翌朝になり、マインは城の兵士に呼ばれ、王の間へと誘われる。

「おはよう、よく眠れたかい?」

王が玉座に腰掛けてマインに聞けば、

「まぁまぁな」

と、マインは答えた。
ベッドなんかで眠るのなんて、家を失くした振りだ。しかしやはり居心地が悪い、贅沢な話だが‥‥

「で?朝から呼び出してなんだ?さっそく、ニルハガイ国へ向かえばいいのか?」
「いや。ニルハガイへは明日から向かってもらう。今日は仕事をしてもらいたくてね」
「仕事だぁ?」

マインは眉を潜める。

「ああ、城にある書庫で勉強しててくれ」
「は?」
「ほら、君は国外へ出たことがないだろう?ニルハガイ王は少々口達者でね。君には最低限の常識を身に付けて行ってもらおうかと」

それにマインはますます険しい表情になり、

「おいおい、面倒だな!やっぱ自分の部下行かせた方が早いんじゃね!?」

それに王は首を横に振り、

「任せたよ、マイン」

と、にっこり笑って言う。

「おーさまよぉ‥‥」
「ところで君、私の名前は知っているかい?一応、君の国の王だけれど」
「‥‥しんねーよ。顔だって昨日初めて知ったし」
「あはは、ほらね?」

なんて、小馬鹿にするように王が笑う為、マインは悪態を吐いた。

「私の名前はエーネン。覚えておいておくれよ」

若きソードラント国王ーーエーネンはそう言い、

「それで?君の彼女の名前は?」

マインの隣に居る異端者の少女を指した。
それにマインは顔を真っ赤にして、

「かっ、彼女じゃねーよ!」
「でも、その子は君を少し信頼しているんじゃないかな?だってその子、何度も何度も国から逃げ出しているのに、そうやってちゃんと、君の隣に着いてきてる」

エーネンの言葉にマインは、

「何度も?」

と、聞き返した。

「ああ、その子は三年程前だったかな。まあ、金目当ての男が我が国のギルドに連れて来てね。何かあったのか、その男は錯乱していたな。その子を放り投げて、金を受け取って、逃げるように何処かへ行ったなぁ‥‥」

思い出しながらエーネンは言う。

「三年って、そんな長くコイツはお前に捕まってたのか?」
「言い方が酷いな。他の国は異端者をどう扱っているかは知らないが、私は別に異端者をどうこうしようとは思ってなくてね」
「あぁ?」

エーネンの真意がわからず、マインは目を細めた。

「何やらサントレイル国王は以前から異端者を必要としていてね。私はこの国のギルドに連れて来られた異端者はサントレイル国へ送っているんだ。四年前にサントレイル国王は亡くなったが、現王になってもその制度は続いていてね。一体何をしているのやら」

どうでもよさげにエーネンが言うので、

(コイツも異端者に無関心ってか。異端者をまるで物扱いしやがる)

マインは無言でエーネンを見据えていた為、

「ん?何か、気に入らなさそうな顔だね」

と、エーネンに言われ、

「別に。で?コイツの話に戻せよ」

と、マインは促す。

「ご執心だね」

再びからかうようにエーネンが言ったが、マインはそれを無視して彼を睨んだ。
それに、エーネンはやれやれと言って、

「その子は他の異端者とはどこか違うね。恐らく、頭が良い。最初はただの異端者だといつものように簡易な部屋に入れていたが、いつの間にか城外に出ていた。これが、始まり」

