いた。


自分は、魔術が全く使いこなせていない。
使いこなせたら、この少女みたいにされてしまう。
でも、使いこなせてない子供達は、十歳になったら本当に、この施設を出て、このまま学校に行けるのだろうか?

ヒロの中に疑問が浮かぶ。


ーー翌日。

何やら、朝から騒々しかった。
まるで爆発音みたいな音がして、大人達が叫んでいたり、子供達が泣いていたり‥‥
ヒロも驚いて布団から飛び起き、不安げに声のする現場に向かえば、そこは少女が閉じ込められていた倉庫で。
しかし、その倉庫は燃え盛っており、倉庫付近にある施設内の建物や地面が半壊している。
これは、ただの火事ではない。
それに、何人かの大人や子供達も大怪我をしていて‥‥

その中で、あの少女も大した怪我はしていないが倒れていた。

意味のわからない絶望的な光景に、ヒロはただ沈黙する。
ーー以前にも、こんな絶望的な状況を目にしたことがある‥‥だからか、冷静でいられた。

しばらくして、ガチャガチャガチャと、背後から金属音が響き、

「何事だ!?施設付近を通りかかった住民が知らせてくれたが‥‥この現状は何があった?!」

そんな声がして、そこには鎧を身に纏った男が数人居た。
どこかの国の兵士達なのであろう。
この付近にあるのはサントレイル国だから、その兵士であろうか‥‥

「あ、あの子供が魔術を暴走させまして‥‥」

講師の男が挙動不審に言えば、

「暴走?」

それを聞いた兵士は眉を潜め、半壊した現場を見回す。

「使いこなせないような魔術か?ここでは基礎的な魔術を教えろと国王から指示があったろう。基礎的な魔術が暴走を起こすのか?」

どうやら国はこの施設の現状を知らないようだった。

「君、何か知っているか?ここでの教えはどんなものだ?」

ヒロは、ビクッ!と、心臓を跳ね上がらせた。
いきなり兵士の一人に尋ねられて、それに、施設の大人達の視線もあって‥‥

『言え』『言うな』『言え』『言うな』『言わないと‥‥』『言ったらどうなる‥‥』ーーそんな言葉が押し合って、頭の中を占める。
ガタガタと全身が震え出して、とてもじゃないが言葉を発することは出来なかった。

兵士は怯えきったヒロの様子を見て、

「うむ。とりあえず怪我人を運べ。怪我の無い子供達から、大人達と別の場所で話を聞こう」

そう言った。
すると、最初に大人達に声を上げた兵士が、

「この世界は差別ばかりである。人が人に優しく出来ない世界でもある。君もここで何か恐怖する出来事があったのだろう。だが、君の一言が、誰かを救うこともできる。だから、知っていることを落ち着いたら聞かせてくれ」

そう、ゆっくりと、諭すように言われて、皮肉な考えだが、ヒロは何を信じたらいいのかがわからなくて、本当にこの兵士達に真実を話して何かが変わるのだろうか‥‥
そんな、疑問ばかりであった。


ーーそれから数ヶ月。

ヒロを含む施設の子供達は、サントレイル国の学院に入学できる歳ではなかったが、施設の行いを知った国王により、特別に入学させてもらえた。

あの施設なんかと違い、学校は魔術を基礎から教えてくれるし、衣食住、全てにおいて学院内に手配されている。

施設の一件の真相だが‥‥
倉庫に閉じ込められていた、魔術に長けたあの少女。
翌朝、大人達自身が少女に付けた魔術封じの腕輪を取り、少女を戦争の道具だか金に変えようと無理やり連れて行こうとした時に‥‥
少女は、魔術を暴走させたそうだ。
それが、あの火事や半壊の原因。

少女があの後どうなったかは知らない。
学院に居るものだと思ったのだが、居なかったのだ‥‥

全て人伝に聞いたことであるが、彼女はリーネという名前だったそうだ。


ー9ー

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