エーネンはようやく少女の話に戻す。


ーーまず、三年前にこの少女はこの国に連れて来られた。
しかし、異端者を集めている城内の簡易な部屋から逃げ出した。

次に、厳重な牢屋に入れたが、その数日後、食事を渡す為に牢を開けた際に飛び出していった。

それからも、何度かこの異端者の少女は逃げ出すが、兵達に捕まっては城に戻され‥‥


「いつものようにサントレイル王の元へその子を届けたかったんだけどね。ちょっと、面白い動きをするから勿体無いと思って、城に置いていたんだよ」

と、エーネンは言い、少女に視線を向けながら、

「で、昨日。久しぶりにまた逃げ出してね。それを君が見つけてくれたんだよね、マイン」

そう、言われる。
しかし、マインは昨日の少女の姿を思い浮かべた。
下着類さえ身に付けずに、ボロい布切れ一枚を纏っていた、あの姿‥‥

「‥‥城に置いてやってたのに、コイツにまともな服も着せてやんないのかよ」
「ああ‥‥」

それにエーネンは、

「君にはわからないかもしれないが、異端者の扱いは難しいんだよ。その子だけを優遇するわけにもいかない。わかるかな?」

聞かれて、

「‥‥わかんねーよ」

と、マインはエーネンを睨む。

「はは。まあ、君は知識不足だ、色々と。さあ、まずは書庫で勉強して、明日からこの国の外へ行き、ついでに色々学んでおいで。何日後かにここに帰って来る頃には、きっと君は今の君と随分変わってるはずさ。その子に対する扱いも‥‥きっと、ね」

含むように言われ、マインは隣に並ぶ少女の手を掴み、ギュッと握った。

「オレは何も変わんねーよ」

そう言い、

「ここに帰って来た時には、オレの悪事を裁けよ、おーさま。盗みばっかの生活にも飽き飽きしてた頃だしな」
「‥‥」

それを聞いたエーネンは特に何も言わず、

「さて、書庫に案内させよう。部屋の外に居る兵に伝えてあるから行っておいで」

そう、促す。

「けっ。ほら、行こうぜ」

悪態を吐きながらマインは少女の手を引き、王の間を出た。

ーーそうしてマインと少女は兵士に書庫に案内され、

「貴様らは、その机上にある書物を全て読み、今日はここで寝泊まりしろと王より仰せつかっている」

なんて、愛想もなく言われて、

「は?え?」

と、マインが疑問を口にしている時にはもう、

ーーガチャリ。

マインと少女を中に残し、書庫の鍵が閉められた。
しかも、中からは開けれない仕組みの部屋である。
盗みを働いてきたマインにとって、鍵を開けることはなんてことないのだが‥‥
ドアノブは付いているが、こちら側に鍵穴はなく、ドアと言うよりはただの壁だ。

「ーーっ!!マジかよ!?ざけんなっての!」

ガチャガチャとマインはドアノブを揺するが、当然ビクともしない。

(ーーチッ!しかし、オレを舐めんなよ。こちとらあらゆるドアを開けて盗みを繰り返してんだ。鍵穴がなくっても、こんなドアぐらいたぶん簡単に‥‥)

そうマインが考え、何かドアを壊す道具でもないかと書庫を見渡そうとしたところで、

ぐいっーーと、少女がマインの腕を掴んだ。

「ん?なんだよ。心配しなくてもすぐに出して‥‥」

マインがそう言うが、少女は相変わらず表情のない顔で強くマインの腕を掴んでいて‥‥

「んだよ?」

ただただ、少女はじっと、マインを見ていた。
それにマインは、

「こっから出たらダメなのか?」

そう聞いてみれば、少女は掴んでいたマインの腕を放す。
その反応に、

「お前‥‥本当に異端者なのか?オレの言葉、理解してんじゃないのか?」

マインは目を丸くして尋ねるが、相変わらず返事も何もなかった。
この少女以外の異端者を知らない為、どこまでが異端者らしい反応なのかわからない。

「だけど、なんで出たらダメなんだ?あれか?おーさま命令だから、逆らったらマズイ的な?」

マインは少女が何を思っているのか考えてみたが、

「あー、わかんね。ってか‥‥うわぁ」

先程、兵士が言っていた机上を見れば、書物が山積みである。
本当に、明日までにこれを全て読めと言うのだろうか?


ー40ー

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